第66話 注文の多い喫茶店


コンカフェ『りりあん☆がーてん』に勤める北条は今日も必死に接客をしていた。

それを眺める店長の二川とベテランの三野宮は子供の成長を見守るような温かい視線を送っていた。


「マキにゃ……いい笑顔をするようになりましたね」


「うむ。もう私に教える事はもうない」


「いや、店長たちも働いて下さい!」


店の重鎮たちがまったりしている間にもまた客がやって来る。


「あっ、おかえりなさ……」


「私よ」


「……お帰り下さいませ。お嬢様」



厄介なお嬢様の登場についつい本音が出るネコミミメイド。

本日は東堂が非番、且つ土曜日という事でそこそこ忙しい。

北条が幾ら仕事に慣れてきたと言っても、この状況でこのお嬢様のお世話をするには骨が折れるだろう。



「何を考えておられるのでしょうか、お嬢様?」


「まったく、慣れ始めて初心を忘れてしまったのかしら? せっかく今日はゲストを連れてきたというのに」


「お、おい……! まさか美保じゃねぇだろうな?」


「こ、こんにちは、北条さん。お仕事中にゴメンね?」


「ひゃ、百合ひゃくあ先生!? おいコラ、西宮ァ!」



西宮の後ろからオロオロとした様子で現れたのは予想の斜め上の人物、百合聡美ひゃくあさとみだった。



***


二人をテーブルに案内した北条は早速説明を要求する。



「西宮はともかく、なんで百合先生がここに……?」


「ほら、ウチのクラスの出し物がコンセプトカフェだったでしょ? 私、こういとこ来た事無かったから。西宮さんが参考にどうですか、って」


「……まぁ、筋は通ってますね」


「何の理由もなく私が行動しているとでも? 分かったらさっさと接客しなさい」


「ホンマにこいつ……」



ここぞとばかりに客という特権を振りかざす西宮にイラつきながらも北条はなんとか耐えている。



「ところで、ここは具体的に何をするお店なのかな?」


「あー、いきなりそれ聞いちゃいますか……」



至極当然の疑問を投げかける百合であったが、そっち系への理解が浅い人間に説明するのはかなりの神経を使う事になる。

北条は限りなくオブラートに包んだうえで分かり易く説明をした。



「……つまり? 可愛い女の子に接待して貰って、サービスにお金を払うって事? それって風俗……」


「ですよねぇぇぇーー」


「まぁ、早い話がこのドリンクを頼めば分かるわ。マキにゃの成長を見せて貰おうかしら」



それは西宮が初来店した時に頼んだ悪夢のドリンクである。



「あっ、丁度いま、ドリンクの材料を切らしてましてー」


「あなた……あの頃から何も成長してないわね……」


「いやいや、担任に萌えキュンは地獄だろ! 他の店員指名してくれ!」


「如何わしいサービスじゃないなら、北条さんでサービスをお願いしたいな」


「あっ、丁度いま、シェイカーを全部洗浄してましてー」


「諦めなさい」



***


「……殺せ」



結果から言うと北条は何も成長してなかった。

決死の覚悟で担任に『萌え萌え、きゅん☆』したシーンは尺の都合上で全編カットである。



「北条さんはご家族を人質に取られているのかしら? 何故この仕事を……?」


「それは誰にも分からないわ。そんな事より、どうかしら先生? コンセプトカフェの印象は」


「……ここまでは風俗店ですね」


「そう。じゃあそろそろ来るわね。が――」



「――お呼びですかお嬢様?」



奥から現れたのは店長の二川。

コンカフェを風俗店と言うものの前に現れる彼女はさながら番人であった。


というか、摘発されない為にも客の理解が必要であるからだ。

先ほどの北条の説明よりも、より具体的な説明をした二川が百合を納得させた。



「なるほど。そういう違いあったんだですね。勉強になります」


「いえいえ、ご理解を持って頂けてこちらも嬉しいです。もし良かったら記念にチェキもどうですか?」


「そうですね、せっかくなので是非。どういったサービスなのでしょうか?」


「それは……」


「私が説明をするわ。要は記念撮影なのだけども、まずは幾つかの準備が必要なの」



突然説明に割り込んだ西宮が二川にアイコンタクトを送る。

一瞬で理解した二川は百合と西宮を更衣室に連れて行った。



「まずは、この服に着替えなさい」


「うん?」


「そしてこの靴下を履いて、靴も履き替えて」


「うん?」


「最後にこのカチューシャを着けたら準備完了よ」


「うーん?」



注文の多い喫茶店にて百合聡美(Ver.ウサミミメイド)の完成である。

考える暇を与える前になし崩し的に着替えさせる事に成功した。


その後、撮影室に移動した3人。



「これでポーズを取って写真撮影よ」


「え? え? 私がポーズ取るの? なんかこれ違うような?」


「はーい、百合ちゃん。表情硬いよー」


「えっ、あっ、すいません! あれ? チェキは……? 一眼レフにしか見えないんですけど……」


「まぁウチは本格的なチェキ使ってるからねー(大嘘」



突然始まった百合の撮影会。

色々なポーズで様々な角度からパシャパシャと撮影されるその姿は、さながらAV撮影の様相を呈していた。

もはや風営法どころの騒ぎでは無い。

ノリノリで撮影する二川には番人の面影は無くなっていた。



その後、なんとか本番前に復活した北条が助けに入り二川と西宮はこってり絞られた。

北条は『撮影って、こうやって騙されるんですね』と暢気な感想を述べていた無防備な百合にも説教をした。



こうして百合の社会科見学、もとい悪質な職業体験は終わり、百合はコンセプトカフェでやってはいけないラインを完全に理解した。



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