第63話 この夏一番のホラー


引き続き焼肉オフ会にて。

南雲は前方に座る2名からの舐め回すような視線に耐えつつも大会の話を切り出す。


忘れられているとは思うが、本来はその為の場である。


「セーラちゃんはさ。大会であれだけ苦しい思いして、もうゲームやりたくないとか、大会に出たくないとかって思ったりしなかった?」


「正直……最初は思いました。セーラの人生で一番緊張しましたし。でも今は……リリィちゃんとまた出たいと思います!」


「よかった……配信もゲームも嫌いになってなくて。また一緒に配信出来たらいいね」


「リリィちゃん…………じゃあ、同居しましょう!」


「は? 配信するだけでなんで同居する必要あるの? きも」



「……あれ? いま、ワタシ真面目な話してたよね? と、言うかセーラちゃんもまさかそっち側のタイプ……?」



遅ればせながら南雲はセーラが十河と同種の圧を持っていることに気が付く。

深呼吸をした後、一度考えをまとめる為に席を立った。


「先輩? まさかもう帰っちゃうんですか……?」


「違うよ、ちょっとお手洗い」


「あっ……♡ お付き合いします♪」


「絶対にイヤ!!」



個室を出た南雲は本気でこのまま置いて帰ろうかと迷った。



***


南雲が強い拒絶反応を示して個室を出て行った後、しばらく無言だった二人はスッとカバンから何かを出した。


「……今日はここで争っても仕方がないから、一本はセーラさんにあげる」


「……そうですね。ここは穏便に行きましょう」


結託した二人は使をシェアして真空パックに入れた。

そして、新しい箸を南雲の箸が元あった場所に置く。

この段取りは南雲が来る前に二人で話し合った結果である。


本来であれば同担拒否の二人ではあるが、お互い争った結果にこのオフ会でなんの収穫も無いのは両者に取って大きなマイナスとなる。

その為、今回はお互いにメリットがある形でこの行為に及んだ。


記念品の確保が終わっても二人の暴走は止まらない。


セーラは南雲が使っていたタレの皿と自分の皿を入れ替え、

十河は南雲が飲んでいたジュースのコップと自分のコップ入れ替えた。


これに関してもメンヘラ女たちは、

南雲と同じ種類のタレを、皿の同じ位置に同じ量で入れ、

同じジュースを頼み尚且つ、ジュースが入れ替わった時にかさでバレないように飲む量を常に調節していた。



そして、隙を見せたが最後。御覧のありさまである。



南雲が帰って来ると両者が頬を赤らめもじもじしていた。

二人の妙に艶めかしい動きに、南雲は何故か怖気おぞけを感じる。


気まずさを紛らわそうとオレンジジュースを一口飲むと十河がビクンッ!と跳ねた。

南雲に視線を通わせた十河はコップのフチにそっと舌を這わせ色っぽくオレンジジュースを飲む。


(……え、酔ってる? お酒とか飲んでないよね?)


一方で内股を擦り合わせたセーラは念入りにタレを絡めたお肉を恍惚とした表情で召し上がっていた。


(……そ、そんなに美味しかったのかな?)



この日、南雲のファンサ(了承無し)は二人の心とカラダに染み渡っていた。



***


食事が終わり記念撮影(了承有り)をした3人は店を出る。


「いい? 写真は絶対にSNSアップしちゃダメだからね」


「先輩! セーラさんはともかく私がそんなに常識の無い人間に見えますか?」


「絶対にしません! セーラの一生の宝物にします!」



確かに拡散とかはしなさそうな二人であったが、それはそれで怖かった。

一刻も早く立ち去りたい南雲は一切の名残惜しさも感じられないまま別れを切り出すことにした。



「じゃあ、本当に大会お疲れ様。また、いつか配信で」


「せんぱぁい……私、今日帰りたくないです……」


「ん。じゃあ、そこのネカフェに泊ってきな」


しな垂れ掛かってきた十河を押し返す。


「この後二人で、リリィちゃんのおウチで2次会やりましょう!」


「2次会は十河さんとネカフェでどうぞ」


ハグしようとしてきたセーラを躱す。



結局どこまでもついてこようとする二人を上手く撒く為に、地下鉄も敢えて逆の方向に向かった後、降りた先でタクシーを使って自宅まで帰った。

細心の注意を払って帰宅した南雲は北条にお礼の電話を入れる。



「つ、疲れたー……今日は散々だったよー。茉希ちゃん、ダサメイクとかありがとねー」


『ま、任せろ。またなんかあったら呼んでくれ』


「ホント、今日会った人たちはねー……」


今日を振り返りながら会話に花を咲かす。

バッグの中身を片付けようとした時に、南雲の手に何かが触れた。

不審に思ってそれを手に取る。


「うんー。それでねー…………ひッ!!」


『どうした! 南雲っ!? 大丈夫か!?』



『GPSトラッカー』

盗難防止の用途でよく使用される、現在位置を把握する為の機器である。

それは南雲がよく東堂に使う、所謂ストーカー御用達のアイテムであった。


しかし、バッグから出てきたこれは、




「だ、大丈夫。ちょっとビックリしちゃっただけ……今日は疲れたからもう寝るね!」


『あぁ……? おやすみ』



南雲は身に覚えのないGPSトラッカーをハンマーで破壊してゴミ箱へ捨てた。

その後、恐怖を紛らわそうと東堂の自室へ侵入し勝手にベッドに潜り込んで寝た。


***


余談ではあるが、数日後。

南雲の隣の部屋の住人は突如引っ越しをして、すぐに新しい住人が引っ越してきた。



――だが、新しく来た住人を南雲はまだ見ていない。



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