第59話 最高にHot


一夜明けた翌日、配信裏で梅雨町と夜咲が二人で練習するという事で丸井は時間を持て余す。

丸井こと十河は隙間時間に友人の杏樹あんじゅにクレームの電話を入れる。



「杏樹! どうなってんのウチの新人は!!」


『知りせんわよ。用がないなら切っていいかしら』


「あの新人! キャピキャピ、ベタベタと先輩に張り付いて……! そのクセ、先輩を知らなかったとか!!」


厄介系ですの? 大丈夫? 梅雨町さん過労死しない?』


「ホントにそうだよ! 先輩は面倒見が良いから心配だよ! 私がしっかりメンタルケアしないと……」


『トドメを刺すのはやめなさい』



よじライブ事務所では例の放送事故後に速攻で会議が開かれ、その日の内に夜咲が未プレイであった事を公表した。

爆速で潔く白状した夜咲に視聴者は『ネタ枠』、『バケモン新人』という評価を授け、むしろ今後の活躍に期待を寄せた。

丸井は事務所にメンバーチェンジを打診したが、事務所の起こした不手際で運営に迷惑をかける事は出来ない、と却下された。



「って、感じで……杏樹! 話聞いてる!?」


『聞いてませんわ』


杏樹は延々と続く厄介クレーマーの説明を聞き流しながら梅雨町の身を案じた。



***


一方、半死半生の梅雨町は夜咲のコーチ……というかチュートリアルをしていた。



「初心者におススメの武器はマシンガンだよー。まずはこれを止まっている的に当てる練習しよっか」


「すごい! 当たったよー! 流石は師匠!」


「左クリック教えただけで師匠は……普通に呼んで」


「じゃあ、リリィちゃん?」


「君、距離の詰め方エグいって言われない?」


『師匠』⇒『リリィちゃん』までの移動速度は全一だった。

これには、かの丸井月氏もさぞ驚いてくれるだろう。

流石の梅雨町も新人にいきなり『ちゃん』づけで呼ばれるとは思ってもみなかった。


「じゃあじゃあ! 星空せいらの事も名前で呼んでね!」


「そういうとこやぞ」



グイグイ詰めてくる新人に精神を摩耗させながらチュートリアルを進めた。

最低限、配信で普通のゲームモードが成立するくらいの知識を詰め込む。

飲み込みの早さや現状のプレイングを見る限り、お世辞にもセンスがあるとは言えなかった。



「えー、結構ルール複雑じゃない?」


「そうだね。その複雑な世界に星空ちゃんは不法侵入しちゃったわけ」


「不法侵入www リリィちゃんうまーい!」


「なにわろてんねん(ビキビキ」



梅雨町もだいぶ温まってきた所で、配信前の通話に丸井が合流する。



「どうですか先輩? 夜咲さんはなんとかなりそうですか?」


「うーん、現状ネタ枠」


「リリィちゃんひどーい!」


「……『リリィ』『ちゃん』?? は? なんで名前呼び?? しかもちゃん付け?? 舐めて……」


「そのくだりもうやったから!! 星空ちゃんとは仲良くやろ?」


「そうですよー! なんで丸井さんはわざわざ空気悪くするんですかー!」


「星空、ちゃん……? は? このメス豚まさか先輩に名前呼びを強制させて……」



「あー、頭おかしくなりそう」



プレイ以外の問題も山積みである。



***


配信は視聴者参加型の練習にしたので大盛況であった。

丸井と梅雨町の握手会のような側面が強いので、夜咲のプレイの方にはあまり注目させない算段である。


しかし、それでも爪痕を残すのは夜咲が大型新人たる所以であった。



「リリィちゃん! 『せーの』で行こう!」


「え、星空ちゃんが合図出すの!?」


「……じゃあ、いくよ! 『いっ』、『せーの』……、『でっ!』」


「「!?」」



『せーの』で、と言ったはずなのに『いっ』の部分に困惑して出遅れる丸井。

困惑しながらも夜咲の言った通り『せーの』で飛び出す梅雨町。

自信満々で『でっ!』の部分で顔を出す夜咲。


一人で飛び出した梅雨町から、夜咲、丸井と続いて各個撃破される。



「よ、夜咲さんは何かやらかさないといけないノルマとかがあるのかなぁ??」


「えー、タイミングは完璧だったんだけどなぁ……」


「いや、終わってたよ」



普段はゲームが上手い梅雨町と丸井が織り成すコントに視聴者の受けは上々。

しかし、『切り抜き製造機』夜咲の快進撃は終わらない。



「ここはステルスで行こう」


「あっ、丸井さんの銃のアタッチメントあるよー!」


「どこ? ピン立てれる?」


「ここだよ!」


――パン!パン!パン!


「おぉい!? 星空ちゃんなんで銃撃った!?」


案の定、他チームに気づかれて混戦の末に負けた。



「夜咲さんってもしかして日本語苦手だったりするのかな? 得意な言語教えて? てか家教えて?」



昨日は冷え冷えだったチームの雰囲気は無事温まっていた。



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