第58話 最高にCool


夏休みも残り僅か。

そんな最中、コンカフェ『りりあん☆がーてん』では東堂と北条が同じシフトに入っていた。


「ん? 北条の香水……もしかしてゆーちゃんからのプレゼント?」


二人の休憩中に東堂が北条の香水の匂いに気が付く。


「そそ。お前も多分貰ってそうだな。 ……だとしても気付くのおかしいけどな」



北条が南雲から貰ったプレゼントは『梅雨町リリィ+四方堂コラボ香水』で、自身が配信活動をしているという旨が書いた手紙と同梱されていた。

南雲の事なので東堂にも自身のグッズを送りつけているのだろうとは予想していたので驚きはなかった。


ちなみに、四方堂化粧品とは奇しくも北条の母が勤務している会社で大手化粧品メーカーである。

南雲は所属していないらしいが、昨今話題の『よじライブ』という配信タレント部門を抱え持っている。

北条は南雲がそんな大手とコラボする程の配信者である事に衝撃を受けた。

だからこそ、南雲が家族と東堂にしか明かして居なかった秘密を自分に打ち明けてくれた事に内心ガッツポーズである。



「南雲の話は聞いたぞ。もうすぐ、でっかいストリーマーの大会に出るらしいな」


「そっか、北条はゆーちゃんの事聞いたんだ。夏休みだから視聴者数も凄いみたいだよ」


「勝てると良いな。当日は一緒に大会応援しようぜ!」


「そうだね。ゆーちゃんならきっと勝てるよね!」



東堂は『ゆーちゃんWIN!!』の掛け声と共に北条とコーヒーで乾杯した。



***


一方、その頃。

南雲が所属するチームには地獄のような空気が漂っていた。


「夜咲さん、ふざけるのやめてもらっていいー? 先輩困ってるから」


「えー、空気わるーい。じゃあ、なんか手っ取り早く上手くなる方法教えてくれますー?」


「……ごめん。ワタシもちょっとまだ状況飲み込めてない……」


配信外のギスギス会議に南雲は頭を抱える。



今回、南雲が参加するURカップという大会で採用されるゲームは3人1チームのバトルロワイアル形式のFPSだ。

運営に招待された各リーダーがメンバーを募集して総勢20チームが集まった。

その中で南雲こと梅雨町リリィは丸井月をリーダーとしたチームにドラフトされた。


チームのバランスを取る為に各メンバーには評価点が出され、その評価点の合計が30点を越えないようにチームを編成しなければならない。

今回のゲームタイトルは梅雨町のメインゲームでは無いものの、サブゲームとしてそこそこはプレイしている。

別ゲームでの腕前も加味した結果、梅雨町の評価はかなり高めの16点とされた。


他チームも梅雨町獲得の動きは見せたが、丸井の断固梅雨町即ピ宣言に遠慮して今の形となる。

かくいう丸井の腕前もそれなりに高く、評価点は10点という事でチームの合計点は26点になった。


こうなると必然的に最後のメンバーは初心者になるのだが、ここで丸井は大人の都合により事務所の新人をチームにドラフトした。

この新人である『夜咲よざき 星空せいら』は本来6点相当なのだが新人特別措置で-2点されていた。



つまり、このチームは夜咲さえそこそこの動きが出来ればかなり強いチームである。



……はずだった。

実は事前評価で6点だった、この女。


評価点を盛っていた。


それが発覚したのは、最早放送事故とも言っていい程の先ほどのチーム練習初配信の事である。



***


「こんばんわ♪ よじライブ所属の丸井月です! 今回はURカップの練習配信だよー! メンバーはなんと、なんとー……」


「どうも、梅雨町リリィです。えーと、うん。 ……頑張ります」


「せんぱぁい♡ 緊張してるー?」


「いや、してないけどさ。ほら、新人の子。フリ待ってるから、早く紹介してあげて」


「そうですよね! もう一人のメンバーはデビューしたての新人です! どうぞー」


「こんばんはー! よじライブ期待の新人、夜咲星空よざきせいらです! 今回目指すは優勝です。よろしくぅ☆」



この新人、チームの評価点が一番低いのにも関わらず優勝を豪語するあたりスケールがデカかった。

梅雨町としては既に問題児が一人居るこのチームでこの子だけはまともであってくれと願うばかりだ。



「あの! 星空せいら、梅雨町さんの大ファンでー……」


「は? ……ぁはは。 夜咲さんも先輩のファンかー。そっかそっか♪」


「いっつも切り抜き見てます! 星空にもいっぱいテクニック教えてくださいね!」


強引に軌道修正した丸井だったが、夜咲が地雷を踏んだのを一瞬で察知した梅雨町。

同時にこのチームがヤバい事も確定した。



しかし、練習が始まった時にはこれの比にならないレベルの事件が起こる。



『梅雨町さん。走るのってどのボタンですか?』

『梅雨町さん、アイテムってどうやって拾うんでしたっけ?』

『梅雨町さーん! 壁の登り方教えてください!』


本来は中の下くらいのランクのはずの夜咲は未プレイと言っても過言では無いレベルだった。

当然、これを見た視聴者もざわつき始める。

梅雨町の配信のコメ欄でも、


『……ネタだよね?』

『おい、夜咲アタッチメント拾ってないぞ』

『あいつ、さっきから床しか撃ってなくね?』



梅雨町は恐る恐る夜咲の配信を見に行くとプチ炎上していた。

これ以上はマズいと判断してディスコのチャットで丸井に配信を一旦切るように促した。


強引に練習配信を切った梅雨町たちだったが、あれ以上やればもっと酷い事になっていたのは火を見るよりも明らかだろう。


それでも、TwiXのトレンドには『エアプ夜咲』が入っていた。



***


そして、冒頭に至る。


「夜咲さんさ、ホントにこのゲームやった事ある?」


配信を切ってからは明らかに怒気をはらんでいる丸井が問いかけた。


「えー、無いですよー」


当たり前のように言う夜咲にビビる梅雨町。


「ええ!? 無いの!? じゃあ、運営に公表したランクは……?」


「大会出る為に適当に言いましたー! みんな盛ってるのかなって」


「バカなの? 大会の配信何人の人が見ると思ってるの?」


「……いや、未プレイはもはや盛るとかそういう次元じゃないよね?」



当初6点という評価点だった夜咲は今では0点に新人補正をつけて合計-2点だった。

仮に今の状況で丸井と梅雨町がキャリーをしても非常に見栄えが悪い。



「ワタシの切り抜き見てるなら別のFPSやってたの? それなら適正キャラとか分かるかも」


「あー、あれ嘘です。仲良しアピはした方が良いかなって。梅雨町さんは名前だけ知ってました」


「はあぁぁぁぁぁ!?!?」


遂に丸井がキレた。


「エアプであなたが炎上するのはどうでもいいけど、先輩のファン騙ってたのだけはマジで無理。もう2度と話しかけて来ないで」


「あー、別に丸井さんは配信の時だけ喋ってくれればー。配信裏では梅雨町さんに聞くので」


「は? なんで先輩に個通出来ると思ってるんですか? そんなの許すはずないよね?」


「えー、梅雨町さんと話したいんで話しかけて来ないでくれますー?」



『――ダンッ!!』



台パンの弾ける音が聞こえた。

これには梅雨町も涅槃寂静の悟りを開く。



大会開催まで残り6日。

最高に冷え冷えクールなチームが発足された。



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