第56話 ニアピン


薄暗かった部屋は明かりがつくと、簡素なパーティー会場へと変貌を遂げる。

奥の机には彩ゆたかなパーティー用の食材が並んでいた。


「百合先生、誕生日おめでとうございます。びっくりして頂けたかしら?」


そう言い放つ西宮を見て百合は放心状態となる。

後ろでパーティー帽を被りクラッカーを持った千堂と万里は若干気まずい感じになった。

しかし当然、泣いている百合の前に居る西宮が一番気まずい。


しばらくして落ち着いた百合は状況整理の為に幾つか質問をし始めた。


「……ぐすっ……まず、後ろで拘束されいてるのは誰なんですか……?」


「あぁ、忘れていたわ。千堂先生、万里先生。手伝いなさい」



二人は後ろで蠢いている人物の拘束を解きアイマスクと猿ぐつわ、そして黒髪のウィッグと胸の詰め物を外す。



「――っぷは!! れ、麗奈! どういう状況なの!?」


「じゃ、じゃーん。東堂さんでしたー」



ふざける西宮を見て百合は真顔だった。

過去一ヤバい。西宮はそう悟った。



「よかった……! 本当に……」


しかし、百合は二人を両手で優しく抱きしめた。

呆気に取られた西宮は、本心から生徒を心配する担任の姿を見て真面目な表情で謝る。


「先生……ごめんなさい。今回は悪ふざけが過ぎたわ」


「今回は……? あなたはしばらく反省して下さい! 先生は本っ当に心配したんですからね!」


「私も、こんな事……、本当は胸が苦しくて……」


「西宮さん……」



西宮は沈痛な面持ちを見せ、顔には反省の色を滲ませている。

……ように、見えたのだが東堂だけは西宮の異変に気付く。



「麗奈? なんか本当に辛そうだけど……大丈夫?」


「げ、限界……」


唐突にスーツを脱ぎ捨てた西宮。

続けてワイシャツのボタンを外してスーツ同様に豪快に脱ぎ捨てた。


「れ、麗奈!? なんでここで脱ぐの!」


「ちょっ……! 西宮さん!? せめてあっち向いて下さい!」


突然のストリップショーに阿鼻叫喚となる。

西宮が腹部に巻いたタオルを外し、Bホルダーのチャックを下すと、バスン!と胸が弾けた。


「ふぅ……本当に辛かったわ。コスプレイヤーは命を張ってるのね」



胸が辛かったのは、変装する際に着用したコスプレ用の胸つぶしが原因だった。

西宮は銀髪のウィッグを外し一息をつく。



「一息ついてないで早く下着を着けなさいっ!!」



***


「それからもう一つ!」



立ち直った百合は千堂と万里に向かってビシッと指を立てた。



「私の誕生日はです!」


「今日ちゃうんかーーい!」


「だ、誰だ! こんなむごいことをしたのは!!」



千堂と万里がパーティー帽を床に叩きつけた。

ちなみに情報源は万里の人脈セフレで、百合の同級生から聞いた情報だ。

当時から彼女が大雑把な性格だったのが敗因だろう。



「それと千堂先生、万里先生! こんな悪ふざけは悪趣味が過ぎます! 二人にも後日、お説教ですからね!」


「えっ、反省? する、する。今度、保健室で話は聞くよ」


「是非、屋上で二人きりで説教お願いします」



転んでもただでは起きない女たちであった。

ちなみに二人は、歳下の教師にガチの説教される事に一切の恥じらいは無い。



「……それでも。私の為にこの会を開いてくれて、ありがとうございました」



***


誕生会の片付けが終わった帰り際、夜道に出ようとした時の事である。

百合は千堂と万里の白衣の袖をちょこんと掴んだ。



「あ、あの……さっきのがトラウマになっちゃって……。私、もともとホラーとか暗いところが苦手で……途中まで一緒に帰ってくれませんか?」


(はわわわ、聡美ちゃん可愛すぎてはわわ)


(会話だけなく、まさかその先も……行ける?)


「やめときなさい、百合先生。今度こそ本当に誘拐されるわよ。私が車で送ってあげるわ」


「一応言っとくと、麗奈は前科一犯だからね?」



それから百合は仕事が夜まで長引いた場合、千堂か万里を帰りに誘うようになった。

二人はこの誕生会を企画した西宮に大きな、大きな貸しが一つ出来た。


尚、東堂は終始、自分まで誘拐された理由に納得がいっていなかった。



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