第54話 サスペンス仕様のハンカチ
東堂がノックして職員室入ると、そこには丁度帰り支度をしていた
「こんにちは。先生に用事があって来たのですが、お時間は大丈夫ですか?」
「こんにちは、東堂さん。何か用かな?」
周りを見る限り他の教師の影は無いが、質問内容的に他の教師に聞かれると要らぬ誤解を招きかねない。
そう思った東堂は事前策通り、カフェテリアへ誘導する流れで話を進める。
「ゆっくりお話しがしたいんですけどいかがでしょうか? こんな機会じゃないと先生はいつも忙しそうなので」
「いいですよ。補習のアシスタントとかの話?」
「あ、いえいえ。もっと砕けた雑談です。百合先生の個人的な話が聞きたいです。例えば、どうして教師になったのか?とか」
「えぇ!? 別にいいけど……そんなおもしろエピソードとかはないよ?」
「あの、別にウケとかは求めてないので大丈夫です。職員室で雑談するのも何ですし、カフェテリアまで行きませんか?」
これを了承した百合は職員室に荷物は置いて東堂と共にカフェテリアへ向かう。
道中、東堂はさりげなく調査依頼をこなした。
「そういえば、先生は昨日お休みでしたよね? 休日って何してるんですか?」
「昨日はお買い物と、お菓子作りかな。教師は夏休み中でも普段とあまり変わらないよ」
「お菓子……誰か渡す人とかは居るのでしょうか? ……例えば、恋人とか?」
「い、居ないよ恋人なんて! お世話になってる人とかにあげるの! 今日は千堂先生と万里先生にあげようかと……」
「ふむふ、え……?」
掘り下げるまでもなく恋人が居ない事を白状した百合。
だが、東堂が驚いたのは百合が千堂にプレゼントを渡そうとしていた事だ。
「え、えーと? 百合先生って他の先生とかとも仲良いんですか? ……主に千堂先生とか」
「うーん? 仲が良いというよりは、目を掛けて貰ってるって感じかな。ほら、私が一番経験浅いから」
「なるほど。ちなみにぃー…………千堂先生とかの印象ってどうですか? 変わった先生だとは思うんですけど」
「とても真面目な先生だと思いますよ。あまりお話をする方では無いみたいですが挨拶はよくしてくれます」
「あ、真面目では無いです」
現実とは異なる人物像を描く百合に東堂は思わずクライアントの情報を漏らす。
こんな小賢しい調査をしなくても、いずれ百合先生とは会話出来るのでは?そんな気がしてならない東堂であった。
「あっ、でもたまにタバコの匂いがするのはちょっと……。私、タバコ苦手だから……」
「ふむふむ、千堂先生は(タバコの匂いがするから)苦手と……」
「ち、違うよ!? 千堂先生が苦手な訳では! タバコが嫌いなだけで!」
「すいません、勘違いしてました。じゃあ他に、千堂先生以外に嫌いなものってありますか?」
「せ、千堂先生は嫌いじゃないよ!? ……苦手なのは、ホラーとか暗い場所かな?」
かなり自然な形(?)で着々と情報を引き出す東堂。
そこには若干、千堂に対するディスリスペクトも見え隠れしていた。
「じゃあ、逆に好きな……」
「――あら、先生。やっと見つけたわ」
カフェテリアも目前となった通路で背後から西宮が現れた。
まさかこんな所で会うとも思わなかった東堂はサッと襟を正す。
自分を探していたという事で百合は小首を傾げた。
「デートしている所、悪いのだけど……」
「れ、麗奈! 浮気とかじゃないから!」
「で、デート!? やけに質問が多いと思ったけど、これまさかデートだったの!?」
「それがナンパ女の手口よ。そんな事より先生、夏休み前に家庭科室に置き忘れたものがあって取りに行きたいのだけど、鍵を開けてくれないかしら」
「あら大変ね。じゃあ一緒に行きましょうか。ごめんなさいね、東堂さん」
今日はここまでか、と踵を返そうとした東堂に声が掛かる。
「どうせこの後、一緒に帰るのだからあなたも来なさい」
「あー、確かにそっか。じゃあお供するよ」
***
家庭科室についた西宮は探しものをするフリをして端で万里と通信する。
「チャラ女はターゲットの情報を執拗に聞き出そうしているわ、千堂先生が絡んでいるとみて間違いないわ」
『了解。千堂先生はまだ屋上に居る。この後の状況次第では私が接触するよ』
西宮は通信を切ると手提げカバンからボールペンを出した。
「見つけたわ」
「見つかってよかったね。じゃあ帰りましょうか」
「先生、質問をしていいかしら?」
探し物が終わり、早々に家庭科室を閉めようとする百合を西宮が引き留めた。
カバンから出した瓶を百合に手渡す。
「知り合いから紅茶を茶葉で貰ったのだけど、淹れ方を教えてくれないかしら」
「うん? 口頭でいいかな? それともメモを書いた方が良い?」
「いえ。今ここで実演して見せて頂戴」
「えぇ!? いま!? まぁ……東堂さんとお茶しようとしてたくらいだし、いいかな……?」
家庭科室を私物のように扱うことに気が引けたが、淹れ方の説明という事で自分を納得させた。
やかんに水を入れて加熱している間にカップとポットを用意して茶葉を確認する。
西宮が用意したという事で百合は若干警戒していた。
「まず、ポットとカップを温め……」
「ふむふむ、ふむふむ」
百合は頷きながら相槌を打つ西宮見て、『あ、絶対聞いてないな』と察する。
その後、一般的な紅茶の淹れ方を実演した百合だったが、まったく見ていない西宮は勝手に出した皿の上にマカロンを広げていた。
やりたい放題である。
「さぁ、紅茶を頂きましょう。お菓子も用意してあるわ」
「はぁ……まぁ、いいかな。夏休み中だし」
「あ! じゃあせっかくなので、さっきの質問の続きを……!」
お菓子を食べながら紅茶を傾ける優雅な女子会。
先ほどよりガードが固くなった百合を巧みな話術で攻める東堂、それに耳を傾ける西宮。
和やかな雰囲気で時間は流れる。
そんな雰囲気に
それもそのはず、東堂はマカロンに一服盛られていたのだから。
西宮は睡眠薬の有無をマカロンの色で分かるように細工していた。
一見適当に皿に盛ったように見せたが、皿の向きは睡眠薬が入っているマカロンがたくさんある方を東堂の方へ向けていた。
敢えて自分も食べてみせ、二人に安心感を与える。後は二人が食べた色を確認して時間を稼ぐだけだ。
しかし、日頃の行いの良い百合は薬物マカロンを神回避していた。
天の神様が微笑んでいる中、対面にいる悪魔もまた微笑みを見せる。
「あら? 先生、口元にクリームがついているわ」
「えっ! 恥ずかしい! ……どこかな?」
「ジッとしてなさい、拭いてあげるわ」
手鏡出そうとする百合を制し西宮がハンカチで口元を拭いた。
その瞬間、百合は意識を手放す。
西宮はゆっくりと百合の頭を机に寝かせた。
気づけば東堂も机に突っ伏している。
「あらあら、二人ともねむねむにゃんこなのかしら?」
反応が返ってこない事を確認した西宮は耳元に指を当てる。
「ターゲットと『チャラ女』の両方を捕獲。運搬は任せたわ」
『よくやったエージェントW-38。それでは君は最終段階に入れ』
「了解。A-1、提案があるのだけど。『チャラ女』にはまだ利用価値があるわ」
『ほう……ここまで来たら君の案を信じよう』
そしてエージェントは東堂を床に引きずりながら特別準備室へ向かった。
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