第52話 犯罪と言えばこの女


 午前の補習講座が終わった西宮は養護教諭の万里愛衣に呼び出されて保健室に来ていた。

 西宮は自分と万里の関係性から呼ばれた理由はなんとなく分かっていた。


「聡美ちゃんと接点がない」


「どうしろと?」



 案の定、百合聡美関係だった。

 万里は何の前口上もなしにいきなり本題から入って来る。

 千堂同様、こちらも他力本願だった。



「聡美ちゃんが保健室に来る理由を作って欲しい」


「なるほど。保健室送りにすればいいのね」


「言い方が物騒だね。危害は加えない方向性で頼むよ」



 他人の恋路に興味がない西宮はまったく気乗りしていない。

 お世辞にも計画性ある人物とは言えない上、コミュニケーション能力の観点で見ても完全に人選ミスだった。



「そもそも、私は協力するとは言ってないわ。協力するメリットがないもの」


「私から君に出来る事か……次の保健のテストの解答を君にリークしよう」


「乗ったわ」


 丸女の教師陣のコンプライアンスはガバガバだった。

 東堂ほどの正義感があるはずもなく、交渉は成立した。


「作戦はあなたが考えなさい」


「ある程度の準備はしてある。そこは任せて」



 そこで西宮は万里があらかじめ用意した作戦用の7つ道具を受け取る。

 道具箱には『聡美ちゃん誘拐セット』と書いてあった。



「……危害は加えないって言ってなかったかしら」


「安心して。直接危害を与えるようなものは無いから」


 箱を開けて中を確認すると、インカム、謎のハンカチ、睡眠薬、ロープ、アイマスク、猿ぐつわ、演劇用(?)の仮面が入っていた。


「想像以上に攻撃的な内容品なのだけども」


「一応の備えだよ。全部使う訳じゃない。校内にカメラは仕掛けてあるから、インカムを通して私が君に指示を出そう」


「こんな事の準備をするくらいならさっさと会話くらいしなさい」



 もっともすぎる西宮の忠告を無視して万里は道具の使い方を解説した。


 ①インカム

「ワイヤレスイヤホンタイプだから黒髪ストレートの君ならバレないだろう。小型のマイクは胸ポケットにピンでつけるといい」


「髪が靡いたら即アウトね」



 ②謎のハンカチ

「これで口を押えると急に眠気が襲ってくる薬が塗布されているよ」


「ご都合マジックアイテムね」



 ③睡眠薬

「数分で効く無味無臭の粉末タイプだよ。人体に害はない」


「合法粉末というやつかしら」 



 ④ロープ

「いずれかの方法でターゲットを無力化したのち拘束してほしい」


「亀甲縛りってやってみたかったのよね」



 ⑤アイマスク、⑥猿ぐつわ

「万が一、ターゲットが目を覚ました時の保険だ」


「そういう趣味とかではないのよね?」



 ⑦演劇用(?)の仮面

「顔を隠す際に重宝する。ちなみに内側にボイスチェンジャーが仕込まれている」


「使うタイミングあるのかしら……?」



 一通り道具の説明が終わり西宮は『聡美ちゃん誘拐セット』をしまう。



「なるほど。普通に犯罪ね」


「まぁ君なら今更罪を重ねたところで問題はないだろう」


「到底、教師の発言とは思えないわ」


「養護教諭だからセーフ」


「人としてアウトよ」



 西宮に人間失格の烙印を押された万里は次に作戦の段取りについて説明する。



「そうだね……最終的に保健室に聡美ちゃんが来てくれたらなんでもいい。睡眠薬等を使った場合、運搬は私がやろう」


「百合先生と会う段取りは?」


「私にそれが出来たらそもそも会話している。だからこそ、そこが君の腕の見せ所だ。正面突破でも隠密行動でも君に任せよう。近辺の状況は逐一、私が通信するよ」


「なんだか急にちょっとわくわくしてきたわ」



 根が犯罪者思考の西宮は自由度の高い作戦に俄然やりがいを感じていた。

 彼女もまた人間失格であった。



「それでは、決行は後日。同志、西宮君の活躍に期待している」


「任務了解。やり遂げてみせるわ」



 ***


 後日、百合誘拐作戦の決行日は奇しくも東堂の調査日と同日になった。



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