第51話 四角の外にも三角一つ


 化学の補習講座のアシスタントに来た東堂は講座が終わった後に担当の教師である千堂陽子に呼び出されていた。

 補習の内容についての話かと思ったが呼び出された場所は屋上である。


 普段、屋上は昼休みと放課後の決められた時間のみ開放されているのだが、夏休みは終日施錠されているはずであった。

 しかし、東堂が取っ手に手を掛けると扉は簡単に開いた。



 屋上を見渡すと柵から少し離れた所でタバコをくわえた千堂が佇んでいた。



「千堂先生。お待たせしました」


「いや、私もさっき来たところだ。やはり屋上は風が涼しいな」



 白衣と黒髪を靡かせて紫煙を吐く千堂は東堂の方へ向き直る。



「……先生。汗すごいですけど大丈夫ですか?」


 真夏日の直射日光は風でなんとかなるレベルではなかった。


「昨今の肩身の狭い喫煙者からしたらこれくらい日常さ」


「そもそも……校内って禁煙じゃなかったでしたっけ……?」


「私が喫煙する場所、そこが喫煙所だ」



 なんとなく名言っぽく言っているが発言内容は終わっていた。

 屋上で、しかも柵から少し離れているコソコソ吸っている事はツッコまなかった。

 制服にタバコの匂いが移るのが嫌だったので東堂は少し離れて会話をする。



「あの、呼び出された理由ってなんでしょうか?」


「東堂。お前は好きな人とかいるのか?」


「えっ……なんの話しですか? まぁ、居ますけど……」


「そうか。まぁ、そんな事は興味ないのだが」


「なんで聞いたんですか!!」


「会話の導入でいきなり本題から入るのもなんだったから。お茶濁しというやつだな」



 本当にどうでも良さそうに話を流した千堂は本題に入る。



「実は私にも好きな人が居てな。君に協力を頼みたい」


「……内容にもよりますけど、なんで僕なんですか?」


「理由は2つある。一つ目は君がモテ女だからだ。二つ目は私が恋慕しているのは君の担任だからだ」


「ひゃっ、百合先生ですか? それは、なんとういうか……あんまりお力にはなれないかと……」


「そうか。では、諦めよう。忘れてくれ」


「いやいやいや! もうちょっと理由を聞くとかあると思うんですけど!」


 東堂が一旦難色を示した時点で潔く諦める千堂。

 あまりの潔さに逆に東堂が引き留めてしまった。


「面倒だな。では、理由を話したまえ」



 この妙な上から目線、会話のテンポの悪さ。

 いずれも東堂がよく知る人間を彷彿とさせた。



「そもそも、僕はプライベートの百合先生をあまり知りません」


「私も知らん」


「えぇ……? 会話とかしないんですか?」


「見てのとおり、口下手で寡黙な女でな」


「あ、寡黙では無いです」



『寡黙』を剥奪された口下手女は何かを思いつき手をポンと叩く。

 ゴソゴソと白衣を物色した後、タバコを銜えたまま東堂の正面に立った。



「これで調査をよろしく頼む」


 千堂は先ほど物色したブツを東堂に渡す。


「現金はマズいですよ!!」


「安心してくれ。これは前金。成功報酬は別で出そう」


「そういう問題じゃないです!」



 現ナマで東堂を買収しようとしていた。



「では一体私はどうやって彼女のプライベートを知ればいいんだ!」


「普通に話せばいいじゃないですか!」


「せめての会話の取っ掛かりが欲しいんだ……」



 最後の部分だけは切実な悩みだったので東堂は口ごもる。

 有力な手掛かりを探そうと入学後のHRでの百合の自己紹介を思い出すが、趣味くらいしか出てこなかった。



「……百合先生の何を知りたいんですか?」


「ありがとう、協力してくれるのか! では調査内容を紙に記そう!」



 白衣から出したメモ用紙にボールペンでサラサラと箇条書きをしていく。

 そして、出来上がった『百合調査依頼』を東堂に渡した。



「……ふむふむ」


「どうだい。いけそうか?」


「まぁ、ある程度は。 ……このスリーサイズとか、性感帯とかは外しておきますね」


 東堂は承認を貰うでもなく容赦なく項目を消していく。


「やむを得ず、か。報酬はどうする?」


「これならほぼ百合先生に聞くだけの内容ですし、別に要りませんよ……」


「君は何という……よし! 次の化学のテストの解答を君にリークしよう」


「なんで一々道を踏み外そうとするんですか!!」



 こうしてお人よしの東堂は教員免許を持っているだけクズ、もとい千堂陽子からの依頼を受ける事となった。



 ***


 一方その頃、西宮は養護教諭の万里に呼び出しをされていた。



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