第50話 四角は、三角二つで一つ


 この日、西宮と南雲は相も変わらず補習を受けていた。

 補習は午前の部・午後の部とあるが、今日の二人は午前の部のみ受講した。


 ちなみに東堂は今日、バイトがある為アシスタントを休んでいる。



「西宮さんちょっと。この後、時間ある?」


「空いているわ」


「聞きたい事があるんだけど。お昼一緒に食べながら少し話さない?」


「ええ、構わないわ」


「じゃあ、購買でパンでも買おっか」



 南雲から誘われたのはいつぶりだろうか。

 西宮の記憶ではコンカフェ以来の出来事だった。


 辿り着いた購買は夏休みでも営業はしているのだが閑散としていた。

 補習を受けに来る人間か出勤している教師しか使わないからだろう。

 なんにせよ、今の二人には有難い事だった。



「せっかくなら菓子パンというものを食べてみたいわ」


「え!? もしかして食べた事無いの??」


「えぇ。文献でしか見た事無いわ。……この『あんぱん』とはどんなパンなのかしら」


「それは餡子あんこが入ってるパンだよー」


「……じゃあ餡子パンにして頂戴。分かりづらいわ」



 西宮は初めての菓子パン選びで早速いちゃもんをつける。



「こちらは分かり易くメロンパンと書いてあるじゃない。メロパンとは言わないじゃない」


「えー。でもそれメロン入ってないよ」


「何故このパンはメロンをかたったの!?」


「メロンみたいな形してるじゃん」


「……改めて見てみなさい。初見の人間はこれがメロンには見えないわ。カットマンゴーの方がまだしっくりくるわ」



 文献の知識だけで菓子パンエアプの西宮には辛い現実ばかりだった。



「……あら? これはアップルパイかしら?」


「そだよー。それこそ、西宮さんが食べるような奴より大分お菓子寄りだけど」


「じゃあこのパンはアップルパイパ「セク宮?」」



 南雲は適当に菓子パンとサンドイッチを購入する。

 西宮の口を塞いで連行し、これ以上放送禁止用語が出る前に購買部を出た。



 ***


 南雲は西宮と話す為に静かな場所を探す。

 しかし、人気のない場所を探すまでもなく食堂は空いていた。


 南雲は食堂のスミの席を取り、対面には西宮が座る。

 二人の間に並べられた菓子パンたちの中から西宮はサンドイッチを取った。


「え? 菓子パンのくだりからそれ取る?」


「やはり迷った末には安定を取るものよ」


「いや、知らないけど。じゃあワタシはあんぱん食べよー」



 南雲は西宮の分の牛乳にストローを差して渡す。

 自身も牛乳を飲んで一息ついたところで本題に入った。



「西宮さんさ。ワタシの事、好きなの?」


「ええ。好きよ」



 相変わらず表情一つ変えず即答する西宮。

 ただ、それは南雲も同じだった。



「それってさ。恋愛対象としての好き? それとも友人としての好き?」


「いずれヤりたいという方の好きかしら」


「一応、食事中ね?」



 淡々とした会話の風景は傍からみたら誰もが恋バナだとは思わないだろう。

 南雲は北条の妹が口を滑らせた時から西宮の真意が気になっていた。

 しかし実際にこうして話をしても彼女の本懐は未だ見えてこない。



「あーちゃんの事はどうするの? ……断るの?」


「断る? 告白なら最初から断っているわ」


 おそらく、結論がもう近くにある事を南雲は悟った。

 自らが恋焦がれる東堂、自分がその東堂の障害になることを。



「……じゃあ、本命はワタシってこと?」



 この関係性に名前をつけるなら、


『三角関け――』


「違うわ」



「……へ? あれっ??」



 割と結論を出すまで時間を掛けた南雲だったが、西宮曰く違ったらしい。

 自分の中でシリアスな空気を出していたので少しテンパる。


 そして、それだけ言って何事も無くサンドイッチを食べる西宮。



「いや、食べてる場合!? 説明してよ!」


「あら、一問一答形式かと思っていたわ」


「真剣な話してたんだから空気読んでよー……」


「ええと。南雲さんとナニをヤりたいかという説明をすればいいのかしら?」


「そろそろ手出るかもー」


「……本命の話だったわよね?」



 暴力の影に怯えた西宮が一つ咳ばらいをする。



「あなたは覚えてないかもしれないけど、あなたからその質問をされるの2回目よ」


「……え。そうだったけ??」


「そうよ。その時も私はあなたに真意を伝えたはずだけど。伝わってなかったみたいね」



 南雲は必死に記憶を探すが思い出せなかった。

 おそらくは、しょーもない状況だったはずだ。忘れているのだから。



「……仕方ないわね、もう一度言うから今度は覚えておきなさい」


 西宮はあまり表情を変えず嘆息をもらす。



「あなたの事は、私のハーレムに加えてあげても良いとは思っているわ」



「……あっ! あぁー!!」


 糸口に触れた南雲はあの時の記憶を手繰り寄せる。

 今のセリフを聞いてからキレて西宮をぶん殴った事を完全に思い出した。


「……え、ちょっと待って。じゃあ、それが西宮さんの本心ってこと?」


「そうよ」


「…………」




!?!?」




「まぁ、今はそうなるわね。いずれ私の股は無限に広がるわ」


「知らんがな!!」



 これには南雲さんのエセ関西弁も出てくる。


 そう、西宮は誰が本命とかでは無かった。

 全員本命だったのだ。



 ***


 四人が織り成した一つの関係性。

 それは三角二つを重ねた四角。


 当人たちはまだ知らない。



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