第47話 本日もゲスト


 ――『ピンポーン』


 西宮が帰った後の夕方ごろの事である。



「姉貴ー、なんかまた知らねぇ女きたー」


「…………」


 おおよその来客者を予想した北条は扉を開ける。


「僕だよ」


「……入れ」


 当たり前のように旅行カバンとチルドボックス(?)を肩に掛けた東堂が北条家の敷居を跨ぐ。

 東堂はカバンの中から出した菓子折りを北条へ渡す。


「はい、これ。つまらないものだけど、どうぞ」


「なんかご長寿番組の恒例企画みたいになってきたな」



 司会進行の北条がお土産を受け取ると、次は本日の第二関門のコーナーだ。

 対面した美保は東堂の面接を開始する。



「それでは妹面接を開始します。自己紹介をどうぞ」


「いや、お前の立ち位置なんなんだよ」


「こんにちは、僕は東堂明里。美保ちゃんの事は紗弓ちゃんから聞いてるよ」


「一ノ瀬から? もしかして、よく連絡取ってる先輩って東堂さんか?」


「多分そうかな?」



 友人と仲の良い先輩という事で美保の警戒レベルが下がる。

 そして、事前にこの面接を予想し、対策していた東堂は神の一手を繰り出す。



「ちなみに、昨日来ていた麗奈が僕の好きな人だよ」


「採用! 宿泊を許可します!」


「採用基準ガバガバじゃねぇか……」


「しっかし、先輩たちも複雑なんだな……」


「ん? 複雑?」


「あっ、やべっ……そうだ! 晩飯の準備しねぇと!」



 何かを強引に誤魔化した面接官はリビングへ逃げて行った。

 疑問符を浮かべる北条と東堂は荷物を置きに部屋へ。

 その際に北条は昨日、西宮が妹に何かを吹き込んだ事を考えていた。



 ***


 北条の許可を取り、東堂は厨房に立つ。



「ふむふむ、配置と構造は大体理解した。北条、今日の晩御飯は僕が担当してもいいかな?」


「お前が? うーん……まぁ、お前ならいいか」


「よかった。僕からのプレゼントは『夕食のおもてなし』だよ」


 東堂は持ってきたチルドボックスから様々な食材を出す。


「出来たら呼ぶから妹さんと団欒でもしてて」


「な、なんて殊勝な心掛け! 姉貴、お言葉に甘えようぜ!」



 姉妹が自室に向かったのを確認し、東堂は調理を開始する。

 調理中に帰ってきた瑠美に自己紹介を済ませ、彼女が風呂から上がるタイミングで北条姉妹を呼んだ。



「どうぞ、お召し上がりください」



「おいおいおい、すげーな店で見るやつより豪華だぞ……」


「あ、姉貴。幾ら払ったら東堂さんと友達になれるんだ……?」


「いや……あの荷物でこの料理はおかしいだろ……」


 そこに並ぶのは刺身盛、煮魚、茶わん蒸し、おひたし、お吸い物などから構成される見事な和風御膳だった。

 北条家の面々が手を合わせて料理に箸をつける。


「うっっっま!! なんじゃこりゃ! 酒が進むー!(ゴクゴク」


「お袋、最近飲み過ぎなんだから気を付けろよ。料理は異常なレベルで美味いけど」


「うめぇぇぇ! 姉貴の次に料理上手いわ!!」


「やっぱりまだ北条には届かないか……」


「お前らの中で俺は神格化されてんのか?」



 崇拝者を二人を交えた今日の夕餉も賑やかだった。



 ***


「うぅっ! 茉希っ、わ、私の稼ぎもっとあれば、毎日こんなっ……! 不甲斐ない母親でごべぇんんん!!」


「大丈夫、お袋は頑張ってるから……。ごめん、東堂。俺はお袋を寝室に運ぶわ。……片付けも頼めるか?」


「もちろん。厨房を任せて貰った以上、最後までキッチリやるよ」


「よし! 今日はアタシもてつだ……」


「やめろ。仕事を増やすな」



 もはや慣れた手つきで母親を寝室に運ぶ北条。

 そして、何故か慣れた手つきで片付けをする東堂。

 北条が帰ってくる頃にはほとんどの片付けが終わっていた。



「北条、先にお風呂入って。もう少しだけ掛かるから」


「ん。じゃあお言葉に甘えて」



『まぁ、東堂なら問題は起こらないだろう』

 そう思って、北条は先に風呂場へ行った。


 しかし、北条が体を洗っていると背後に人の気配を感じた。



「……や、やぁ」


「あのさ……タオルで体隠すぐらい恥ずかしかったら、別に一緒に入らなくてもいいんだわ」


「れ、麗奈が『北条さんの体を見て慣らしておきなさい』って……」


「アイツはマジでシバく」



 顔を真っ赤にする東堂は内股になってモジモジしながら、必死にタオルで体を隠す。



「まだ水に濡れてないから恥ずかしいなら風呂出れば?」


「いや、北条のすら見れなかったら……れ、麗奈のなんて絶対に直視出来ない!」


「一応言っとくけど。風呂場ならガン見ていいわけじゃねぇからな?」



 埒が明かないと判断した北条は東堂に風呂椅子を譲る。



「とりあえず背中流してやるから。その間に気持ちを落ち着けろ」


「あ、ありがとう。北条……ついでに僕の悩みを聞いて欲しいんだ」


「ん? まぁ、聞くだけなら」



 東堂の背中を流していた北条は深刻な相談の可能性を考慮して身構える。



「実は僕……センシティブなネタが苦手なんだ……」


「は? お前が好きな奴は存在自体が下ネタみたいなもんだぞ」


「そ、そこまでは言わないけど……どうにかしてセンシティブ耐性をつける方法は無いかな?」



 ぶっちゃけかなりどうでも良かったが、本人にとっては深刻そうだったので北条は多少思案する。

 すると、北条に天啓が舞い降りた。



「……任せろ。とっておきがある」



 ***


 風呂を上がった二人は北条姉妹の部屋に行く。

 現在、美保は入れ替わりで風呂に入っている。



「東堂。お前にこれを授ける」


「こ、これはっ……!?」



 北条は既に口が縛られた燃えるゴミの袋を東堂に渡す。

 中には紙袋が入っていた。



「……ゴミ?」


「そう、ゴミだ。その紙袋の中には西宮の使用済みの下着が入っている」


「!?!?」


「まずはそれを見ても平常心を保てるように練習しろ」


「ほ、北条……ありがとう。僕の為にこんな……」



 涙ぐむ東堂の背中を北条が優しく擦る。

 この日、東堂は熱い決意と共に一筋の光を見出した。


 西宮の下着(使用済み)を抱きしめながら。



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