第44話 北条家の日常 side 一ノ瀬 紗弓


「はい。という事で今回お越しいただいたゲストはこちらでーす!」


「ど、どうも初めまして! 一ノ瀬紗弓いちのせさゆみと申します。みほっちの友人ですっ!」


「あ、あぁ、いらっしゃい。姉の茉希です」



 昨日、突然みほっちから、

『宿題手伝ってやるからウチに来い』

『泊っていっていいぞ』

『手数料は姉貴の誕プレな』


 との連絡があり、現在ボクは北条家にお邪魔していた。

 連絡というよりはもはや通達だった。



「あの……これつまらないものですが、皆さんで召し上がって下さい」


「これはこれはご丁寧に。そんなに気を使わなくてもいいのに」


「いえいえ! 仲良くして貰ってるので!」



 ボクは持ってきた茶菓子を茉希さんに渡す。

 見た目は確かにみほっちにそっくりだが、第一印象からどうしてもで違和感が拭えない。



「あともう一つ。これは茉希さんへ。お誕生日おめでとうございます!」


 誕生日プレゼントとして用意したのは、お母さんが朝作ってくれた特製のケーキだ。

 友達の姉の誕生日だと伝えたら張り切って作ってくれた。


「えっ……えぇ!? その、なんか悪いね? ありがとう」


 そう言って物腰柔らかくケーキを受け取った茉希さんは思案顔でボクに問いかける。


「あのさ……失礼かもしれないけど。本当に君みたいな出来た子がウチの妹の友達なのか……??」



 その質問にボクは驚いた。何故なら、その疑問はボクも抱いていたからだ。



「いえいえ、そんな! ボクもその、茉希さんみたいなしっかりしてる人が、そのー、みほっちのお姉さんなのかなって……」


「愚妹がいつもご迷惑を……ぶっちゃけ、もっとヤベー奴が来ると思ってたよ。ホントに」


「ははっ! ウケるー、二人してなにをそんなにビビってたんだよー」



「「………………」」



「……こんな妹ですが、何卒宜しくお願い致します」


 念を押す茉希さんは深々と頭を下げた。



 ***


 リビングに案内されたボクが所在なさげにしていると、茉希さんはさりげなくお茶を出して着席を促してくれた。


「じゃ、俺は部屋に居るから」


「え? 姉貴も一緒に居ればいいじゃん」


「なんでだよ。どう考えても一ノ瀬さんは気まずいだろ」


「いえいえ! 気まずいとかはそんな……!」


「えー、一ノ瀬と二人で勉強とかテンションあがらねー」


「お前、マジで……あんま一ノ瀬さんに迷惑かけんなよ」



 こうして勉強会が始まり、みほっちはボクの宿題を手伝ってくれた。

 普段の破天荒な姿とは裏腹に勉強に関しては理論派なみほっちの解説は本当に分かりやすかった。

 結局、途中で茉希さんがバイトに行く際にみほっちが駄々をこねた事以外、ボクたちの勉強会はつつがなく進行した。


 その後、日が暮れた頃――



「ただいまー……おっ? 美保の友達か!? いらっしゃい!」


 リビングにスーツ姿の母親(?)が現れる。

 相変わらずみほっちにそっくりな上、凄く若く見える人だった。


「こ、こんばんわ。一ノ瀬紗弓と申します」


「おー、これはこれは! どうも母の瑠美です。おいおい、美保。お前ホントに友達居たんだな! 私はいつもの与太話かと思ったぞ」


「あ? アタシはいつも真面目だろうが。それより、ちゃんと今日の晩飯用の食材は買って来たんだろうな?」


「当たり前だろ。ほれ」



 自慢気に瑠美さんはレジ袋の中身を机に放る。



「ほっけの開き、枝豆、らきょう、ミックスナッツと…………アホか!! 全部お袋のつまみじゃねぇか!!」


「バカだなお前は。主役はコレよ!」


 そう言って瑠美さんが出したのは高級ワインだった。


「バカはおめぇだよ!! 飲めるのお袋だけだろ!!」



 この時、私は察した。

 この家では茉希さんこそが『異端』だったのだと。


 その後、瑠美さんが車を出し、みんなでパーティー用の食材を買いに行った。



 ***


「うぅっ! 茉希っ……お前は美保と違ってこんなに立派に育って! 不甲斐ない母親でごべぇんんん!!」


「あぁ、もう泣くな泣くな。一ノ瀬さんも居るんだから。ごめん、美保。俺はお袋を寝室に運ぶわ。机の片付け頼めるか?」


「任せろ! 一ノ瀬、やるぞ!」


「アホか。客人にやらせんな」


「あ、いえいえ! 手伝わせてくださいっ!」



 賑やかなパーティーは終わり、酔い潰れて泣きじゃくる瑠美さんを茉希さんが介抱する。

 それを傍目にボクたちはお皿やコップを片付けた。



「変な母親だろ? まったく……いっつも姉貴に迷惑かけやがって」


「えっ……みほっちも割とだよ……?」



 何故か『自分は普通です』みたいな顔で語るみほっち。

 今の瑠美さんの姿は茉希さんがバイトに行く際、泣きついていたみほっちの姿と完全に一致していた。

 しばらくして茉希さんが戻ってくる。



「あとの片付けは俺がやっとくから、二人は風呂入って」


「えっ? 誕生日なのに茉希さんが片付けるんですか……?」


「まぁ、こいつとかお袋に任せると食器の位置とか滅茶苦茶になるからな……。一ノ瀬さんは気にしなくていいよ。お風呂入ってきな」


「姉貴、いつもマジ感謝! 行こうぜ一ノ瀬」



 ボクは茉希さんのその姿に涙した。どうかこの人だけは報われて欲しい。

 後々、学校でみほっちには説教をしようと心に固く誓った。



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