第43話 拷問部屋


 一学期の終業式から一夜明けた本日が補習講座の初日である。

 各教科毎に人数にバラつきはあるが、本日の数学Ⅰは30人程の参加者がいた。


 丸女の1クラスの人数が30人なのでちょうどいい感じに教室は埋まっている。

 アシスタントとして参加した東堂は『みんな勤勉だなぁ』と感想を抱いた。

 実際はほとんどが赤点を取った生徒なので、むしろその逆である。



 現在は講義が終わり、生徒達はプリントによる学習を行っていた。

 教師は退室しているので、各生徒の質問は東堂が解説する流れだ。



 そして、ここでは東堂先生の真価が遺憾なく発揮されていた――



「と、東堂さん……ここの問題なんだけど……」


「うん、ちょっと待っててね」


 控えめに手を挙げた生徒の元に行くと、スマホを握った生徒がそっと耳打ちをする。


「……連絡先交換してくれませんか?」


「え、えーと……じゃあ、この問題を頑張って解けたら、ね?」



 席を離れると再び別の生徒から質問される。



「東堂さんの好きな食べ物ってなんですか?」


「補習と全然関係ないね……」


「私、料理が得意でー。もしよかったら……」


「ご、ごめん! あっちでも質問あるみたいだから!」



 流石は丸女。他のクラスの生徒もやりたい放題である。

 入学当初は妖怪ナンパ女として敬遠されていた東堂だったが、一学期を経てその汚名は払拭された。

 悪名さえ無くなれば、ただのイケメン女子である東堂は今では大人気だ。


 それでは挙手をしている同じクラスの生徒はというと、



「しし座の誕生日はいつからいつまでかしら?」


「うん。全然関係ないね」


「この前、北条さんに西宮式占星術を披露した際の話なんだけど……」


「えっ……なんでそのまま回想に入ろうとしてるの!?」


「あーちゃん、それは大問題だよっ! しし座の誕生日って夏休み中じゃん!」


「ゆーちゃん……今は補習を……」



 無論、地獄である。

 私利私欲で補習のアシスタントを安請け合いしたことを後悔した。

 そして少なくともこの瞬間、東堂は将来教師にだけはなるのを止めようと思った。



 ***


 一方、その頃。



「姉貴! 一緒に宿題やろうぜ!」


「いいけど。なんでそんなに嬉しそうなんだよ」


「だって夏休みはずっと一緒に居られるんだろ? 夏休み最高ー!!」


「普通にバイトあるから。ずっとは無理だぞ」


「えっ……妹を一人、家に置いていくの? 正気か!?」


「……いや、外に出りゃいいじゃん。一ノ瀬さんでも誘いな」



 北条家では姉妹が和気藹々と団欒をしていた。



「一ノ瀬は赤点だらけで大量に宿題出されてるからなー。忙しいんじゃねぇの?」


「お前さぁ……数少ない友人を手伝ってやろうとかは無いわけ……?」


「まぁ正直、だるい寄りではある。姉貴が言うなら手伝ってやってもいい」



 姉は妹の人格に不安を覚えた。

 ついでに最近、丸女への進学について母親と揉めていた件を思い出す。

 最終的には逆ギレした妹が殴り合いの喧嘩に持ち込もうとした結果、母親にワンパンで沈められていた。



「そういえばさ。結局、お前ってマジで丸女に進学するつもりなの?」


「おうよ!」


「俺が言うのもなんだけどさ、お前は進学校に行った方が良いんじゃねぇのか?」


「アタシは政治家になる為に大学だけは箔を付けるつもりだ。要は丸女から一流大学に行けばいいだけだろ? 簡単、簡単」



 ちなみに北条妹は本当に頭が良く、試しに受けた全国模試では大した準備もしていなかったにも関わらず結果は3位だった。

 この結果を見た姉と母親は、新生児取り違えの件で相談に行こうか本気で悩んだ。

 しかし、普段の言動と行動がアホすぎるので帳尻合ってるからいいか、となった。



「まぁ、お前も考えてはいるんだな。お袋は俺が説得してみるよ」


「マジか姉貴! やっぱり姉貴しか勝たん!!」


「抱きつくな、暑苦しい」



 とはいえ、なんだかんだで妹に甘い姉は引き剝がすような事はしなかった。

 ひとしきり姉分を補充した妹は離れた後、ふと問いかける。



「――そうだ! 明日の姉貴の生誕祭は晩飯何にする??」


「いや、教祖みたいな言い方はやめろ」



 ***


 この時、補習中の3人は明日が北条茉希の誕生日である事をまだ知らない。



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