第42話 強さの秘訣 side 東堂 明里


 夏休みまで残り日数僅かとなった。

 学校全体がゆったりとした空気の中、僕たち4人の間には緊張が走る。



「ねぇ、北条さん。右かしら? それとも左かしら? 教えてくれたら……」


 麗奈は若干胸を寄せて上げて北条の顔を覗きながら囁きかける。


「キモいことすんな。その手は東堂にしか通用しないぞ」


「ぜっ、全然胸なんて見てないよ!」


「あーちゃん……茉希ちゃんは胸とは一言も……」


「それじゃあ右を選ぶわ」



 そう言った麗奈は北条が持つ2枚のカードのうち、右のカードに手を運ぶ。

 北条の顔をチラリと見た後、麗奈はのカードを抜き取った。



「あがりよ」


「くっそー……俺が罰ゲームかー」



 北条は手元に残ったジョーカーを机に放る。

 僕らはババ抜きをしていた。

 例のごとく、麗奈が突然持ってきたトランプでババ抜きがしたいと言い始めたのがきっかけだ。



「お前意外とトランプの才能あるよ。顔面にモザイクかかってるかと思ったわ」


「凄いよねー。表情バリエーションは無表情か似非笑えせわらいの2択だもんねー!」


「あなた達は素直に人を褒められない病気なのかしら」



 最終結果は僕と麗奈が無敗で、ゆーちゃんが2敗、北条が3敗していた。

 罰ゲームは、先に3敗した人が『夏休み補習に関するアンケート』を職員室にいる百合先生のもとへ持っていくという内容だった。


 もちろん、委員長の仕事である。



「……二人は麗奈の強さの秘訣はポーカーフェイスだと思うの?」


「まったく……気がついていないようね。嘘をつく時、北条さんは左の眉毛、南雲さんは耳を見れば分かるわ。洞察力の問題よ」


「マジかよ!?」


「えぇ!? 全然意識してなかった!」


「もうあなた達との付き合いもそれなりに長いもの。なんだかんだ友人だし、ね」



 ネタをばらした麗奈は一学期を振り返り、しみじみとした様子でカードをしまう。



「一応、次回の為に言っておくけど……麗奈。そのトランプ、細工してあるよね?」


「…………」


「出せ」


「へー、いい度胸じゃん」



 友人を陥れるという行為で良心の呵責に苛まれた僕はネタばらしをした。

 二人は麗奈が一度しまったトランプを再確認する。

 他のカードと並べて見るとジョーカーだけ対角にある模様が違った。



「イカサマじゃねぇか!!」


「ちなみに二人が嘘をつく時に変な癖とかは無いから安心していいよ」


「よく友人面して『洞察力の問題よ』とか言えるよねー。このペテン師!」



 イカサマを指摘しようかは最後まで悩んだが、後々の麗奈の評価の為にはこれで良かったのだと思おう。

 ……指摘しないと、またあのトランプ使いそうだし。



「落ち着きなさい。憎しみからは何も生まれないわ。ここは細工に気づいた東堂さんをみんなで褒めることにしましょう」


「あ、ありがとう? ……あ、そうだ。プリントは僕が持ってくよ。百合先生に用事あったし」


「それを先に言いなさい。無駄に私の評価を下げる事になったじゃない」


「うっわ。かんじわるー」


「ゴミだな」



 よくよく考えてみると、麗奈の評価は元々下限だったのであまり関係無かったかもしれない。

 尚、麗奈には後日、別の罰ゲームが課される事になった。



 ***


 職員室についた僕は百合先生にプリントを渡し、用事について尋ねる。


「先生。僕への相談というのはどのようなものでしょうか?」


「もし東堂さんが良かったらアシスタントとして補習に参加してくれないかなーって話なんだけど……どうかな?」


「なるほど、もう少し詳しく聞かせて下さい」



 幾重にも包まれたオブラートを剥し、話を要約すると『教師も夏休みは休みたいなー!』という旨だった。

 報酬も特にないという事で百合先生は申し訳なさそうにしている。

 この件に関してはどちらかというと、おそらく百合先生も被害者側の人間だろう。

 若い先生は駆り出される傾向にあるらしく、万里先生もその一人らしい。



「なんだったら東堂さんなら講師まで任せられちゃうよ!」


「うーん……参加自体は問題ないんですけど、少し心配事が……」


 百合先生には太鼓判を貰ったが僕にはある懸念点があった。


「僕が講師をしたら麗奈とゆーちゃんがふざけちゃうんじゃないかと心配で……」


「安心して東堂さん。その二人は私が講師でもふざけてるから」


「あっ……じゃあ、問題なさそうですね」



 哀愁漂う百合先生を見て僕はそれ以上聞くことを止めた。



 百合先生には一見、僕に理が無いように見えているかもしれない。

 しかし、夏休みに麗奈と会う機会が増えるというだけで参加する価値は十分にある。


 こうして僕は私欲の為に補習アシスタントとして参加する事に同意をした。


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