第39話 偏向報道 side 百合 聡美
期末テストを控えた6月中旬、1-Aで私は自身が担当する家庭科の授業を行っていた。
巷では学力が低そうなイメージの丸井百合ヶ咲女学園だが、実際の生徒達のレベルは世間のイメージとは違う。
奇人変人が多いことには間違いないが、生徒達は決して頭が悪い訳ではないのだ。
例えば、見た目がアレな北条さんも授業態度は良く、ノートも綺麗に取っている。
テストの成績も中の上くらいで、優秀な生徒と言えるだろう。
見た目はアレだが……。
そんな生徒も在籍する中、奇人を表しているのがまさに東堂さんだ。
入学時のテストから前回の中間考査、彼女は全教科が満点だった。
学年一の才女と言ってもいい。
しかし、そんな彼女の授業態度はというと……、
「……東堂さん? 教科書とノートは忘れたのかしら……?」
「いえ? 持ってますよ」
彼女は綺麗な姿勢で私の授業を真剣に聞いている。
それはいいだろう。
ところが、事もなげにそう言い放つ彼女の机の上には教科書はおろか、ノート、筆記用具すら置いていないという大胆な歌舞伎スタイルだった。
「私の授業はノートに取る価値すらないのかな……?」
「いやいや、そんな! 先生の授業は分かり易いし、すごく丁寧だと思いますよ!」
「……教科書も要らないくらい?」
若干ヘコむ私を見て、気まずそうな表情の北条さんが口を開いた。
「あー……おい、東堂。197ページの一文なんか読め」
「197ページはほとんど表なんだけど……例えば、木綿豆腐の脂肪酸のトリアシルグリセロール当量は100gあたり4.5g。とかでいい?」
「!?」
すぐさま197ページを確認すると、そこには確かに食品成分表が載っていた。
私は指で表をなぞりながら確認すると……合ってる。
「と、東堂さん。その表にある豆乳の葉酸は?」
「うーん……と、28μgですね」
「あ、合ってる!?」
「面白いですよね、こいつ。頭ん中にSSD入ってるんですよ」
これはもはや頭がいいとかそういう次元の話ではなかった。
生徒をこう表現するのは気が引けるが、まさに奇人とはこの事だろう。
そして、奇人部門の次は変人部門。
私が確認する限りでは8割くらい寝ている南雲さんは今は置いておくとして、突飛な行動が多いのは西宮さんだ。
今日の彼女は必死に何かを作っていた。
私は彼女にバレないようにひっそりと後ろに回りこむ。
「……西宮さん。授業中に何を作っているのかしら?」
「丁度出来たところよ。先生にも一つプレゼントするわ」
まったく悪びれない彼女は作っていたものを私に渡す。
「なんで紙相撲? でも、真ん中のこれは……?」
西宮さんがくれた紙相撲はピンク色のカプセル(?)のようなものを抱えていた。
「紙相撲っていちいちトントン叩くのって面倒よね?」
西宮さんがリモコンのスイッチを入れるとお相撲さんは高速で振動し始めた。
「ひぅっ……!」
生理的に忌避感を示した私は紙相撲を西宮さんに放る。
「安心しなさい。未使用だから清潔よ」
「な、なんてものを学校に持って来ているんですかっ!」
「なんてもの……? 先生。確かに中身が単品であったら怒られるのも分かるわ。でも、これは紙相撲。紙とはいえ日本の国技よ」
――ビリビリッ!!
私は西宮さん作のお相撲さんから心臓をもぎ取る。
「……これで怒っていいかしら??」
「えっ……!? お相撲さんの中からローターが!?」
「黙りなさい。後で反省文ですからね!」
なぜ彼女は授業中に卑猥な紙人形を作っていたのか。それは誰にも分からない。
私は教壇に戻る前に爆睡している南雲さんの肩を揺する。
「南雲さん、起きて。起きて授業をちゃんと受けなさい」
「あうぅ……だ、ダメだよ……」
「南雲さん……?」
彼女は妙に艶めかしい声を出す。
「あーちゃん、茉希ちゃん……ふ、二人ともどこ触って……」
「………………」
「ちょっ、ゆーちゃん!?」
「おい!!」
「百合先生。これは二人にも反省文を書かせた方が良いんじゃないかしら?」
私は頭痛に伴い、片目だけ瞼が痙攣していた。
正常な判断力を失った私は西宮さんから没収した遠隔猥褻物のリモコンを『強』に設定した後、それを南雲さんの背中に滑り込ませた。
「――ひゃあああぁっ!?」
背筋をピンと反らせて起き上がる南雲さんの顔を、私は笑顔で迎え入れる。
背中から滑り落ちたブツは床で振動していた。
「あら、おはよう南雲さん。私の授業では随分いい夢が見れたみたいね?」
「せ、先生? い、いま何が起こって……」
「それは反省文を書く時にゆっくり説明してあげます」
「先生ごめんー! ゆるして―!」
***
後に、生徒たちの間で『百合先生が寝ている生徒にローターを使った』という偏向報道がされ、百合は学年主任にめちゃくちゃ怒られた。
元凶の西宮はこれを『百合ローター事件』と名付けることにした。
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