第34話 斯くも歪な友人像 side 北条 茉希


「ふぅー……温けー……。つか風呂ひれーな、おい」


 雨に濡れて少し冷えた体を温める為、俺は湯舟でくつろぐ。



(……って、くつろいでる場合じゃねぇだろ!)



 俺は一旦ここまでの状況を整理した。

 ①オリーブで南雲に泣き落とされた。

 ②外は雨だから落ち着いて話すなら家に来ないかと誘われ、それを了承。

 ③濡れてるからお風呂入ったら? と言われたが着替えが無い為、それを拒否。

 ④何故かお泊り用の着替えがクローゼットの中にあった。

 ⑤寂しそうな南雲を見ていたら風呂に逃げた。



 南雲に上目遣いでお願いされてから俺の意識はなんとなくふわふわしていた。

 風呂に入る話をしている時にハッとして、着替えがない事を言い訳に泊りは回避しようとしたが、ゴソゴソとクローゼットを漁った南雲は未開封のパジャマと下着を持ってきた。


「こんな事もあろうかと買っておいたのです!」


「どんな事だよ!」


「……あーちゃんが来て泊る事があったらー、なんて……。だからサイズは合うと思うけど……」



 納得のいく話ではあった。こいつならやりかねないな、と。

 一般的には、一人暮らしを始める奴が来客用のスリッパ買って案外使わないやつと同じノリだろう。

 まぁ、それのちょっと重症バージョンではあるが。


 そして見た感じパジャマのサイズは大丈夫そうで、ショーツもフリーサイズのものだったので問題はないとは思う。

 ただ、問題なのはそこじゃねぇんだよな。



 問題は幾つかあった。

 まず一番ヤバいのが、俺がなんとなく南雲を意識してしまっているという事。


 アイツは普段、ヤバい面ばかりが先行して注目されづらいが、ルックスはめちゃくちゃに可愛い。

 涙に濡れた目で上目遣いされた時は心臓が止まるかと思った。

 断ろうと考えていた時に、再び寂しそうな表情を覗かせた南雲を見た俺は問題をうやむやにしてしまった。



 そして次の問題は、

 仮に! 仮に、俺が南雲に恋心を抱いてしまったとして、今現在傷心中の南雲に付け込んでいる点である。


 南雲に現実を突き付けて弱らせ、その弱みに付け込んであまつさえお泊まりまでしている。

 距離感がバグっているアイツに対して、俺が何かしでかさない保証はない。

 このお泊り会は俺がである前提で初めて成り立つものだ。



 まとめてみれば俺がやるべき事は単純だった。

 少なくとも今日は南雲ので居よう。

 今日はそれだけ意識していればいい。俺は決意を固めて風呂を出た。



 ***


「それじゃあ電気消すね?」


 風呂から上がった南雲は話をする為に部屋を暗くする。


「……あのさ」


「なぁに、茉希ちゃん?」


 南雲の声がいつもより近くから聞こえる。

 そりゃそうだろう。


「……一緒のベッドはマズくないか?」


「なんで? ワタシ、友達同士でこういうのやってみたかったんだー」



 俺のすぐ隣で笑う南雲を見て気が気ではなかった。

 と、友達。そう、友達同士ならなんの問題もない。

 固めたばかりの決意は既に揺らいでいた。



「は、話っ!お前が話したかった事ってなんなんだ?」


「うっ……、も、もうその話するの? 心の準備が……」


「そーだよな、話づらいよな! ヨシ! じゃあもう今日は寝るか!」



 南雲に背中を向けて俺は寝るフリをする。寝れる訳はないが。



「……茉希ちゃん。ワタシね、茉希ちゃんに言われてあーちゃんとの事、考えたの」


「……」


「出会ったキッカケとか、思い出とか。そしたらね、確かに気づいたんだー……ワタシはあーちゃんと一緒に居たい、傍に居たい。ただそれだけなんだって。をとても大切に思ってる。だから、確かにこれは……」


 南雲は少し間を置いた。


「……恋とは言えない」



「昔した結婚の約束だってこじ付けだって今はわかる。何かにつけてワタシはあーちゃんと一緒に居る為の理由を探してるだけ……大親友とか幼馴染とか……」


 オリーブで泣いていた時と同じように声が熱を帯びる。


「きっと、最初は転校の寂しさを埋めたかっただけなんだと思う。あーちゃんの優しさに甘えて、それで依存したの。それはたぶん今も続いてる……」



 震えた声を聞けば南雲が泣いている事が分かった。

 振り向いた俺は南雲を抱きしめようと腕を回す。

 今抱きしめたら多分、もう戻れない。



 違うな。もう諦めよう。



 俺は南雲に恋をしたんだ。

 とっくに戻れないとこまで来ている。

 自覚した俺は腕に力を込める。



「――でも、ね」



 あの時と同じように、南雲の濡れた瞳がまた俺を捉えた。

 だから、心臓だけは早鐘を打つのに俺はまた動けなくなる。


 しかし、その瞳の輝きはあの時とは違った。



「茉希ちゃんのお陰でワタシ分かったの。あーちゃんに本気で恋をしたいって!」



 純真な言葉が俺の胸を貫く。


 自業自得だろう。

 恋心を否定したのも俺なら、この状況を受け入れたのも俺だ。

 それでも、胸は張り裂けそうに痛かった。



「……こんなワタシだけど、茉希ちゃんは応援してくれるかな?」


「……ッ!」



 俺は南雲を抱きしめ、背中を撫でる。


 それは、あくまで友人として。


 それに、今はとにかく顔を見られたくなかった。

 気づけば心拍数は南雲が気にならないくらいには下がっていた。



「……あぁ。俺はお前の味方で居るよ」


「ありがとう、茉希ちゃん! 茉希ちゃんと友達になれて本当に良かった!」



 最初に言っただろ。

 少なくとも今日は南雲の友人で居よう、って。


 無邪気に甘える南雲は胸の中にいるはずなのにその感触は感じられなかった。



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