第33話 テイクアウト side 北条 茉希


「ふぅー……美味しかったね!」


「あぁ、美味かったな。食後の飲み物でも頼むか」


アミューズメント施設で遊び終わった俺たちが最後に訪れたのは例の喫茶店『オリーブ』だった。

美味いと評判の料理は期待を裏切ることはなく、今は食後の余韻に浸っている。

俺は紅茶を、南雲はほうじ茶をまったりと飲んでいた。


今回のデートで俺は、南雲に伝えておきたい事があった。

伝える為のタイミングはこの場面が最適だろうと思う。

但し、それはこの雰囲気、或いはこの関係すら壊してしまう可能性があった。


それでもやるか、やらないか。必要なのは俺の覚悟だけだ。



「……南雲。お前とこうやって遊ぶのは初めてだったけどさ、今日はすげー楽しかった。ありがとな」


「こちらこそー! どしたの、急に?」


「先にお礼を言っておきたくてな」



以前、ここに来た時に修羅場ってた事を思い出す。

ここには何か因縁のようなものがあるのかもな、と心の中で自嘲する。


深呼吸をして顔を上げ、南雲を見つめる。



「今から俺が言う事は多分お前を傷つける。俺の事が嫌いになるかもな」


「……え?」


「……だから、問いかけはしない。聞いてくれるだけでいい。それで今日は解散にしよう」



一方的な俺の通告に南雲は明らかに動揺していた。



「そ、それって! 言わなきゃならない事なの……?」


「今まで誰も言わなかったんだろうな。だけど、俺はお前の事が大切だから言うよ」



誰かが教えてあげなければ、きっとその期間が長くなればなるほど南雲が傷つく。

付き合いが長い訳じゃないからこいつの全部は分からない。

今日だって知らない一面はたくさんあった。だけど、知ってる部分で間違いだって思う部分は伝えたい。

それが例え自己満足だったとしても。


もう一度、深呼吸をした。




「お前が東堂に対して抱いてる感情は、恋じゃない」




「…………」



南雲は何も言わなかった。

引き攣った笑みを浮かべた彼女は視線を彷徨わせる。



「……や、ヤだなぁ! ワタシはあーちゃんの事大好きで……大、好きで……どうして、そんな事言うの?」


語気を弱めながら俯むいた南雲はポロポロと涙を流す。


「東堂は本気で西宮に恋をしているからだ」



俺と東堂はバイト先が一緒という事もあって何かと接点があった。

アイツから聞かされる西宮の話はなんというか、脚色過多で。

だけど、そこには恋という感情が確かに感じられた。



「……俺が思うに、お前の感情はアイドルに対する憧憬や愛着に似てると思う。それはアイツがしている恋とは違う」


「……っ! ……ぅ!」


南雲はかぶりを振って声にならない言葉を出す。


「……言ったろ? 聞くだけでいい。受け入れろとも言わない」



俺は静かに座席を立ち、俯く南雲の頭を軽く撫でた。

南雲が少し落ち着いたのを見てから俺は机から会計用のレシートだけ抜き取り退出しようとした。


その時――



「茉希ちゃんっ!!」


座席から飛んできた南雲が俺の手を掴んだ。


「ワタシ、茉希ちゃんともっとお話ししたい! もっと茉希ちゃんから見たワタシの話、聞きたい……!」


急な展開に驚く俺は咄嗟に言葉が出なかった。

狼狽える俺を涙に濡れる瞳はまっすぐに捉える。


「……だ、ダメ?」


頬を紅潮させ上目遣いの南雲と視線を交わした俺の心臓が跳ねる。


「べ、別に良いけど……」




『オリーブ』を出た俺は気づいたら南雲が一人暮らししているマンションに来ていた。


ん? なんでだ!?



***


尚、今日もブレンドコーヒーを飲んで貰えなかったマスターは一人寂しく、紅茶とほうじ茶のカップを片付けた。



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