第32話 小賢しい女


 食事を済ませた東堂と西宮は再び買い物へ向かう。

 何件か店を回った後に、最後は西宮の希望で本屋へと足を運んだ。



「そういえば麗奈。前に言ってた性癖学が分かる本は無いかな?」


「性癖、学……? 何? その如何わしい学問は」


「麗奈が言ってたんだよね!?」



 過去の適当な発言は東堂混乱させた挙句、本人はその発言内容を忘れていた。

 そんな西宮がいざなうとっておきのデートスポット、それは――



「……ねぇ、麗奈。本屋って言うのはまさか……」



 本屋に来た二人は現在、黒い暖簾のれんの前に居る。

 暖簾には18という数字が丸の中に描かれており、その上から斜線が引かれていた。



「あら……18? これは何かの暗号かしら? 不思議ね。入ってみましょう」


「いやいやいや、絶対目的地でしょ! 白々しすぎるよ!」


「じゃあ、東堂さんはこの中に何が隠されているのかを知っているのかしら?」


「何って、それは……、その……」



 そっち系への耐性が低い東堂は顔を赤らめて俯きながらゴニョニョする。

 そんな彼女を見て西宮は優しく彼女の手を取った。



「安心しなさい。ここは私がエスコートするから」



 かつてこんなに西宮が頼もしく見えた事があっただろうか。

 東堂はそんな西宮の一面を見て惚れ直す。



 但し、場面はエロ本コーナーである。



 西宮は東堂の手を引いて暖簾をくぐり抜ける。

 その先の景色は、一面百合の花畑で独特な雰囲気があった。


「あわわわ……、表紙の彼女たちは一体何を……」


 美しい情景に感じ入る西宮は、そわそわする東堂の手を引きさらに奥へと進む。


「そんなにチラチラ覗き見なくても誰も私たちなんて気にしてないわ。堂々としなさい」


 西宮に背中を押された東堂は表紙を見る為に勇気をもってエロ本に手を伸ばす。

 ところがここで突如、聞き覚えのある声が二人の耳に入った。



「……おや?」


「あら?」


「ばばば、万里先生……!?」



 エロ本コーナーには、万里愛衣が居た。



 ***


「こんにちは万里先生」


「こんにちは二人とも」


 西宮は学校で会うくらい自然に挨拶し、万里も自然にそれに応じる。


「あわわ、こ、こんにちは万里先生……あの、これは……違くて……その……!」



 この場で異様に慌てているのは東堂だけだった。

 そんな彼女の様子を見て、手の平の上で軽く拳を握りポンと叩く。



「……あぁそうか。ここは教師として君たちを叱らないといけないのか」


「万里先生は教師じゃなくて養護教諭だから大丈夫よ」


「あ、そっかそっか。じゃあ大丈夫か」


「え! それで通るの!?」


「まぁ、通る訳ないよね?」


「でしょうね」



 正直な話、万里としては学生がエロ本に興味を持つ事は問題とも思っていないが、会ってしまった以上は一応『先生』としての責務を果たす。



「西宮さんはまぁ手遅れだけど……君のような生徒がここに来るのは先生ちょっと心配になるよ」


 保健室の先生はサラっと匙を投げる。


「あわわわ、これは……あの、その……性癖学の勉強で!」


「西宮さんの入れ知恵だね?」


「失礼ね。記憶に無いわ」


「まぁいいや、仔細は後日生徒指導室で聞こっか」


「はい……」



 一方の生徒は粛々と判決を受け入れた。

 しかし、もう一方の生徒主犯の西宮は万里の耳元に口を寄せ小声でそっと囁く。



「百合先生が聞いたら悲しむでしょうね……目撃現場に万里先生が居た事も説明しないといけないなんて……」


「ほぉ……私を脅す気かい? そんな言葉に私が動じるとでも?」


「麗奈? 何を話し……って先生! もの凄く足震えてますけど大丈夫ですか!」


「だ、大丈夫……、ちょっと西宮さん借りるね」



 小賢しい真似をする時だけは良く頭が回るのが西宮という女の特徴だった。

 万里は東堂から少し離れたところでかがんで西宮と小声で話し合いをする。



「き、君はなんでこのタイミングで百合先生の名前を出すんだい?」


「あら、水臭いわね。私達は同じ女の身体をまさぐった仲じゃない。手つきを見れば先生の本気度は分かったわ」


「なるほど、そういうことか……」


 セクハラ女にしか理解出来ない境地である。


「私は先生たちの関係を応援するわ。だから今回は貸し1つという事で見逃してはくれないかしら」


「ふむふむ、まぁ別に私もそんなに躍起になってしょっ引こうとしてた訳じゃないしね」



 話がついた所で東堂の元へ二人が帰ってくる。

 コホン、と一つ咳ばらいをしたところで万里が再度判決を下す。



「まぁ……君らくらいの年頃なら興味を持つことくらいはある。私は何も見なかった事にしよう。だから今日は帰りたまえ」


「えぇえ!? れ、麗奈に何を吹き込まれたんですか?」


「失礼ね。あなたが惚れた女を信じなさい」



 釈然としない東堂の手を引いて西宮は再度暖簾をくぐる。

 しかし、ここで再び聞き覚えのある声が二人の耳に入った。



「……え?」


「あら?」


「ひゃっ…百合先生……!?」



 そこには偶然、参考書を探しに来ていた百合が居た。

 最初は驚いていた百合であったが、すぐに眉間を押さえて考える。



「わかりました。とりあえず、簡潔に説明してください」


「せ、性癖学の勉強に……」


「東堂さん、あなた……そう、西宮さんに唆されたのね……」


「誤解よ、先生。私の弁明も聞いて欲しいわ」


「……簡潔に説明しなさい」


「ただエロ本コーナーに入ってみたかっただけよ」



 本屋の外にしょっ引かれた二人は百合から説教を受ける。

 指導については、初犯である事と現物を所持していなかった為、厳重注意で許してもらった。

 エロ本コーナーから離れる際に西宮は暖簾の奥をチラ見したが、万里は音もなく消えていた。


 去り際の良さに腹が立ったので、西宮は勝手に貸しを1つ減らす事にした。



 ***


 デートの終着点は、合流した場所と同じ発着場だった。

 西宮が送迎車に乗り込む際に繋いだ手を放すと東堂は名残惜しそうな顔をする。


「今日は楽しかったよ。次回も期待してもいいのかな?」


「構わないわ。私も楽しかったから」


 ホッとした東堂は胸を撫でおろす。


「いい経験が出来たわ。それじゃあ、今日はありがとう」


「こちらこそ! それじゃあ、また学校で」


 最後に送迎車を見送った東堂のデートは多少(?)問題はあれど無事終わった。




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