第27話 未来への分岐点 side 万里 愛衣
大学を出てすぐに養護教諭になった私を採用してくれたのが、
巷では『鉛筆が握れれば合格出来る』とまで言われる奇人変人の巣窟、
1、2ヶ月ほど経ち自由な校風にも慣れ始めた頃、控えめなノックが保健室の扉を叩く。
「どうぞー?」
この学園で保健室に入るのにノックをする生徒が残っていた事に驚く。
「し、失礼します」
「どうぞ、ここに座って」
入って来たのは小柄で眼鏡を掛けた生徒だった。
雰囲気的に急を要する案件では無さそうだ。
私の記憶が正しければ、確かこの生徒は……生徒会長を務めていた子だったかしら。
道理で真面目な訳だ。
「まずは学年と名前を教えてくれるかな?」
「は、はい……!」
緊張しながら私の顔を覗き込む彼女は、
「――3-Aの百合聡美です」
小さく震えながら、そう名乗った。
***
「聡美ちゃんね。要件は何かなー?」
「は、はい……!」
そわそわ、キョロキョロとする可愛らしい彼女はまるで小動物のようだった。
これは、あれかなー。うん。
(――なんとかして触診に持ち込みたい!!)
「顔が赤いね。もしかして熱があるのかな? ちょっと上着のボタン外して貰えるー?」
「ち、違います! 今日は万里先生に話が合って……!!」
「ほうほう。じゃあ、あっちのベッドの方行こうかー」
「ベッド……? カーテンを掛けて話すという事でしょうか……?」
「ん? あぁ。そうそうそんな感じ、そんな感じ」
何を勘違いしたのかベッドへの誘いをOKされる。
移動した私は自然な流れで彼女をベッドの上に座るように促し、彼女はそれに従う。
私が言うのも何だがこの子はガードが薄すぎる。悪い人間に玩具にされないかが心配だ。
「それで私に話って?」
パイプ椅子に腰を掛けた私は彼女と向き合う。
「ば、万里先生が……その、生徒達に……せっ、セク、ハラを……」
「……あーぁ。そういうね」
私は保健室に来た生徒達を度々頂いていた。
その噂が大分ソフトな形で彼女の耳に入ったのだろう。
「君はその噂の審議を確かめに魔王の根城に単身で乗り込んだと?」
「は、はい……」
うーん、この子はもしかして私を誘ってるいるのだろうか?
逆にここまで勇気を出して来たのに押し倒さないのは失礼に当たるのでは?
義侠心に駆られた私はさっそく行動に移そうと足に力を込める。
「……わ、私。万里先生はそんな先生じゃないってみんなに伝えたくて……どうすればいいか分からなくて……」
私は上げかけた腰を落とし、座りなおす。
「な、なるほどね?」
(あっぶない、手出す寸前だったー!!)
私の風評を良くしようとやってきたピュアピュア少女を危うく汚すところだった。
何故、彼女のような逸材が
「噂なんて気にしなくていいよー。教師なんてさ、大概裏ではボロクソ言われてるものだから」
「でも、やってもない事を裏で言われるのって嫌じゃないんですか……?」
「裏で言ってる分にはいいんだよー。世の中そんなものだから。面と向かって言われると手が出るけどね?」
私が笑って冗談めかして言うと、彼女も釣られて控えめに笑う。
「やっぱり大人って凄いですね……。でも、手は出したらダメですよ!」
『メッ!』と口元に指をあてる彼女はめちゃくちゃ可愛かった。
今からでもワンチャン押し倒せるのでは?
心に魔が差した私の足に再び力が宿る。
「私も万里先生みたいな教師になれるかな……」
私は上げかけた足を組み直す事でなんとか平然を装う。
「きょ、教師を目指してるんだ?」
「はい! 子どもが好きなんです!」
(ゴミみたいな先生でごめぇんんん!!)
あと数秒、彼女が言葉を発するのが遅ければ未来は変わっていたかもしれない。
屈託のない笑顔の彼女は、願わくば私のような教師にならない事を。
「向いていると思うよ、私なんかよりずっと」
「万里先生よりも? お世辞でも嬉しいです!」
「お世辞なんかじゃないよ。君は純粋で真っ直ぐだから、きっといい先生になれる」
そう言って私の手は彼女の頭をやさしく撫でた。
***
――7年後、私の手は彼女の身体を激しく
あの日から7年経った彼女は純粋で真っ直ぐなまま大人になってくれていた。
相も変わらず、不純な
昨日からその記憶が頭に焼き付いて離れない。
一人保健室であの感触を思い出し赤面する。
(純情少女って歳でもないだろうに、私は……)
もし生徒が居なければ私は何をしでかしていたかが分からない。
「聡美ちゃん、可愛くなってたなぁ……」
自分でも気持ち悪い自覚はある。
彼女への申し訳なさと折り合いのつかない気持ちが拮抗する。
勉強会が終わった今、どうすればまた彼女に会えるのだろう。
なんとかして、お昼ごはんを一緒に食べれないかとか。
何をしていても頭に思い浮かぶのは聡美ちゃんの事ばかり。
はぁ、……どうしよ私。これじゃ学生たちと変わらないじゃない……。
今日も一人、保健室で悶々としている。
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