第22話 労働災害

 本日、学園の体育館では身体測定及び健康診断が行わていた。

 検査項目が多い為か、或いは問題児が多いのか。

 生徒達にはそれなりに長い待ち時間が発生している。

 例に漏れず順番待ちをする南雲と北条は暇つぶしに中身のない世間話をしていた。


「あーちゃんってさ。胸の大きい人が好きなのかな?」


「まぁ、惚れた女の胸はデカいわな」


 同学年の女子平均に比べ小柄な南雲は自らの胸に手を当て仮説を唱える。


「仮にさ、西宮さんの胸を80%オフにした場合、どうなるかな?」


「今度西宮縛り付けて試してみるか」


「引きちぎった方が早くない?」


「それもそうか」



 あまりにも暇すぎた二人は脳を使うことを諦めていた。



「そういえばあいつらの方、ちょっと心配だよなぁ」


「まさか健康診断で別室に行くなんてねー」


「何事もないといいけどな」



 ***



「……先生、私どこか悪いのかしら?」


「……」



 対面する先生は何も言わずに俯く。

 沈痛な面持ちで言葉を選ぶ。



「私も、もの凄く言いづらいんだけどね……」


「ここに呼び出された時点で覚悟は出来てるわ。はっきり言ってもらって構わないわ」


「そう、じゃああなたは……」


 決意を決めた先生が顔を上げる。



「――要注意人物という事で隔離するように言われてます……」



 担当の先生ひゃくあの目には涙が浮かんでいた。



 ただいま、こちらの1-Aの教室では要注意人物が監禁されていた。

 体育館の人口密度が減ってから、百合が連行する手はずとなっている。



「ちょっと待って下さい! 麗奈はともかく、僕には覚えがないですよ!」


 ここで、もう一方の要注意人物が異議を申し立てる。

 例によって謂れのない罪に問われる東堂は憤慨した。

 しかし、百合はいぶかしむような目で東堂に対面する。


「複数の生徒から報告があります。『東堂さんに弄ばれた』と」


「誤解ですよ! その子たちは何て言ってたんですか!!」


 百合相談窓口ひゃくあそうだんまどぐちから次々と苦情の声が読み上げられていく。


 ・Aさん、曲がり角でぶつかりそうになった時に手を握って顔密着の壁ドンをされた

 ・Bさん、図書室で落ちてきた本から守ってくれた後、耳元で大丈夫?と囁かれた

 ・Cさん、体育館倉庫で一緒に閉じ込められて心細かった時にに背中を擦って慰めてくれた


「……僕の非は少なくない?」


「あなた、この短期間でよくここまで仕上げたわね。ラブコメ主人公もびっくりよ」


「とにかく! 薄着の生徒が多くなる場所では危険と判断されました!」


「こ、こんな扱いはあんまりだよ……」



 あまりにも憐れなラブコメ主人公は有罪判決だった。



「はい、先生。東堂さんはともかく、何故私も隔離されてるのかしら」


「…………胸に手を当ててよく考えてみなさい」


「……?」


 自らの胸に手を当てた西宮は小首を傾げる。


「あら大変、まったく分からないわ。試しに先生の手を私の胸に当てて貰えるかしら?」


「それですよ! あなたにもたくさん苦情が来てるんですからね!」



 西宮に関しては罪状を読み上げるまでもなく有罪判決だった。

 裁判長であり看守の百合は既に尋常でない疲労を感じている。



「こんな隙あらばラブコメ女と一緒の部屋なんてごめんよ。私は体育館へ行くわ!」


「ま、ち、な、さ、い! 私だってこの部屋から解放されたいわよ!!」


 B級映画のノリで脱出試みた西宮が捕まる。

 疲労困憊の百合の本音も見え隠れし始めていた。


「ちょっと、麗奈誤解だよ! 僕が本気で好きになったのは麗奈だけだから……!」


「あら、熱い告白ね。それじゃあ、その本気をここで見せてごらんなさい」



「いいよ。今こそ僕の女を見せる時――」



「や、め、な、さ、い! 教師の前ですよ!!!」



 ***


「百合先生、過労死とかしないといいな」


「あーちゃんが居るんだから大丈夫だよ!」


「それもそうか……そうか?」


 二人は脊髄で会話をしていた。



 結局、待ち時間が長かった事以外、健康診断は問題なく終わったらしい。

 ただし翌日、百合は原因不明の高熱で学校を休んだ。



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