第20話 生理的に無理なタイプ side 南雲 優


『りりあん☆がーてん』から出たワタシは西宮さんと一緒に帰っていた。

 そこそこ一緒に行動したけど、未だに彼女の行動原理はまったく理解出来ない。


「ねぇ、西宮さんはどうやって家に帰るの?」


「駅まで歩いた後、迎えの車に乗って帰るわ」


「直接呼んだ方が早くない?」


「……友達と、下校してみたかったのよ」


「……別に、駅なんてすぐそこなのに」



 彼女はすぐこういう言い方をする。

 どうにもワタシはこの話をされると強く出れない。

 キーホルダーの件もそうだけど、絶妙なタイミングで弱い所を見せてくるのは卑怯だ。



「西宮さんってさ、すっごい庶民的な事に憧れあるよね」


「ええ、やりたい事はたくさんあるわ。3年間で全部出来るかしら?」


「……」


(――卒業した後だって時間はあるよ?)


 そんな言葉をワタシは飲み込む。住む世界が違うんだ。

 彼女が自由に出来る時間はもしかしたら3年しか無いのかもしれない。

 ワタシ達の当たり前は彼女にとってもそうだとは限らない。


「さっきから変に気を使っているのかしら?」


「そっちが変な空気にするからー!」



 移動距離が短いのが仇となり、結局変な空気のまま駅についてしまう。

 しかし、この機会を逃せば次に彼女と行動するのがいつになるのかが分からない。

 ワタシは彼女と別れる前に意を決する。



「あのさ。もし西宮さんがやりたい事、ワタシと出来る事だったら……その時は、協力してあげてもいいよ」


「あら、それじゃあとうど……」


「あーちゃんはダメ!!」


「ふふっ、冗談よ。安心しなさい」


 車へ向かう彼女はワタシの方へ振り返る。



「だって私、恋だってした事ないのだから」



 そう言い放った彼女はあどけない笑顔を見せる。

 今まで一度も見た事のない表情だった。


「今日は楽しかったわ。また付き合いなさい」


 そんな言葉だけ残して彼女はワタシを置き去りにする。

 ハッとなったワタシはせめてもの抵抗として中指を立ててやった。



 ***


 自宅に帰ったワタシはTwiXに呟く。


『今日は配信予定だったけど、おやすみします。』っと。

 それに対するいいねやら、リプライやら様々な反応が飛んできてるけど、

 まぁ明日の配信で説明すればいいよね。


 問題があるとすれば――


『えー、先輩!今日お休みするんですかぁー』

『身体とか大丈夫ですか?ちゃんとご飯食べてますかー』

るなが看病しにいきますよ?』



 ボイスチャット用のツールであるDisc-Cord(通称:ディスコ)に、

 特定の人物からのチャットが連投される。



『先ぱぁい? 大丈夫ですか?』

るな、先輩と苦しみ分かち合いたくて』

『どこ斬ればいいですか?』


(はぁ……、もう本当にめんどくさい……)


『斬らなくていい。別に体調不良とかじゃないから』


『せんぱぁい! じゃあVCしませんか? 先輩の声聞きたいなぁ……』


『嫌』



 ゲームが好きでなんとなく配信を始めたワタシは気づけばそれなりの認知度になっていた。

 世間的にワタシはVtuberに分類され彼女のような熱狂的なファンもそれなりにいるらしい。


 ただ、厄介なのは、



 ――彼女は視聴者ではなくということである。



『そういえば先輩! るなたちの、大会コラボキーホルダー買いました!?』


『興味ない』


るな、先輩のキーホルダー箱買いしちゃいました!』


『そのまま転売すれば?』


『そんな事しません! るな、先輩のグッズ転売する奴は全員死ねばいいと思ってるんで』



 辛辣な言葉を吐く彼女は所謂、厄介ファンネットストーカーだった。



『先輩にもるなのグッズ買って欲しいなぁ、なんて……』


『絶対にない』


『じゃあ、贈ってあげます! 住所教えてください♡』



 流石にこれ以上、ストーカーのメンヘラ女の相手なんてしてられない。

 彼女と会話していると頭がおかしくなりそう。

 吐気すら覚えたワタシはそこでディスコを閉じた。




 疲れてベッドに倒れこんだワタシは枕に顔を埋め目を瞑った。

 片手でバックを探り、ぶら下がったキーホルダーを握りしめ引っ張ろうと力を入れる。

 刹那、思い浮かんだのは悲しそうな西宮さんの顔。


(はぁー……。よりにもよって、どうして選んじゃったかなぁ……)



 手から解放されたキーホルダーのアクリル越しには丸井月まるいるなが微笑んでいた。



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