第19話 アレ待ちのアレ


 風営法という悪法に阻まれた二人は未だ諦めず、なんとか脱法する方法を探しメニュー表を眺めていた。


「はぁ……、仕方ないわね。もうマキにゃに飛び切り美味しいドリンクを作って貰うので我慢するわ」


「そんなサービスは、ない」


「いや、あるよ! むしろウチのメインサービスだよ!」


 即答で指名拒否をする北条に東堂がツッコミを入れる。


「いー、やー、だー、よー!! やりたくねぇぇーよぉー!!」


「……あら? もうサービスは始まっているのかしら?」



 駄々っ子北条に西宮は頬を染めときめいていた。

 ギャン泣きの北条の背中をさすりながら東堂がシェイカーを渡す。



「ほら、マキにゃ……。諦めてもう楽になろう?」


「ぅう……ううっ!!」 


 震える指でおずおずとシェイカーを受け取り、北条は覚悟を決める。


「しゃっ……しゃか……、ゃか……」


「振り♡ 振り♡」



 それにしてもこのセクハラ女、ノリノリである。



「ぉぃ……く……なぁれ、おいしく、なぁーれぇぇ……!」


「萌え萌え♡」



「…………………………………………きゅん☆」



「……ごふっ」


 尊さの過剰摂取オーバードーズにより西宮は吐血して昇天した。

 グラスにジュースを注ぎ終わった北条は膝から崩れ落ち、額を机の上に乗せる。


「……殺せ」


 ドリンクには死体が2個添えられた。

 何故北条がこの仕事を選んだのか。それは誰にも分からない。



「えー、それでは、宴もたけな……」


「じゃ、次ワタシの注文ー」


 露骨に逃走を図ろうとした東堂が捕まる。


「ワタシはねー! 2ショットのチェキ撮りたーい!」



 コールがあるメニューに比べ、比較的ハードルの低いチェキに東堂は安堵の息を漏らす。

 行動不能状態の北条の代わりに手の空いていた店長を呼ぶ。



「それじゃあゆーちゃん、どういうポーズにしようか?」


「うーんと、ね! 手錠が使いたい!」


「お、お嬢様! スタッフへのお触りはマズいですよ!」



 一転、事件性を帯びた要求に風営法の番人と化した店長が即座に割り込む。



「うーうん、違うよー 使って欲しいの」


「「そっち!?」」


 まさかの要求に店長と東堂がハモった。

 逆側なら良いのか?と悩む店長を尻目に東堂が必死の説得を試みる。


「い、いやぁー、でもゆーちゃん? そもそもウチは風俗店じゃないからさ? 手錠なんて置いてないよ?」


「持って来てるよー」


「「なぜ!?」」



 当たり前のようにバッグから手錠を取り出す南雲を見て再びハモる。

 先ほど西宮と買い物をした際に購入したものだが、彼女たちには知るよしもない。

 本物だと思っていた東堂は、本来の用途を想像し顔を青くした。



「ま、まぁ1枚撮るだけだから! サッとやってサッと終わろ?」


「そうですね……。やらないと何が起こるか分からないですもんね……」


 全てを諦めた東堂は、ノリノリで手首を差し出す南雲に手錠をはめ正面にに立つ。

 そんな二人をフレーム内に収めた店長が段取りをする。


「お嬢様、アキラくんに何か言って欲しいセリフとかはありますか? あ、お触りなしでお願いしますねー」


「え! じゃあじゃあ! 見つめながら『これでお前は僕の物だ』でお願いします!」


「え、はっ、ちょっ……!」


「はい。じゃあ行きまーす。3、2、1――」



「……ッ、優。これでお前は僕の物だ」


「……ひゃっ! ひゃいぃ」


 ――パシャ



 腰が抜けた南雲はへなへなとその場に座り込む。

 東堂の方へ向き、自然と目を瞑り顎を上げる。


 そう、完全にアレ待ちの顔である。



「「…………」」



「……はっ!? ワタシは正気に戻った!」


「そうだよね? そういうお店じゃないよね?」


 東堂は店長の震える手からチェキを受け取る。

 自分自身も震えていた手をなんとか抑えながらマーカーで文字を書き込み南雲にそれを渡す。



「はぁ♡ あーちゃんとのチェキ……一生大事にするね!」


 頬を紅潮させ慈しむようにチェキを胸抱く南雲はさながら天使のようだ。


「あ、店長さーん お持ち帰りアフターの話なんですけどー……」


「風!営!法!」



 ただし、堕天していた。



 ***


 その後、南雲は伸びていた西宮を叩き起こし帰路につく。


 ――無事に北条が職場復帰出来る事を祈りながら。



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