第16話 お昼おごはん


 ここ、丸井百合ヶ咲女学園の飲食施設は非常に充実しており、

 一般的な学校にもある学生食堂や購買部の他にも、カフェテラスやレストランも存在する。


 中でもレストランはかなり特殊で、高級とまではいかないが良質な料理が無料で提供されている。

 ただし、食事中のテーブルマナーには厳しく、食事後には不適切だった点に指導が入る。

 要は淑女の嗜みを教育する施設である。


 生徒たちは希望の是非にかかわらず必ず週1回以上はレストランを利用しなければならない規則になっている。

 手間さえクリア出来れば無銭飲食タダメシが出来る訳だが、いろいろな意味で一般庶民にはハードルが高かった。



「どうやって切んだこれ!むっず!(カチャカチャ…)」


「ナイフで音を立てるのをやめなさい」


「茉希ちゃん、こうやって食べればいいんだよー(グサッ!)」


「フォークで刺した肉を嚙みちぎるのをやめなさい」


「麗奈は流石だね。まるで育ちのいいお嬢様のようだ」


「喧嘩売ってるのかしら?世界中を見渡しても私のような淑女もそう居ないわよ」



 レストランでは珍しく西宮が主導で要指導者2名に助言を与えていた。



「お前ってやっぱりお嬢様かなんかだったのか?」


「言わなくても普段の姿を見ていれば分かると思うのだけど。あと、ナイフを人に向けるのをやめなさい」


「え、すごーい 毎日キャビアとかフォアグラとか食べてるのー?」


「食べてないわよ。もの凄い偏見ね。あと、口にものを入れて喋るのをやめなさい」



 暢気なバッドマナーガール2名を傍目に東堂は冷や汗を流す。



「……前々から思ってたんだけど、まさか麗奈って西宮財閥の関係者ではないよね?」


「あら詳しいわね。母は西宮自動車の代表取締役社長よ」


「グループの中でもトップもトップじゃないか!」


「んー? そんなに凄いのー?」


「凄いなんてもんじゃないよ! 麗奈は間違いなくだよ!」



 西宮グループとは、西宮自動車を筆頭に西宮銀行、西宮電機、NTS(西宮通信産業)等からなる超大手企業で、

 その時価総額は世界ランキングでもTOP10に入る。

 これは、もちろん日本ではダントツの1位という意味でもある。


 東堂が熱のこもった説明をすると庶民2名の様子が変わる。



「これはワンチャン誘拐、……あるか?」


「ないわよ。あと、ナイフを逆手で持つのをやめなさい」


「西宮さん。旅行とか好きー?」


「インドア派よ。あと、ナプキンで私の手を縛ろうとするのをやめなさい」


「でも、なんでうちみたいな学校に? 御覧の通りだいぶ危険だと思うけど」



 この時、東堂の色眼鏡により西宮は危険因子から除外されていた。

 恋は盲目とはまさにこの事である。



「まぁ……そうね。普通の学園生活を送ってみたかったというの1つ目の理由ね」


「なーんだ。てっきりお嬢様学校だとお尻触れないからだと思った―」


「ゆーちゃん……別にうちの学校もセクハラフリーではないよ……」


「2つ目の理由はなんだよ?」


「それは……秘密よ。いずれ分かるわ」



 珍しく真剣な表情をした西宮は言葉を濁した後、ナプキンをサッと畳みテーブルの上に置いてレストランを後にする。

 東堂はそれに続いたが、遅れた南雲と北条はゆっくりと会話を交わす。



「ま、誰しも言いたくないことはあるわな」


「そだねー 良いんじゃないかな。怒ってたわけじゃなさそうだし」


「だな。んじゃあ、今日はこれにて解散にするか」


「うん! おいしかったねー!」


『ごちそうさまでした』と手を合わせ、丁寧にナプキンを畳み席を立つ。




「――待ちなさい。あなたたち二人には指導があります」




 それを見ていた本日の指導員、百合聡美はそれはそれは大層ご立腹であった。


 ***


 後に説教を受けた2名は、退席時にナプキンを綺麗に畳むのは『料理クソマズかったです』を意味するという事も初めて知ったらしい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る