第11話 ダイナミックエントリー side 百合 聡美


(あわわわ! 4人が教室を飛び出して行きそう……! 止めなくちゃ!)


 まさか初日から問題が発生すると思っていなかった私は急遽思考を回転させる。

 とにかく、あの4人を止めるには私が教室に突入するしかない。

 且つ、初日から波風は立てないように、なるべく穏便に。


 思いついた案を実行する事にはかなりの抵抗があった。

 しかしこの時、頭の中には私の背中を押してくれた学年主任の優しい顔が浮かぶ。

 やるしかない。私は使命感に駆られていた。




 学年主任、見ていて下さい! 私の勇姿を――




「はいはーい☆ みんな席ついてー!」


「って、みんなもう座ってるかー 先生うっかりん☆」


「てへっ♡」


 猫の手で頭をコツンと叩き、てへぺろまでしっかりと添える。



 場違いの闖入者ちんにゅうしゃと共に教室には静寂が訪れた。

 渾身のすべり芸を目の当たりにした生徒たちは複雑な表情を浮かべている。



『あぁ……、担任も呪物か……』 と。



(そうだよねぇぇぇ……!!私だってヤだもん、こんな担任!!)


 学年主任には絶対に見せられない姿であった。




 例の4人は何も言わず着席した後、各々が席順にコメントをする。


「ぜ、全然良いんじゃないかな? 僕は面白かったですよ?」


 東堂さんの謎フォローが痛々しかった。


「つらい事があったら言ってね? いい精神科医せんせい紹介するよ?」


 何故だろう。南雲さんにだけは言われたくないという気持ちがあった。


「ごめんなさいね……私たちのせいで、クソ滑りピエロを演じさせてしまって……」


 西宮さんはもう少しオブラートに包んで欲しい。


「……先生、なんかごめん」


 北条さんの素直な謝罪が私の胸を抉る。正直、一番辛かった。



 私の尊厳という生贄を捧げ、なんとかこの場を収めることが出来たようだ。



 ***



「コ、コホン! それではHRを始めます、起立! 礼! 着席!」


 紆余曲折あったが、無事HRまで漕ぎ着けた。

 何事も無かったかのように黒板に名前を書き自己紹介を始める。

 そう、何事も無かったのだ。


「皆さん初めまして。今日から1年間皆さんの担任を務めさて頂く、百合聡美ひゃくあさとみと申します。担当科目は家庭科です。よろしくお願いします」


「先生に何か聞きたい事とかあれば受け付けますよ」


 急にまともになった私に生徒たちは狼狽える。

 それもそうだろう。客観的に見たら人格破綻者である。


 そんな微妙な空気の中、挙手をしたのは北条さんを除く例の3人だった。

 正直に言えばあまり良い予感はしないが当てない訳にもいかない。



「……はい、東堂さん」


「先生のご趣味はなんですか?」



 頭の中に東堂さんの通り名がよぎる。



「お見合いかよ」


「あなた、隙あらば女性にナンパね」


「ちっがうよ! 悪質な印象操作で着々と僕の虚像が作り上げられている気がするよ!」


「ホントに虚像かな?」


「そ、そうよね? 先生もちょっとびっくりしちゃったから。……私の趣味は料理やお裁縫です」



 私とした事が生徒たちを偏見の目で見てしまっていた。気を付けなくてはと自分を戒める。



「とても女性らしい趣味で素敵ですね。僕、先生の料理食べてみたいです」


「……東堂さん?」


 秒速で戒めを解いた猜疑心が再び顔を覗かせる。



「口説いてないよね? 信じていいんだよね……?」


「つか、先生ん家行こうとしてね? 食べたいのは料理なんだよな?」


「先生に決まってるじゃない。あまり東堂さんを舐めないで頂戴」


「誤解だよ! 僕はただ褒め……」


「黙りなさい、この虚像風情が」


「紛れもない実像の発言だよ!?」




 そんな4人のやりとり遠巻きで見てクラスの生徒達は笑っていた。

 最初はどうなることかと思ったが、もしかしたらあの4人のお陰でこのクラスは案外上手くやっていけるのかもしれない。


 少しだけ安心した私は口元を緩めた。


 まだ質問が2件残っているのは若干心配ではあるけど……。



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