第5話 side 北条 茉希


 まさに悪鬼羅刹あっきらせつたぐいであった。



 ゆるくウェーブのかかった茶髪、ハイライトを失ったパッチリ目、肉食獣のような眼光、小動物のようなルックス。

 彼女から解き放たれる圧力に俺は強い危機感を抱いていた。



 今この手を離したら人の血が流れる、なんとか取り押さえている俺と冷たい眼差しを放つ彼女――




「茉希ちゃんどいて。あいつ殺せない。」




 ――余裕で修羅場だった。




 ***


(こいつ……! 身体小せぇのに力強ぇ……!)



 そう、俺こと北条茉希ほうじょうまきは入学初日から厄介事に巻き込まれていた。


 一旦状況を整理しよう。

 先ほど知り合ったばかりのこの南雲という女は親友と、



 1.いつも楽しくおしゃべりをしている

(毎日500件ほどのチャットを送っていたらしい)


 2.同居している

(合鍵を作ってシェアハウスを主張しているらしい)


 3.家では掃除を担当している

(親友に気のある相手の連絡先を消しているらしい)


 といった交友関係を築いていると供述していた。




 ――つまりは、メンヘラ激ヤバストーカー女であった。




 そして現場は、そんな危険人物の思い人であろう銀髪が今まさに黒髪の女に告白している所だった。

 俺は南雲の表情から人間性が失われていくのを確認し、飛び出そうとした彼女を羽交い締めにしていた。


「南雲! 一旦ッ! 一旦でいいから落ち着け!?」


 こうして現在に至る訳である。



「ふーーーッ!! ふーーーッ!!」


 先ほどまで小鹿のように震えていたらしい南雲は、今では自我を失い怒りに震えていた。


「大丈夫だ。そう、その調子で呼吸を整えろ!」


「ふぅーーー…… ふぅーーー……」


(よし。少しは落ち着いたか。あとは情に訴えかけよう……!)


「俺はさ、まだお前とは知り合ったばかりだけど、お前とはいい友人になれると思ってる」


「そんな大切な友人を犯罪者にはしたくねぇょ……」



 柄にもない事を言ったせいか赤面し語尾は弱る。

 何やらされてんだよ、俺は!



「茉希ちゃん……」


 だいぶ落ち着いた南雲を解放し、一呼吸置いてから俯いた彼女の正面に立つ。


「気持ちの整理はついたか? 流石に大切な人の前で流血沙汰は不味いだろ?」


「うん……。 そうだよね……」


(ふぅ……。恥まで掻いた甲斐はあったか……)


 南雲は可愛らしい顔を上げ屈託のない笑みを浮かべる。




、だよね!!」




 瞳孔は完全に開いていた。




 ***



 呆気に取られる俺を置き去りにする南雲。

 気付いたころには黒髪の背後に忍び寄るのを確認した俺は全速力で現場に駆けつける。



 ――こうして出会う事となった俺たち4人。



 これは、とんでもない波乱の幕開けだった。



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