第5話 面
ウミがこの状態は流石におかしいと思ったのは五分ほど走り続けた後だった。一番太く長い道といえど、混みあっていないなら五分も歩けば神社の敷地から出ることができるはずだ。なのに、さっきからずっと神社の道が続いている。道の両端に並んでいる出店も途切れることなく続いている。
走りづらい浴衣姿であったのと、この異常事態に対する緊張が相まって、小走り程度だったにもかかわらずすっかり息があがってしまった。
慣れない靴で長時間走り続けたがために、段々と足も上がらなくなってきた。が、この空間で動くのをやめてしまうのはなんだかとても怖くて、ウミはあたりを見回しながらゆっくりと歩き続けた。
「ここは一体どこなの……? こんな道、私知らない____ぃっ!?」
前に踏み出そうとしたウミの右足の先が石畳の隙間にひっかかった。視界が大きく揺れ、体からさっと血の気が引いたのを感じた途端、転がるように胴が地面に打ち付けられた。
「いっつ、うぅ……」
浴衣だったせいでとっさに腕を出すことができずにもろに倒れてしまった。起き上がろうとするも、右腕の下敷きになっていた袖布を左の手で抑えこんでしまい、またバランスを崩してしまった。普段こんなドジはやらかさないのにこんな時にかぎって、と憂鬱な気分になりながら今度こそ起き上がろうともがいたその時、
「大丈夫?」
「え?」
声が聞こえた。慌てて立ち上がり、視線を上げると、人が、いた。それも、三人。
「あ、手ぇなくても大丈夫だったね」
腰をかがめて、こちらに差し伸べるように手を突き出していた一人が言った。
「あっはい、大丈夫、です……」
ウミは、答えながら視線を滑らせて相手を観察した。朱色のパーカーとショートパンツ、スニーカーといういでたちで、背丈と声的に女の子だとわかる。そして何より目を引いたのが、顔全面を覆っている面だった。クマを模した造形で、額や頬に紋様が彫られたそれは、少ない色で構成されているということもあり和の雰囲気を醸し出していた。普通に見たらきれいなのだろうが、薄暗い中、しかも道がどこまでも続く神社で見るその面は少し不気味だった。
「ここ、出られなくなったのか?」
今度は、クマ面の後ろにいたライオンを模した面をつけた子が声をかけてきた。さっきはよく見えなくて気が付かなかったが、さらに後ろのもう一人も面をつけているようだ。ライオン面は男の子らしい。Tシャツの上に半袖の薄手のジャケットのようなものを羽織っており、手に持った提灯からは青い光が発せられている。
もう一人はウサギの面をつけていて、声はまだ聴いていないが身につけられた浴衣の模様から女の子だとわかった。
「は、はい! そうなんです、お祭りの会場にいたんですけど、迷っちゃって。この神社についてはよく知ってるのに……」
「んー、だと思った。かなり焦ってたもんね」
クマ面が大げさに頭を振りながら応えた。
「私たちに、ついてきてくれるかしら」
初めて口を開いたウサギ面の声は、静かで聡明な印象だった。ウサギの面だけは他二人と違い、口元が見えるデザインだった。
「あ、ありがとうございます、助かります!」
やっと外に出られる、と思うと安心感や脱力からウミの声が少し震えてしまった。
「私たち同い年でしょ。敬語はいいよ」
ウサギ面と対照的な、元気で気楽な印象の声でクマ面が言った。
「んじゃ、ハルは案内よろしく」
「ああ。見失うなよ」
ハルと呼ばれたライオン面が先頭に立って歩き出した。
「暗いから足元気を付けてね。またこけちゃわないように」
ハルのすぐ後についていったクマ面が振り返ってウミに向かって言った。顔は見えないのにいたずらっぽく笑っているのがわかる。
ハルの持った青火の提灯の取っ手がカラン、と音を鳴らした。
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