008
パガヤは考えていた、昨晩対峙したあの少年は何者だったのか。今までに会ったことのない奴、それは確かだった。
「馬鹿げている」パガヤは愚痴を溢す。
重力を無視した動きが未知のものに由来していることは理解できる、しかし、あんなものが存在していい訳がない。俺は傭兵だ、金のためか、気付いた時には戦場にいたが、そこにもルールはあった。だが、もはや秩序など何処にもない、あってはならない世界がそこにはあった、俺の存在理由そのものが消えるほどの衝撃だった…
「俺に何ができる?」
狙撃兵として名を馳せた、白兵戦でも負けなしだったろう。それは、この思考から来ていると思っていた、俺はこれ以外に何も持たない、家族も思い出も何も、だから、いつまでもアクセルを踏んでいられた。当然、奴も同じように何も持たないかも知れない、但し、何かに守られていようが、囚われていようが撃ち抜けると考えていた、でも、それとは無関係に強い。結果として、俺は殺されなかっただけ、必要以上に痛めることもしない。それは圧倒的な差だった、屈辱以外の何ものでもない。
「俺には何ができる?」パガヤの自問自答に反応するものはない。
パガヤは徐にハンドガンを抜いた、何度も重ねた動作に無駄はないと言える、それが実に下らない、奴には滑稽に映っていたにも関わらず、それを真正面から打ち据えた。そう、俺には反応すらできない速度だ、何故あのようなことが可能だったのか、弾丸よりは遅く、それでも決してヒットしない、そう認識させるに足る何かがそこにはある、超常の兵器によるものだろうか。そもそも、あれは人のなせる業ではない。しかし、兵器を使用していたとしても、スキャンには引っかからないという矛盾もある、いくら考えても説明は付かない。
「超常の兵器、か…」
求めれば命はない、か… 隊の誰かがそんなことを言っていた。人を殺す以外に能がない俺には惜しむ命すら持たない。兵器の補助があってどこまでやれる、今以上であっても簡単には届かない。それでも、他に道はない。パガヤは傭兵を降りた、その足で荷物をバックパック一つにまとめ、ハンドガンの引き金を引いた。火薬が爆ぜる音、狙いを定めなくとも、まるで的に吸い込まれるように弾丸が爆ぜる。
「奴が言いたかったことはこういうことじゃない…」
そのまま全弾を撃ち尽くし、ハンドガンをホルダーに収める。行く宛などないが、戦場には長いこといたんだ、今更離れたところで他に生きる術を知らない。こんな逡巡にも意味はない、そして、任務外での戦意に価値はない。それでも、越えるべき壁のようにパガヤの前にそびえ立つもの、これはトラウマじゃない、恥だ… 背後を取られ外装を破壊された時、俺は無力となって安堵した、これで殺されることはない、と。俺は、これ以上の抵抗はしない、俺は無力だ、と言ったのか… ああ、あの時、やはり俺は死んでいた… パガヤは大きな溜息をついた。
「その生ける屍がどこに行く?」
この俺に一矢報いることができるだろうか… また、その方法は? 奴のリングはどこにある? どこで何と戦っている? 情報が足りない、そもそも傭兵に下りてくる情報など限られるが… 今はただ追うことしかできない。大した能もなく、伝手すらないが… 『狼』…確か、ターゲットはそう呼ばれていた、あの少年は何者だろうか。人間ではないのかも知れない。
「人ではない、か…」パガヤは小さく呟いた。
再度溜息をつき、思案する。そうであったなら、人はどう立ち向かうべきか… 簡単ではない、パガヤはそう思いながら地下鉄の脇、騒音の酷いアパートを後にした、陽を浴びることなく枯れた花が微かに香る。忘れることができれば、それが最善でなくともまだ良かったのだろう、学の足りない頭でもそれくらいは理解できた。だが、ターニングポイントはとっくに通り過ぎた、最後は傭兵らしく死ねばいい。
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