08

「グレンとは合流できたのか? このタイミングだと遠征隊と鉢合せるかも知れない、この国で『獅子』と呼ばれる連中も混じっている、主に戦闘面での鬼才というような意味合いに過ぎないが…また、そこに明確な基準はない。まぁ、可能な限り交戦は避けるように。シスは当然ぶつけるとしても、他は見通しが立たない、手がない訳でもないがな」

「グレンは妙な子供を連れ出していたが、あれも作戦の内か? 遠征隊については了解した」

「子供か、こちらの資料にはないが… まぁ、予測は付く。何も問題はない、しかし、随分とまた勝手なことをしてくれたもんだな、グレンは元々そういう奴ではあるが… 後は帰還についてだが、その位置からだと南方から抜けるのが比較的安全だろう、確かにお前の端末はある意味優れている、無用なデータも逐一送りつけてくるからな… 相手を撹乱させるには最適だよ」ルアの溜息混じりの音声が届く。

何やらルアを怒らせてしまったようだが、今は気にしてる場合ではない。それより、グレンはまだか… 地下2階か、割りと丁寧には運んでいるようだ。とりあえず、ルアの示した方角を探ってみるとするか。高所からの『これ』にも反応するやつはいるかも知れない、その時は戦闘になるだけのこと。後のことは単純に考えれば良い、守るものもあれば進むべき道もある、潜入前と比較しても雲泥の差というやつだ。さて、グレンは間もなく到着する、道を開くのは私の役割か。

「こっちだ、付いてこい」エアはグレンに向かって指示を飛ばす。

グレンは何も語らず頷くのみ、担がれた少年の意識は変わらず、か。まぁ、その方が都合が良いだろう。エアは城壁から飛び降り、門にて合流した。

「南方から抜けろ、とのことだ。経路は私が開こう」

「あまり急いでもこの子に負担が掛かるからなぁ、任せる」

先程は地上から50メートル程度の高さを疾走したが、今度はそうもいかない。車輛を奪うことも考えたが、起動や操作に難がある可能性もある、あのルアの爆弾馬はもっと危険だしな… やはり普通に走るのが無難か。エアは建物から建物へと空中を駆ける、安全を確認しグレンに合図を送る。その繰り返し、今のところ兵士も見当たらない、シスという楔が想定以上に働いているのか、何も彼もを縫い留めている、安否は定かではないが、ルアの言からは絶対の信頼を置いている。但し、この筋書では、遠征隊という不確定要素は必ず割り込んで来る。こちらへ向かうのは、とりあえず一人のみか、二輪で真っ直ぐにここを目指している。まぁ、やりあうのは構わないが、時が惜しい… 相手の出方次第ってところか。


「お前らか、賊党ってのは。随分と派手に暴れてくれたようだが、それもここまでだ」男がバイクから降りる。

如何にもバイク乗りといった出で立ちにノースリーブのジャケット、ね。装備を見るに剣士、か… とりあえず、交渉してみよう。まぁ、どう転んだところで、どの道というやつだ…

「ん? 何か勘違いしてないか? 賊なら向こうにいただろ」エアは手振りで方向を示す「こちらはエルクレアの指示で動いてるだけだ、何なら今すぐにでも確認してみろ」エアはつまらなそう話した。

経験上、こいつは問題がない。注意力が足りず、戦闘に自信があり、取り柄が片寄っているため意思決定が早い… 要は適材適所で、与えられなかったパターンもあるということだ。

「何!? 博士の遣いか、なるほど、な… 侵入した馬鹿は西門の方なのか。まぁ、あそこにも何人かは向かった筈だから…そいつも今頃はとっ捕まってるだろうけど… 引き留めて悪かったな」男は再度バイクに跨ると決まりが悪そうに一度だけエンジンを吹かす「とりあえず、行ってみるか…」

まぁ、馬鹿はお前だけどな…

しかし、あいつが博士か、地位は何となく分かるが、名だけで役に立つこともあるもんだな。あの馬鹿をシスに押し付けたことは謝っておこう。

「なんだ? 知り合いか?」グレンが尋ねる。

そんな訳はないだろう… こっちにもアホがいたか。

「いや、さっさと抜けよう。遠征隊とやらが戻ったらしい、精鋭揃いであれば厄介事に変わりはない」

「ああ、この先はもう門があるだけか」

まだ門までは数キロメートルあるが、当面の危険はなさそうだ。子供への負担を考慮し、抑え気味に駆ける。


さて、ルアにも確認しておこう。

「ルア、この後のルートはどうなっている?」聞いているか分からないので、とりあえず声を掛けてみる。

「お、今のところ交戦はなしか。ホームへのルートは確保していないが、空いてる馬を回そうか?」

「あれは爆弾だろ… 危険はないのか?」

「まぁ、状況に左右されるとしか言えんな」

今一信用ならないな… 別の手を考えた方が良さそうだ。

「了解。こっちで考えてみよう」


エアとグレンは門を抜ける。

そこには東門と同じ様なような風景が広がっていた、草木の生えた平地が数キロメートル広がり、その先は市街地となっている。左手側が拠点か、どの道、山を超えないことには戻れない。また、遠征隊の挙動が気になるところだが。解散が何故現地なのか、既に任務からは解放されているのか、個々に移動する意味は移動速度にばらつきがあるからだろう、恐らく、部隊の一部に司令が飛んだ、斥候は中の上といったところか… そもそも相手の全容などは到底知らないが、侵攻も国も目的も私にとっては二の次となる。そして、再度の会敵。

小型のジェットでも使用しているのか…腰の辺りにそれらしかき装置が見える。空からの急接近、向こうの方が速いのであれば避けようがない。これは飛行兵というやつなのか。

「なんだ、お前らは?」飛行兵が質問する「力の痕跡を辿ってみれば、これか。『獅子』同士だ、遅かれ早かれ出くわすようになっているのだろう…」

こいつとの戦闘は避けようがないか、飛行してきた割りに軽装なのは推進剤を必要としないから、か… 力の解析が必要だが、単に飛行装置に未知の技術や機構が備わっている可能性もある。

「しかし、命拾いしたな、数分で決着がつけばいいが、そうもいかない、か」飛行兵はそう言うと門の方へ振り返る。新たな情報が入ったのだろう、男はぼそぼそと小声で通話をしながら遠ざかる。戦闘は避けるに越したことはない、ポレポレを破壊されればそれまでだろうからな。


「グレン、行こう」エアは小声で話す。

「ああ、しかし、ここで助っ人が登場とはな」

助っ人? ああ、また空からか… 再度、空から人が降ってきた、馬から飛び降りたのだろうか。ニット帽ととんがり帽子を混ぜたような特徴的な帽子を被っている、てか、目深過ぎてあれじゃ見えてないだろう…

「おー、無事…だったか?」男がぼそぼそと話す。

誰だ、こいつ… まさか、自由枠のネオというやつか… まぁ、今更感は否めないが、移動手段を持っている可能性が高い。

「やぁ、ネオ。大体終わったよ、これから戻るところだ」

「ん、そうだったのか…」

我々の薄い反応とは別に、先程の飛行兵とやらが苛烈な反応を見せた。

「クソジジイっ!」男は叫びながらこちらへ突っ込んできた、砂埃を散らす。

まさか、ネオを見た瞬間に激昂したのか…

不意を突かれる形となったため確認が遅れたが、やはり飛行装置の併用とそれ以外の力による加速が見える。また、散った砂埃が一瞬だけ収束する動きを見せたが、実際には変化がない? それは感覚的な事象だったのか区別がつかない。明確な殺意を持ってネオに斬り掛かる、ネオの方も即座に構える、ゆったりとした動作の割りにはしっかりとタイミングを合わせ、居合いで弾く。すべての勢いは殺せず、がんっという重たい音と共に後方に数メートル吹っ飛ぶ。飛行兵も激情という割りにはそれに振り回されず、理想の型に合わせた動き、首を狙った初撃に反撃予測、しっかりと間合いを意識している… そう単純な話にはならない、剣を抜けば殺るか殺られるか、それは破れない。互いに間合いをはかる、必殺の一撃を惜しみなく放っては躱し、また、鎬を削る。都度、掛かる力積は常識の範囲には収まらない、エアの目から見ても凄まじい攻防だった。


てか、こいつさえ来なければ何事もなかったのでは!?

そもそも気まぐれで動いた分際で、とんだ厄病神だ… そして、あの殺意からはただならぬ因縁を感じる。激しい剣戟だが、見えない部分でも渡り合っているようだ、互いに何かを狙っているような、予備動作が入る、それらは装飾でありながら本質ともなり得るものだ。とりあえず、二人でやり合ってる分にはこちらに被害は及ばないが、そうも言ってられないだろう。エアはグレンに離れるよう促し、即座に二人の上空へと跳んだ、互いに剣を打ち合っているが、どちらの実力が勝っているかは判断できない。少なくともネオの方が冷静に対処しているように見える。


「ふぅ、こいつは…問題ない。俺のことは…放っておいて、先に行け…」

端末を通じてネオの声が届く、唸りながら、ぼそぼそと溢すように話す。含みのある言い方だったが、何かを求めている訳ではない、別のことに気を取られているように見える。やはり助太刀は不要か、確かに、ネオの洗練された動きを見ていればそれは理解できる、純粋な戦闘用員として所属しているのだろう。念のため、グレンにも確認をする、あいつはほとんどの場合頷くだけだが、否定の含まれない肯定をした。つまり、グレンもネオの実力を把握しているのだろう。と言っても、相手も『獅子』を名乗るだけあって、基地の兵士とは一線を画す、どの領域からかは分からないが、理外の理と呼ばれるものなのだろう。当然、私もそこに含まれるが、領域内での優劣を付けることは難しい。頭上を取られた相手の反応を見ても、必要以上に意識することもない、後出しでの対処が可能という自信の現れでもある、しかし、私とは初対面だろう? エアは飛行兵に向かって『リニア』を飛ばす、意識を断ち切るくらいの強さで頭上から落としたものの、副次的といった感じで避ける。当然か、ネオと連携している訳ではないのだから、但し、その位置は予測していた。次は避けられない。そう、十字砲火への対処を見たかった。

男はそれが何かは知らないが、避けられないのであれば防御するだけのこと、そういう反応を見せた。それらしき動きは確認できないが、結果として『リニア』は貫通する前に消えた。

やはり防御された。

つまり、対処は可能ということか、無論、ここに質量を上乗せすればまた別の対応になるのだろうけど。そして、最初の加速時にも感じた収束に似た感覚が再度走った、これは偶然じゃない。故に、フィルターが必要となる… どの様な形でもいい、認識できなければ話にならない。エアはいくつかの情報で相関図を作製する、手札で相殺が可能であれば策はあると考える。そして、この場に於いてこれ以上の情報は与えるべきではない。

エアは空中を移動し元の位置に戻る、相手もその位置をしっかりと確認する、もう無視できる相手ではないと認識した。さて、ネオが先に行けと言ったんだ、この場は放置で良いだろう… こいつが動かない分はシスの助けにはなっているのかも知れないが、ネオの思考もまた読めない。しかし、シスの方も状況は更に悪いのだろう、このレベルを複数人相手にするには相応の能力が求められる、空間から物を取り出すのか、取り寄せるのか、恐らく、それらは本質ではない、もっと戦闘向きの何かなのだろう。


「グレン、このまま拠点に戻る。ここはネオに任せる」

「了解。でも、俺はここに残るよ」グレンは担いだままだった子供をエアに託す。

相変わらず指揮系統が謎だが、私は任務を優先するとしよう。この騎士のおもちゃが破壊されればそれまでだからな… 先の命令通り帰還するとしよう。

ふむ、普通に重たいな、グレンは軽々と担いではいたが… この子の負担とならないように飛べるだろうか… 現時点では危険か、走りながら練習してみよう。しかし、意識がない人間は確かに荷物と変わらない、運ぶにも方法が限られる、横向きに背負うしかないな。てか、誰だこいつは…? そもそも、勝手に持ち出していいのか? まぁ、後のことなど知らん、責任はグレンにあるのだから。とりあえず、レールの位置と出力の調整を行う、走り出しは上々だが、振動による負担も大きく無視はできない、無重力となるように、撃ち出しをより小まめに、イメージとしては風船のように運んでいく。走りながらの演算が可能であれば、空中でもさして変わらない。この先は疎らな市街地を抜け、山に入るが、その前にルアに聞いておこう。


「これで目的は遂げたはずだが、他は撤収しないのか?」

「そのつもりだが、作戦には武力の誇示も含まれる、引き際も肝要だ。しかし、それだけでは終わらない、お前もまだ気を抜くなよ」

ポレポレと子供を運んでいるからな… 油断はないが、経験が足りない、私の戦力不足は否めない。エアは石畳を高速で駆けながら市街地を抜ける、人気はあるが見えるところには誰も居ない、住居は恐らく一般的なもので、戸建てと集合住宅とがあり、道に沿って点在しているが統一感はない、全体的には西洋に似た文化だろうか。さて、頃合か。エアは森に入る前に一段と高く跳んだ、対象に触れてさえいればコントロールは容易だった。まず、子供に掛かる重力を打ち消す、後は自身の制御、この場合の制御とは姿勢を指す、それと子供への負担だけを演算すればいい。数キロメートルも飛べば完全に馴染むだろう。山に入ってからも周囲を警戒し、低空飛行を続ける、レーダーや目視に掛からないよう注意する。ルアの危惧していることは何だろうか、上手く表現できないが、雨のように天から地へと抜けるような、一瞬の視線のような弱い力が働いている感覚、これは最初から存在していたのか、そうでなければいつからか、それが分からない。飛行のコントロールと警戒に集中しているところにポレポレからの通話が流れてきた。


「ここはスケープゴートと同じさ、勝てない何かに怯えて暮らすよりはいくらか増しに思えるから、そう選択しただけで、実際は選ばされたと同義くらいの対価を支払っているよ。人はその存在理由を手放したり、託したり、失ったりすることで生き長らえるだけ、決して偉ぶることなんかできはしないのに、本来の形そのものを失くしている。マナはすべてに対するアンチだ、彼女の理想は追いかけるものではない、また、追いかけるべきものでもない、ただ、つまらないという理由だけが走っているんだ。つまり、僕の保証人にはなれないということさ。だから、君が保証人になってくれたらいい、この『世界』での存在理由を一つでも失えば僕の能力は著しく低下するからね、それは双方の望むところではないし、と言ってもこれは同意を要する行為でもないんだ、ただ君が僕に対して共感を望むかどうかの問題だよ。僕はここには存在しないけど、ここではない何処か、なんて現実逃避のような場所に在る訳でもない、丁度その中間、狭間の世界の住人なんだ。そんな僕がこの世界に望むことがあると思うかい? また、あったとしたらなにを望むんだろう? 君に対しての問いはそれだけだよ。時間があれば一度だけ考えて欲しい、一度だけでいいんだ、それくらいの価値しかないからね、きっと」

こいつ、会話に不慣れなのか… これは脳内に直接流れてくるノイズのようなもので、形式は手紙に近い。相槌を打ったものの構わず最後まで続けやがった。そして、また沈黙か… とりあえず、返答は後にしよう。先の感覚が狭まってきた、小雨から豪雨に変わるようなものだろうか、何か来る。


「エア、上だ! 3分でいい、持たせてくれ」

ルアの緊迫した声が走る。現在は仰向けの状態で飛行をしているが、遥か上空に黒い塊のようなものを視認する。そして、周囲もドス黒い闇が浸食するように、黒く、暗く塗り潰されていった。

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