07
「ルア、聞こえるか?」エアは屋根の上から通信を試みる。
「聞いている。ポレポレは見つかったのか?」
「ああ、ポレポレは救出した。このまま帰還すればいいのか?」
帰還と言ってもグレンの件もあるため、すぐに離脱できる訳ではないが… 他にも任務があれば、そこへ織り込む必要があるため確認すべきだ。
「帰還で良い。しかし、ここまで早いとは思わなかったよ」
「ところで、グレンは今どこにいる? そちらでは捕捉できているのか?」
「グレンか、極めて通信状態が悪い。屋内だとは思うが… 早々に通信が途絶えてしまったため、追跡はできない。戦闘時に端末を破損している可能性もあるが、とりあえず、現地での直接通信を試してくれ」
「いや、直接と言われても操作が分からないんだが…」
「そもそも通信機をジャケットに仕込んだのはお前だろ… 私はお前らとは違う、払い出されたものを疑念すら抱かず貪ってればいい、とか何とか言いながら独自仕様にしていただろ。つまり、そいつは完全なオリジナル端末のため、私にも操作方法は分からない。戦闘時でもスムーズな通信を確立した、これが当時の最先端だと豪語していたから、基本的には自動制御なんだと思うがな…」
了解した、そいつは居た堪れないな… 触れない方が良かったか。
「なるほど… とりあえず、グレンを探すか…」
端末はジャケットに内蔵されていたのか…
まぁ、そんなとこだろうとは思っていたが、操作方法すら分からないとは。多分、音声操作だとは思うが、操作パネルやリモコンもどこかに内蔵されている可能性が高い、この場で確認するには時間が足りない、か… ひとまず置いておこう。それより、鍵の存在があったな。鍵はグレンが持ったままだろうから、向かうとしたらそこだろう。ポレポレが見つかった以上、何の鍵かは分からないが… 本当に大切なものがそこにはあるのだろう、内ポケットの中のこれとは無縁なものに違いない… そもそも、並の扉であれば簡単に破壊できそうなものだが、そうであれば矛盾が生じる、何らかの仕掛けがあると見るべきか。再度、状況を確認したがあまり変化はないようだ、グレンが向かった場所はあの建物か… 距離に比例して『リニア』の精度は落ちるが、概算を把握するには十分といったところか。そして、シスの居場所も分かったが、西か… そこでは苛烈な戦闘が行われていると思われる。そちらの様子も確認はしておきたいが、まずはグレンを追う。
エアは屋根から飛び出し、そのまま空を駆ける、北西に位置する建物へ向かう、外観からは城のような宿舎に見えるが、規模はこの発電所とそう変わらない。さて、相手方の指揮はどのようになっているのか、兵士の動きも疎らで系統が読めない、基地内の移動は主に四輪や二輪か、それぞれが異なる形状をしている、量産ではないらしい。てか、やはり馬はあり得ない、か。ルアの馬はまだすべてが爆発した訳ではない、半数ほどは待機しているのか、中空より睨みを利かせているらしい。確かにあれは強力で、視界にあれば無視はできない、さぞ作戦の邪魔になっていることだろう… 気にすべきはあれを処理できる存在を欠いている点か。確かに、あの馬は『リニア』を当てたところで止まりはしなかった、銃弾やグレネード弾でも誘爆は難しいのかも知れない、ルアが自慢するだけのことはあるのか… しかし、対策がない訳でもあるまい。シスの対応でそれどころではないのか、現時点では読めない。まぁ、留意しておくことにしよう。
エアは目的の建物に到着、側防塔から全体を見渡す。建物は砦のような造りとなっており、装飾のような鋸壁、回廊に中庭、塔に別棟、と想定より中は広い、視界に立っている人間もいない。宿舎には変わりないが、捕虜収容所も併設されている可能性がある。グレンは近くには居ないようだが、その目的は? やはり地下か… ポレポレを囚人と認識している訳ではないだろうし、他に必要なものでもあったのか、まぁ、直接聞けば分かることか。周辺に怪我人が目立つのはグレンの仕業だろうか、屋外では屍のように全く動かない兵士が多かったが、あちらは到着前から転がっていたためシスの仕業だろう。思うに、グレンは敢えて殺していない、尤も、その方が合理的ではある、が… さて、どこから侵入したものか、反応があったポイントから調べよう。エアは怪我人を見てグレンのルートを検索する。やはり、塔の地下か。人目もないため堂々と降り立つ、東の窓から日が射し込む、幕壁は石造りではなく、格子状の芯が入った堅牢な造りとなっている、素材は分からないが部分的に金属光沢が確認できる。降りるには階段の他にないのだろうか… 飽くまでも砦を模したものだろうに、分からないものだ。エアは螺旋階段を進む、ここにも兵士が横たわっている。グレンにはポレポレを救出したことを知らせれば足りるのだろうか。階段の先には廊下が続く、所々戦闘の痕跡がある、グレンは更に下にいるようだが… まぁ、この配置であれば急ぐ必要もない、か。ソナー代わりに『リニア』を飛ばし、『殥』で解析をする、細かなメカニズムについては自身でも把握していないが、そこに出来たものが過程を表している。とりあえず、そのようなもの、として扱えばいい。グレンはこの先で交戦中のようだ、打ち合っているのは巨人か? 3メートル以上はあり、装備で頭を含め覆われている、人かどうかも疑わしいが、化物であってもやるべきことに変わりはない。グレンは棍、相手は鉄パイプのようなもの、仕留めるなら銃撃の方が手っ取り早いと思うが、何かしらの理由があるのだろう。しかし、あの巨体ではここで生活することは難しい、つまり、ここから出ることはない? 双方、武器で殴り合っているような状態ではあるが、優勢なのはグレンの方か… 加勢するべく走るものの『リニア』の出力が低下している、数値の変動はエリア的なものなのか、またはあれのせいなのか、計算が狂わされるため連動する式のすべての数値が定まらない、変数が手に入ればやりようはあるのだが… この状況であればそれなりで良いが、それでは済まない場面もある、か。さて、どうしたものか… エアは相手の視界に収まるような位置に飛んでから隙を作るべく背後を狙ったが、その前に決着したようだ。戦闘はグレンが圧倒した、殺すだけなら簡単だった筈だ。結果としては、戦闘不能状態にするべく筋道を立てただけだった、相手の攻撃に合わせ、その動作を繰り出す身体の部位を一つ一つ断つだけ、必要以上の威力を乗せず、それが優しさという訳でもない。急襲したのは我々の方で、直接の理由がある訳でもないのだから。巨人の兵士は一部の装甲を破壊され膝から崩れ落ちた、意識もないようだ。これで死んでいないのであれば大した技術だ、グレンはそれだけ慣れている。
「お、エアも来たのか。怪我はないか? まぁ、お前がしくじるような戦場でもないか。それで、ポレポレは見つかったのか?」グレンは横目でエアを確認する。
「ああ、ポレポレは入手した」エアは内ポケットから騎士の置物を取り出し見せるものの驚く様子もない。
「今はそいつがポレポレなのか。それじゃ、もう一つの目的も果たしてしまおうか」
もう一つ、か…
私が知らないだけで、任務は継続中ということか。しかし、ポレポレの姿には疑いすらないのか、私も半信半疑の状態なんだがな… 何の特異性も見当たらないのだから、ただのおもちゃであっても不思議はないが、それとは無関係に可能性が見える。これが何に基づいているのか分からない。元来、そこらに転がっている石ころに可能性を見出すことはない、付与される理由が纏わり付くイメージに質量を持たせただけに過ぎない、しかし、それとは別の未知の軸が私と対象とを結んでいる。グレンには何が見えているのか、少なくとも今の私よりは信用できる。
「何処へ向かう?」エアは念のために確認してみた。
「それは勿論この鍵が示すよ」グレンは自信たっぷりに語るが、意味が分からない。鍵が磁石のように何かを示すことがあるのだろうか… まぁ、呪いがあればその類のものも溢れているか… 具体性を欠いているものの、グレンの行動は一貫している。
「付いていこう」
「急ぐとするか」グレンは駆ける。
先の戦闘は広間で行われた、そこが何のための空間であったかは分からないが、その先にも通路がいくつかあり、中には厳重に管理された部屋もある、壁材の違いからそう思っただけに過ぎないが。向かった先は更に地下、塔にあった螺旋階段とは違い、一定の幅が設けられた階段を降りる。所々、人の気配はするものの、緊急事態だからか、特定の部屋に閉じ篭っているらしい。恐らく、そういう指示があったのだろう。こちらとしても交戦する必要がないため、好都合ではあるが、実際は少し違う。戦闘は一部の者がすることになっているらしい。先程と同じ様な巨人が2体立ちはだかる。装備はほとんど変わらない、素手か… 兵隊というより守衛か。
「またか… でも、次は簡単だ」グレンは吐き捨てるように言うと数歩の軽いステップから一気に加速した。速いな… 巨人の兵士は禄に反応もできないまま擦れ違う、それぞれ一撃で戦闘不能状態となった。『リニア』に依る加速とは違う、筋肉のように内なる力が働いているのは間違いないが、その境界上にも何かがあるのかも知れない。ところで、『リニア』の出力低下に関してはこの守衛とは関係がなさそうだ、あるとすればグレンの方が怪しい… 出発時は特に何もなかったため、戦闘状態のグレンに要素があるのか。
エアはグレンに追いつき確かめる。
「彼らはここの守衛か」
「ここは工廠かな、ああいう兵器の開発もしているが実用性はないな。まぁ、クローンも戦闘用に開発している訳ではなさそうだ」
それはお前が強いからなのでは…
配備の問題もあるだろうけど、役に立たないこともなさそうだ。他にはサブマシンガンやライフル等は使わないのだろうか、屋外では銃器もあったがその普及率はどうだろうか、この守衛の装備も防弾仕様には見えるがな… グレンは更に先に進む、基本的には軽く走っているように見えるが、速度が尋常ではない。『リニア』の補助がなければ追いつけないが、常時発動している方が寧ろ普通か… 平和ボケしている自身を懐かしいとさえ思う。次の広間にはエレベーターと下層への吹き抜けが見える、手前にはテーブルや椅子が並んでおり、ちょっとした休憩スペースのように思えた、グレンはラウンジを突っ切ると迷うことなく飛び降りた。階下の確認もなしか… お前は構わないのだろうが、私はもし能力が発動しなかったら死ぬんだが。まぁ、信じるしかない、何とかなるという自信を手放した訳ではないのだから。しかし、『殥』は万能だ… 望む情報を取り出せる、この建物のマッピングも完了した、ここが最下層だ。ガンっとグレンが着地する音が響き渡る、鉄骨フレームに板が乗っているだけの簡易な造りのため、ことさら大きな音だった。続いて、エアは重力加速度の分のみを打ち消し着地する。通路とエレベーター、スケルトン階段のみで構成され、左右に2部屋のみ確認できる、部屋というというよりはコンテナと表現した方が近い。同じ様な構成のフロアが4層続いている。赤と黄の非常灯がサーチライトのように稼働しており、全体的に暗い。
「ここは?」エアはグレンに尋ねる。
「何だろうな、鍵はここで使うみたいだが。2本あるから2部屋分なのかね」
迷うことなく来た割に目的ははっきりしないな… 生物らしきものがいるのはこの部屋のみだが、どうしたものか。まぁ、ノーヒントよりはマシだろう。
「グレン、ここだ」エアは左手の部屋をコツコツと叩く。
グレンは扉の脇に取り付けられた装置に鍵を差し込む、初見では短剣に見えたそれは基盤のようだった、回路を完成させるためのもので、次の手順に関してはノーヒントらしい。差し込んだ瞬間にビープ音が3回鳴ったが、これといった変化はない。
「もう一枚差し込めばいいのか?」そう言われても解がある訳ではないので困るが、そもそも物理的に入らない…
「いや、もうスペースがない… あるとしたら差し替えだな」
「なるほどね」
今度はビープ音が2回か… それ以外の音もなく解錠されたという雰囲気でもない、開いているのか? いや、ロックされたままだ。鍵を入手した経緯も知らないため、背景についての手掛かりがない、どうしようもないな… 当初の目的は達成している訳だし、もう無視して帰還で良くないか?
「とりあえず、ぶっ壊すか」グレンは笑顔でそう告げ、右腕に力を込めた。
うーん、どうなんだろうかそれは… とりあえずぶっ壊す、という台詞も行動も私の過去には例がないが、こいつ界隈ではよくある話なのだろうか? まぁ、先の守衛を見るにあり得る話ではある、シスやグレンのような超常の存在を軽視、または、計算していない等。それとは別に、いくつかの可能性を探っていたが、その前にグレンが思い切り扉に力を解放した。部屋を固定していたボルトがいくつか飛び、床にまで振動が走る、特に力の掛かったフレームと扉は変形し僅かな隙間が出来た、下手したら床ごと破壊されそうだ、重機以上の破壊力があるのでは? とんでもない力だ。てか、アホなのかこいつ… 何のために鍵を入手したのか、私よりはこいつの方が理解している筈だった… しかし、それももはや過去の話となった、グレンは出来た隙間に向けて先程の行為を再現したからだ。轟音が響き、扉が拉げ、今度はビープ音すらならない、丁度立ち入りができるくらいのスペースが出来た。グレンに続いて中に入る、中は監獄と変わらない、隅に取り付けられた灯りが不規則に点滅し、非常灯に切り替わる。薄明かりの中、実験対象であろう少年がベッドに横たわっていた。背格好からは10才前後に見える、髪はショートで歪を塗したように朱色に染まっている。拘束されている訳ではないが、意識はないようだ、先程の轟音や振動でも目覚めないとなれば一般的な睡眠とは別物だろう。
「子供… 何か知っているのか?」無論、グレンも知らなそうではあるが、一応聞いておこう。
「恐らく、オリジナルだろう」
「ん? クローンか?」
「この子は特殊な細胞を持っているのかも知れない、ぼんやりとだが不安定なものが見える。しかし、その研究とやらも今のところ何の成果も上げてはいないだろう…」
確かに、何か違和感がある… 『リニア』の反応を見てもまちまちで、その正体までは分からない。単に斑があるというだけで、光の加減のようなものかも知れないが、それを正確に表現することは難しい。
「それで、どうするんだ?」
「とりあえず連れていこう。ここに居てもつまらなそうだ」グレンは少年を肩に担ぎ、歪んだ扉を蹴り飛ばした。扉の枠から勢い良く外れ、対面のコンテナに吹っ飛んでいった… 何回かの音を鳴らす、相変わらずけたたましい…
そんな理由で? そういうもんだっけ…誘拐と大差ない気もするが、まぁ、我々は賊だしな… 是非を問う理由もないが。てか、運び方が雑だな…米俵レベルの扱いでしかない。そして、何より騒々しい。これで用は済んだと思われるので、さっさと帰還するとしよう。何の鍵かは最後まで不明だったがな…
「用が済んだなら帰還するが?」
「そうだな、すぐに追いつくから先に行ってくれ、俺は飛べないからなぁ」グレンは担いだ少年をあやすようにその背中をバンバンと2回叩いた。
いや、埃じゃあるまいし…やはり扱いが雑だな…少しは加減を考えろ… まぁ、そう言うのであれば任せるとしよう、私は障害の剪定に専念するか。
エアは飛び降りた吹き抜けを辿りラウンジへ戻る、そこには兵士が3人待機していた、内の1人が発砲するが弾丸は容易く叩き落とせる、弾速があるためある程度のタイミングを読む必要はあるが、『リニア』に依る擬似ダウンバーストの前には無力で、立つことも儘ならない、大した質量を持たない弾丸であればその場に落ちる。以前であれば認識阻害を併用し、照準そのものを逸らしていたが、『この世界』で使用するには準備不足だ。しかし、現状ではこれで足りる、この程度の敵戦力であれば障害とはならない。グレンと同様、一撃の下に沈めていく。
しかし、少ないな… この建物のマッピングを終え、正確な人数を把握できたが、もはや棟内に兵士は残っていない。グレンが言っていた通り、クローンの可能性が高い、というのも対峙した限りでは感情というものを確認していない。痛覚を遮断している等、一部の制限を設けているだけかも知れないが、その他に気概なども一切ない。まぁ、法も禁忌も何かを縛るものではないが… ただのガイドラインに過ぎない。尤も、それが標準であるならば、何もここに限った話ではない、シスやグレンについても再考すべきか…
エアは当座の憂いを払い終え、グレンの到着を待った。交戦や罠の類はないとして、あの少年の進路に関しては些か心配だった、まぁ、その内の二割程度はグレンに依るものだが… さて、基地内の状況に変化はあったのだろうか、潜入してから2時間前後は経過しただろうか、ルアの馬は相変わらず残っている、シスは依然として交戦中、か… 間もなく次の指示が飛んで来るだろう。
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