06

こちらもがらんどう、か。尤も、地下はその限りではないようだが…

通路の先の格納庫も同様に人気はない、左手にはシャッター、隅には巨大な円形のホールが設けられている、搬送用の昇降機か…であれば、効率は悪そうだが… 光子の振る舞いにも確信はない。天井は高く、ジェットファンの駆動音が渦巻いている。設計からは工廠に見えるが、それだけではない。ホールの縁に配置されているエレベーターを起動する、動作には問題ない、ベルの音と共に扉が開く。縦に走る朱色のバンドがカチカチと音を立てる、フロア等の表示はなく、操作はレバーとパネル式となっている、背面が硝子扉のため地下は壁の奥にも続いているらしい。地下へ行くにもホールを使えばいい、エレベーターは破壊するつもりだったが、その前に声が届く。


「やぁ、はじめましてだね」

ルアではない、先刻の方式とは別か… もしやこいつがポレポレか。

「ポレポレか?」

本当に初対面だったのか? 今のとこ声しか聞こえないが… 声色からは感情が読み取れない、いや、これは声ではない… 文字列を変換しているだけで自身で読み上げているのと大差ない、つまり、エンコードさせられているに過ぎない… 確証がないためか、余計な情報を与えないための処置かも知れない。てか、ポルターガイストにしてはやけにはっきりとしている、ルアの言と異なる点が気になる。そして、会話は可能なのだろうか… まぁ、それもいつものことか、『殥』という箍の外れた兵器が存在する時点で、今の私が推し量ることも難しい。


「そう、でも僕は君に話し掛けているんだよ。だって、君はエアじゃないだろう?」

どういうことだ? 確かに、私の意思はエアのものではないが、他からは区別できないはずだろう。

「私の名前はエアで合っているが…他に確かめたいことでもあるのか?」

「そう? 波長が異なるけど、確かにエアでもあるね。僕のことをすっかり忘れてしまったという理由より、君がそっくり入れ替わっているという理由の方がまだしっくり来るけど、正解はそのどちらでもないよね。君は君のままここへ辿り着いてしまったんだね。そう、グレアだ、その名前の方が今は都合が良いんじゃないの? 何より、エアは人の話など聞かないからね、僕の声は拾えないはずだよ、少なくとも、僕はそういう認識でいたのだけれど…」

ポレポレには何が見えている? エアもこの場には存在するが、その声を拾えるのは私のみということか… しかし、グレアは私の本名でもある、そう伝えたのは誰か? 若しくは、私が勝手に空欄を埋めたのか? またしても疑問が増えていく…

とりあえず、救出を急ぐとしよう。

「話が早くて助かる、私はどこへ向かえばいい?」

「エレベーターは壊さなくていいよ、そのままレバーを一番下まで下げて。そして、最下層には、騎士の置物がある、それが今の僕だから壊さないように運んで欲しい。但し、ここは込み入っているからね、そう簡単には済まないかも知れない。僕がその目で見た訳ではないから、詳しい話はできないし、とても助言にはならない。だから、その件については触れない方が君の危険を増やさないと思うんだ。それじゃ、また後ほど」

白昼夢のような衝撃、炭が弾けたようなぱちぱちとした音がした、これを現実とは呼べないが、既に足を踏み入れているのも確かだ。

エアは言われた通りにレバーを倒す、速度はボタン式なのか、押しながら操作を学習する、記号は背景があればこそ活きる、これは洒落のつもりか、危険を知らせる記号は分かりやすく出来ている。高速で地下へと潜る、先程のバンドは安全装置の一つと思われる、駆動系には含まれない。硝子の向こうには様々な機械類が塔のように並んでいる、地上と比較しても、その規模は数倍はあるだろうか。非常灯のみが点灯しており、シルエット以外の情報は見つからない。また、ファンの音にかき消されているのか、機械の稼働している音は殆ど聞こえない、その機械に掛かる形で何段かの通路や支柱が見えるが、そこにも人影は見えない。地下は何層かの構造にはなっているが、巨大な機械に合わせた吹き抜けが点在している。数分後にブレーキが作動し、エレベーターが停まる、ここが最下層のようだ。想定よりは深いが、これが機械を収めるためのスペースであることが分かる。雑多、且つ、部屋数が多いため捜索は難航しそうだが、レールをレーダーの代わりに展開する、空白となった空間が埋まる際のプロセスを解くことで、ある程度の情報は取り出せる。理論上、生物とそれ以外の区別は付くと思うが、果たして上手く行くだろうか。無論、無機物であるポレポレを探し当てることはできない、出来の悪いソナーのようなものか。どうやら、人が居ない訳ではないらしい、聞いてみるのが手っ取り早いか、思わぬ副産物も手に入ったことだしな。通路には蓄光塗料が撒かれているのか、ぼんやりと発光している、恐らく、メカニズムはまた別だろうけど。通路の端には排水用の溝が切られている、不規則に並べられた部屋は金属のフレームにパネルを嵌め込む形式で、簡易な造りだが堅牢性も防音性能も高い。『リニア』で割り出した部屋には施錠がされていなかった、そこには二人の科学者らしき人物がいた。白衣のようにも見える白のコートを羽織る男女、扉を見つめては様子を伺っていたため、透かさず声を掛ける。

「ここは戦時で私はその賊ということになる、紹介をしたのは現時点で君たちに危害を加えるつもりはないからだ。それを理解した上で質問に答えてくれ、ここには君たちのような科学者しか常駐していないのか? 何のために研究している?」

科学者の男が女の方を手のひらで抑制し回答する。

「まず、ここは研究所ではなく発電所で、僕たちはメカニックだ」

やはり、こいつには恐れがない、私のことを障害とは数えない、故に容易く情報を与える。いつでも排除できると考えているからだ、ポレポレの件もそうだが、幸運が続いている。

「では、質問を変えよう。ここを破壊したら、どの程度の影響が出る?」

「街にも送電しているため、都市機能の7割がダウンする。基地内に関しては、UPSで2日程度は持つだろうか、過去に例はないが…」

「ところで、君にはこれが見えているのか。今もそうだが、君は自然に振る舞おうとするあまり境界を明白にしてしまっている、正解は傍にあっただろう」

「賊を名乗る割には多芸なものだな…一戦を交えるのであれば、ここを破壊するつもりか? 僕にそのつもりはないよ、他と比べて少し動ける程度だからね、それでは君には勝てそうもない。では、本当の目的を教えてくれ」

まぁ、予定通りとはいかないようだ、脅してせしめるだけで良かったんだが、こいつと交渉したところで拉致が明かないだろう。

「言ったはずだ、賊の目的など知れている。だが、その前に一つはっきりさせておこう。これから君に斬り掛かる、たった一刀だ、防いでみるといい」

返答は不要、猶予を与える必要もない。エアは脱力からの超加速で間合いを詰める、能力のヒントを与えないよう左足で踏み込んだように見せておく。丁度、突進のような格好で右肩から距離を詰める、反時計回りの緩やかな軸の回転の陰、エアはベルトから短剣を抜いた。この男からは左手の短剣はまだ見えていないだろう。但し、斬り掛かると伝えたからか、見込み通りの反応で素早い動きで対応する、男は左腕を差し出し身体を遠ざける、刺突への対処といったところか… いや、これは、左腕を犠牲にし、右半身での反撃を考えている、面白い。しかし、エアの加速の切替は瞬時に行われる、緩慢な動作にも対応できるのか、このまま慣性に縛られるのであればお互いに脅威とはならないだろう、男は即座に半歩引いた… やはり、見えている。このレベルがどのクラスに属しているのか、見極める必要がある。しかし、これは反応できないだろう、急停止から半歩ほど身体を抜き定まらない重心を狙う、僅かに浮いた身体を両脚毎薙ぐ、宙で仰向けとなった男の心臓を目掛けて短剣を振り下ろした。理解はしているらしい、最後の抵抗だろう、両腕で胸を防御、首と心臓を覆った。その瞬間に短剣をベルトに戻す。男は緩やかに背中から落下し、床に叩き付けられる、私が距離を取ると、状況を見ながら速やかに立ち上がった。もう一人のメカニックだったか、女の方は軍人らしからぬ反応を見せるが、それでも一通りの訓練を受けていることは分かる。気掛かりと敵意とが溷濁し、結果として瞬きすらできない、経験が足りず、この展開を追えていない。


「少し動ける程度、と言ったか… しかし、ここに金目のものは置いてなさそうだ。ところで、騎士の置物は見たことがあるか? ここにあるのは確かなんだが…」

男は状況をぼんやりと認識し、再考時には平時を取り戻したらしい。当然、見る目が変わるが、立ち位置も振り出しに戻る。男は危害がないなら、と協力する姿勢を見せる。

「騎士の置物…それは確かな情報なのだろうか。僕の方は全く心当たりがないが、君はどうか?」

どうやら、特別なものではなさそうだ… よく分からんものに分類されているらしい、であれば、ポレポレは何故捕らえられているのか… 話を振られると思っていなかったのか、女の方もおどおどしながら答える。

「騎士の置物ですか… 何処かで見たような? 誰かが持っていたような気がするのですが… ちょっとお時間を下さい」女は男の様子を伺う、恐らく、上司である彼の反応を見ているのだろう。どうやら何も問題はないらしい。

「ああ、そうです。ミズーリのデスクに置いてあったような気がします、最近確認した訳ではありませんが、何日か前くらいに見掛けたような?」

「では、さっそく確認してこよう、君も付いてくるだろう?」

「そうさせて貰おう。ここに留まる意味もないだろうし」

男に続き、部屋の奥へと移動する。一段下がった通路を抜け、次の部屋へ、先刻の『リニア』で確認した通りで、ここにも3人のメカニックだかがいた、残らず怪訝そうな顔をしている。避難前の作業とやらが残っているのか、または、避難を考えていないのかは分からないが、忙しくしていたことは理解できる。この場で声を掛けられることがないのは、この男が上の立場にあるからだろう。だが、ここに目的のデスクはなかった。まだ先にあるらしい。


移動時に気付いたが、先程飛ばした『リニア』はマップとして取り出すことができた、恐らく、これは私の中に在るものではない、『殥』の副産物に思えるが、データにアクセスする際のプロセスが余りにも自然なため、強く意識しないことには認識すらできなかっただろう。まぁ、これが『殥』の機能と決まった訳ではないが、かつてはできなかった点は確かだ。そして、予測通り、一旦部屋の外へ出て、通路を挟んだ先の部屋に辿り着く。


「ここです」女が答える。

ミズーリとやらは不在のようだが、目の前にはよく散らかったデスクがあった。パソコン、書類、書籍、文房具、マグカップ、その他の役に立たないもの、確かに、騎士の置物…おもちゃがそこに在った。15センチメートルくらいのブリキ製、手足は可動するらしい…

「これは…」男が本音を溢す。

まぁ、ゴミだな… 少なくとも価値がないことは分かる、そして、何の違和感もない。完全におもちゃにしか見えない。本当にこれがポレポレなのだろうか、私の方が疑いを持つほどに何の変哲もない… 寧ろ、こんなものを取りに来たのかと、狂人認定をされたことは確かだった。私はこんなものを求めて侵入したらしい…


「いや、これでいい…」

エアは騎士の置物を無造作に掴み、ジャケットの内ポケットに捩じ込む、あまり大切そうに扱っても視線が痛くなるだけだろう。いや、既に痛々しいが、この状況であれば仕方がない。結果として、ミズーリの私物?…を盗んだだけとなる。まぁ、賊を名乗ったのは私だ…何も問題はないだろう。さっさと引き上げよう。

「では、私は消えるとしよう…」


エアは一人で部屋の外へ出ると、いくつかの吹き抜けを目指し飛んだ。

二人からは忽然と姿を消したよう演出しておきたかった。僅かでも自尊心を保とうとする悲しい習性すら有耶無耶にしておきたかったからだ… そして、こいつは本当にポレポレに間違いがないか、合っていればまた勝手に話し出すだろう、それまでは放っておくことにした。次に気掛かりなのはグレンか、奴も同様に探す必要がある。地上に出てからあれこれを考えることにしよう。

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