05

早朝に門を抜け、高台へと移る、朝靄の中、木道を登る音だけが鳴っては沈むように消えていく、音が四散する様はそのまま空間の歪さを表しているのだろうか。高台へ着くと、ルアが設計したという馬がずらりと並んでいる、形と挙動は見知った馬そのものだが、異色の配色であった、夜明け前の暗がりに溶けるような黒に緑青黄の光が苔のように生えている、それは表面ではなく内部を流動している、嘶きや地面を掻く様はまやかしだが、爆弾と聞かされていなければ区別がつかない、何を基に生成したものなのか、興味はあるが詮索する時間はない。ここには私とグレンしかいない、装備は自室のクローゼットにあった短剣を2本持ってきた、銃の類はなかったが兵器の質にどの程度の差があるのか、個の戦力の影響範囲を掴みたい。例えば、戦闘機が投石で落とされるようなことがあれば、そもそも存在はしないだろうから。グレンは刀身が剥き出しの剣を背に下げている、形状は刀だが、刃がないため棍に近い、打撃の方が都合が良いのだろう、戦術というよりは人数の問題か、城攻めではなく潜入の筈だが、それなりの人数を相手にする可能性が高いということか。見送りはなどはない、任務の最終確認すらないのはルアの存在があるからなのだろう、多分そうに違いない。ここの連中の一挙手一投足に配慮することが馬鹿馬鹿しくなる、それを見越してのことなのだろう、愉悦と懊悩とが交錯する深刻な状況は笑えないが、拒絶することもない。ここまでそれなりの経験を積んできた筈だ、簡単に死ぬことがないよう細心の注意をすべきだが、既に大量の爆弾に囲まれている、一コマ漫画のように落ちが付いて回るものだから、私の感性がクラッシュしたとしても不思議はない。裏で進行しているであろう別のシナリオにも何かしらの影響は受けているものと考えられる。思慮を重ねたところで表層を撫でるに等しい、脱却に必要な鍵を手に入れたい。


「眠いな… 少しでも横になれば良かったか…」

グレンの緊張感のない声に裏はない。つまり、リラックスした状態で、戦意すら感じられないのはいかがなものか… そもそも、グレンはあの後は自室に籠っていたと思うが、眠れなかったのだろうか、であれば何をしていたのか。


「眠れなかったのか?」

「シミュレーションをちょっとな、救出任務はそれだけ重い。救出というか、探しものに近いが… まぁ、ポレポレに関しては近付けば分かるはずだ。向こうから声を掛けて来るだろうから」

エアは頷いた振りをしたが、理解度は低い。


ポレポレは囚われている訳ではないのか…

さして情報の共有がされていない点が気掛かりではあるが、重要な任務と言っていたマナの裁量に依るものだろうか。まぁ、向こうから声が掛かるというのであればその時を待てばいい、いくつかの型をもって対処しよう、大局は流す、動けないことがないように備えるのみ。てか、馬は200頭以上いるような気がするが、ここも気にせず飛ばすことにしよう。時間に余裕があるのかないのか不明だが、待機する必要はない、早速撃ち出すことにしよう。


空気が変わったのを察知したのか、グレンから馬に飛び乗った。鞍は無いが手綱は付いている、手前の2頭に乗れということだ、こいつらが別注であることを期待しよう。

「いよいよだ。空では話せないだろうから、言い残したことはないか?」


死亡フラグのような会話はとりあえず無視しよう。

「特にない、振り落とされないように…」何でもない、と合図をするように、片手を放りながら返事をした。


「落ちたところで大した問題にはならないさ」グレンはそう言って笑う。本当に緊張感がないな、こいつは。

「そうか…」

面倒だから落ちるなと言ったんだがな、グレンにはそれだけの能力があるということなんだろう、彼には彼の信念がある、それは確かだ。棍も彼の武器には数えないのだろう、根源となるものは別にあると思われる、それが何かは分からないが、予想はつく。


「さて、頃合か」エアの言葉にグレンが頷く。

レールの複製を繰り返し、オーロラのように数百の柱を打ち立てる、音のない作業で辺りは静まりかえっている。やはり、学習能力の賜か、昨日と比較して負担は大幅に軽減されている、左眼は僅かに赤く熱を帯びている。数分後に青天井の『リニア』を発動する。青天井と言っても抵抗を見越してのこと、どうやらこれが限界の様だ、亜音速の力積を目標の空へ向けて放つ、馬は跳ねるような動きで空へと撃ち出される、拡散した『リニア』が音に変換される、衝撃波が水平方向に伸びていく。それを拾い、更に打ち上げる。纏めて撃ち出したために細かな数は把握できない、空で数頭の馬が爆ぜる、音の割には衝撃波は届かない。どうやら推進力として転化されたらしいが、こんなにも悪趣味な技術だったとは… 脳裏に浮かぶルアの笑顔を振り払う、そう、あの時の笑顔だ。目的地までは自動航行で問題なさそうだ、駒は進むが課題は残る。着弾までにやるべきことがいくつかある、先ずは銃撃に関して、基本はダウンバーストを発生させる、今なら造作もなく発動できるだろう。加減は不要と考える、人質のある場面でのみ変えればいい。


馬たちは隊列を整えつつ目的地を目指す、空を駆けている訳ではないが、傍目にはそう映る。確かに、この動きがプログラムされたものであるなら見事なものだ、そこに一握でも価値があるのかは疑問だが… いや、そうではないのか。馬であることには必ず意味がある、なればこそ私は探求者でいられる。そして、グレンは寝ている。もう落ちてもいいよな、こいつは…


背より朝日が登り、馬を染めていく、黒から山吹色へ、水を吸い上げる植物のように徐々に変化する。

まさか、これは… 全体の熱量が上がっている気がするが… 気のせいではないな、このまま爆破するつもりか… 目標地点までの距離は近い、あの山を越えれば着く、か。この先の展開は読めないが、備えるのみ。仮にここで爆発したとしても死にはしないだろう、ルアのことは信用している、ポレポレを救出することがそのまま自身の助けとなると言っていた、つまり、このまま行けばいい。淡い期待と拙い戦意に揺れる、中途半端な覚悟を支えるものは縦横無尽に走るレールのみ、『あいつ』は何処で何をしているのか、無能な私に代わってまた働いて貰うとしよう。そして、グレンはまだ寝ていた。アホかこいつ… てか、よく落ちないな? そういう風にプログラムされているのだろうか、ルアのしたり顔が思い浮かぶため思考を停止した。


レーダーを警戒してか、恐ろしく低空飛行のため山間を縫うような航行、ルートの西端の山を越え、数キロメートル先に目標地点が見える、全体的には土色で、大小様々な白系統の建物が10棟以上。迎撃はない、レーダー、発射台が機能していないのか、シスの工作に依るものか分からないが、好都合なことに変わりはない。見渡しの良いグラウンドに堅牢な壁、監視塔を確認、壁の一部は派手に破壊されている、巨大な質量によって圧し潰された様な跡、残骸には木片が多いように見えるがはっきりしない。基地の規模は想定よりもずっと大きい、2万人以上は収容できるだろうか… マナは500人と言っていたが、時系列レイヤーと推移が過る、最悪だ。シスは既に交戦中なのだろう、視認はできないが薄っすらとそうした気配が漂う、破壊の限りを尽くすという高難度の任務に違いないが、こちらの任務もまた簡単ではない。焦りはないが、グレンもぼちぼち起こすべきだろう、初めて人に向けて『リニア』を飛ばした。やはり、抵抗値が存在するらしく想定よりも弱い一撃となった。しかし、頭を小突くことくらいはできる。抵抗値に関しては、初期の段階で洗う必要がある。


気付いたグレンが周囲を一瞥してから、こちらへ話し掛けてくるが聞き取れない。

速度的に無理だ… ジェスチャーで先に降りると言っているが、そんな作戦だったか? いや、この距離から見えたのか、シスのことが… 確認した上での作戦行動だろうか、判断がつかない。間もなく基地の上空へ着く、今のところミサイル以外にも迎撃はない、馬は迷彩色となっているため視認も遅れたのだろう。目視でこちらに気付いた兵士が何やら騒いでいる様子だが馬の方が速い。監視塔を目掛けて突っ込み、激突した瞬間派手に爆発した。それを皮切りにすべての馬が下降する。グレンだけが数百メートルほど先行している。この馬はコントロールできたのか、しかし、手綱を引いたところで止まる訳ではない、何に反応しているのか分からない。遅れる訳にもいかない、か…レールを構築し、再度撃ち出す。やはり、この馬に吸われる感覚がある、速度は増したがグレンには追いつけない、そして、高度も落ちている。外壁はとうに超えたが、いずれかの建物に激突するのは時間の問題だろう。視界の端でグレンが飛び降りるのが見えた。まさか…突っ込むつもりか、あれではシスの陽動に何の意味があるのか分からない、そして、寝ずのシミュレーションとやらはどうなったのか… 一体、何を考えている? もしかして、アホなのか? 大した意味もなく賽は投げられた、救出は私がやるしかないだろう。


「やはり、こうなったか…」エアは溜息と共に馬から飛び降りた。着地は問題ない、以前のようにオーダーを飛ばしてレールを支配することはできないが、イメージに追いつくように複製はできる。誤差は否めないが、それも時間の問題だろう。捕捉されていないことを確認し、半壊した監視塔で様子見を選択。

馬は最後までコントロールできなかったが、こいつらは何らかの目的を持って動いている、こうして手綱を離してやれば、すべきことが見えるのだろう。しかし、基地は広大だ、ポレポレの声とやらはいつ届くのか、その時を待つべきなのか… 俯瞰では、大まかにエリアを確認できた。軍事演習を行うためか、グラウンドは壁の内外に存在する、兵器工場、武器庫、宿舎、基地の西側は市街地が広がっている。ポレポレが囚われているとすれば、兵器工場か武器庫だろうか…


「配置はどうなっている?」ルアの声と共に空間に絵画のような罅が出現した。

なんだこれは… こちらの世界の電話か? 呼出という文字が読める、仕組みは分からないが、色はなく、空間の凹凸のようなもので表現している。しかし、何のデバイスも持たずに可能なものだろうか、そして、操作方法も分からない。


「シスは不明。グレンは一人先行した、目的は分からない。兵の流れを見るに、いくつかある大きな建物に向かっているようだが…」返答してみるものの、特別な操作がなくとも声が届くものかは分からない。


「グレンのことは気にするな、先行する理由を見つけたのだろう」ルアの声の調子から、グレンの人となりが伝わる。会話も問題なくできているようだ。

「シスのことも放っておけ。それより、ポレポレの声は拾えたのか?」

「今のところ、ポレポレからの応答はない」

「応答というより現象だ、ポルターガイストに近い。と言っても、曖昧なものではないから安心しろ」

呪いの人形か何かなの? 日中の肝試しってこんな過酷な任務だったか? まぁ、実際にやったことはないが…


「ところで、場所を動いても会話は可能か?」

「マッピングの最中だが、ある程度であれば追跡可能だ。しかし、屋内や地下では切断される、それ以外は常時接続で良い。さて、私の方も準備を急ぐとしよう、何かあれば知らせろ」


「了解、私は中央に向かうとしよう」

ルアの任務は分からないが、この後に響いてくるものだろう。


エアは空を駆ける、この時点で気付いたが『殥』は自身に返る『リニア』に対してこそ最大の効力を発揮する。呼吸をするように反応が連鎖していく、これならば何も心配は要らない、寧ろ、速すぎることで制御を失う可能性がある。手綱を締め続けることができるか、空を翻りながら、徐々にタイミングを調整する、攻に転じる姿勢と威力を計算する。縦横無尽という久し振りの感覚に身体が湧く、あらゆる可能性の芽が進行方向に伸びていく、迅速に、強靭に。さて、グレンの姿は見えないが、兵士の動きが知らせる。シスはどうか、東から西に向かって侵攻を続けている、屋内も屋外も無関係に無力化している、倒れた兵士は微塵も動かない。兵力の殆どを割いていることが予測できる、しかし、この規模の基地で賊の一人も排除できないものか、パワーバランスとやらはどのように機能しているのか、疑問は尽きない。


エアは水門に似たオブジェの付いた建物を目指す、施設の中央に位置し、監視と経路の観点、また、ポレポレの範囲を考慮する。流れを追えば、ここは離脱の方が多いため、探索にも適している、接敵機動は二人に任せればよい。念のため確認しておこう。

「ルア、聞こえるか? 水門のオブジェが見える、武器庫だと思うが、今から潜入する」

「水門? ああ、それはオブジェではなくモニュメントで、確か…牢を意味する。武器庫ではないが、可能性はあるだろう、地下では通信が途切れるが、まぁ、先の動きを見る限り、調子は取り戻したようだから心配は無用か。精々、怪我には気を付けてくれ」

怪我で済めばいいが、私の実力は微塵も疑っていないらしい、ところで、何に基づいた観測だろうか… まぁ、気にする必要もない、か。

半壊したシャッターから建物内部に潜入する、手前にだだっ広い格納庫、奥には小部屋が点在している、左手の通路の先にまた格納庫が見える、人気はないが、通路から駆け寄る虎に似た獣を発見した。軍用犬だろうか、虎より一周りは大きい、ブリーダーの姿は見えない、侵入者の排除がコマンドだろう。7メートル先から跳躍し、喉元を目掛けて牙を剥く、単調な動きを往なし、前転から踵で上腕を蹴り飛ばす。強靭な筋肉に弾かれたことが分かる、やはり、通用しないか… 結構な速度だったと思うが、人であれば骨を砕いた上に数メートルは飛ばしていた、それが蹌踉めく程度、か。再度、同じ動きで突っ込んできたため、倍速、且つ、反作用を打ち返すように同じ蹴りを放つ、眼では追えているようだが空中のため獣に打つ手はない、伸び切った前脚が空を切る。果たして、それを理解できるのか、またどの程度まで耐えられるのか、短時間で情報を集めてしまいたい。次は流石に筋肉を割いて骨まで届く、それなりのダメージを与えた、しかし、想定よりは重い… 筋肉以外で作用しているものは何か? これが当面の課題でもある。さて、三度目はないらしい、軍用虎とでも呼べばいいのか、勝てないことを学習したのか、ぎこちないステップで私から距離を取るとそのまま伏せてしまった。完全に怯えている、つまり、軍用として訓練された訳ではないらしい。まぁ、放置で良いか、この先も障害とはなり得ない。しかし、ポレポレとやらの声はまだか… 先にこの建物を洗うとしよう。


エアは通路の奥へと向かう。通路の脇で蹲る獣はその様子を眼だけで追っていた。

ルアとの通信は途切れたらしい、呼び掛けたが反応がない。しかし、散り散りになったところで、帰路はどうしたものか… ルアに丸投げというのも具合が悪い、こちらでも考えておくとしよう。

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