04
「では、計の内容を説明します。名は散華、すべきことはいつもと変わりありません」
マナがロビーにて説明を始めるも、ここには4人しかいない。マナ、グレン、ルアに私。ゆったりとしたソファがいくつか置いてあり、マナを中心に座る、ルアはカウンターで背を向けているが、それぞれが一様に寛いでいるように見える。六角形のロビーはそれぞれの壁に扉が付いており、エントランス、上階、各部屋と接続されている。恐らく、マナは定位置にいるのだろう。
散華…ね…
エグい作戦名だが、中身はどうか。いつもと変わらないのであれば、それなりの実績があるということになる、でなければ破綻するが道理ではある、そもそも人員もかなり限られている、てか、戦死しまくってるのか? 本当に4人しか居ないのか…これが日常だろうか? まぁ、問題は私の役割の方か、発表前から動揺していてはこの先が思いやられる、それが一般的な反応ではあるが、ここでは違う。
「今回は、シス、グレン、エアの三人に動いて貰います。この場にはいませんが、表向きはシスのみが侵攻、基地を丸ごと相手にします、必要に応じて鏖でも構わないと伝えてあります。戦闘規模は最大で500人程度になりますが、状況に応じて変わるでしょう、また、時期的には遠征隊の帰還と重なります。実力者が多数含まれますので、当然、激戦となります。二人も巻き込まれることのないよう注意して下さい」
散華…
マジでエグいな… そもそも皆殺しって何だ、作戦ですらない… 時期も最悪のようで、もうちょい何とかならなかったのか、という気はする。この場に居もしないシスに同情している訳ではないが、指揮官としての矜持が半端ないのだろうか… 尤も、私もこれまで一人で遣り繰りしてきたので、指示することは得意ではないが… いや、それだけシスが化物染みているのか、そうとしか考えられないが、それでも相手は素人ではない、簡単に行くのだろうか… しかし、私も人の心配をする余裕がある訳でもない、仮にシスが鉄板であれば、散華とはこちらへの手向けとなる。マナは相変わらず底が見えない、漆黒の瞳は闇と変わりない、警戒せざるを得ないのは一目瞭然だろう。
「グレンとエアはポレポレの救出を急いで下さい。事前に得られた情報はほぼありませんので、大半は現地調達となります。拠点よりルアがバックアップします、また、ネオは気が向いたら動きます」
来たかポレポレ…
情報無しの現地調達? 救出作戦でそれか、いや、ないだろう…ゲリラ戦の方が余程マシだ。人質が殺されればそれで終わりの任務で地図すらない、グレンはどう考えているのか… そちらに目をやると、十分やる気になっている、まず表情からして明るい、アホかこいつ… 今のところ気合いが入る要素は皆無だろう。個々の能力がどんなもんか知らないが、条件は相手も同等と考えるべき… ルアから事前に聞いた情報では、グレンは召喚士、自身の部分強化が主たる能力とのこと、まぁ、筋肉馬鹿で大体合ってるのか…身体の線は細いが。召喚士と聞けば何かを使役するイメージがあるが、どうにもずれが生じる。私の能力も似たようなものではある、機構に違いはあれど、得られる結果に差はない。てか、本当にこんな作戦で大丈夫なのか、ポレポレとやらが心配だ… 思案するほどに不安しかない。そして、ルアも遠隔で何ができる? ルア自身の能力については聞いていないが、恐らく役割としては軍師だろう、腕が問われる場面ではあるが… そもそも駒が少なすぎる。3人で基地を強襲はあり得るかも知れないが、せめて状況は選ぶ、選んで欲しかった。あとネオって誰だ…気分屋のネオ? 犬かなんかだろうか、要らないんじゃないのか…そいつ。とにかく、私に求められた任務は十分に確認する必要がある。『リニア』は何とかなるとしても、『殥』に関しては分からないことの方が多い、補助的な兵器というのは理解できるが、現状では持て余している、どころか、暴走している、が正しい… また、今でも『原始の世界』のエアとの繋がりが見えない、傲慢であったと言うのであれば、『殥』を使用し、各々の選択肢の先々を潰し回っていたというのが想定できる人物像の一つではある、要は伝えるか伝えないか、声にするか否か、口は災いの元と言うが、その最たる例だろうか。ルアが語らない部分には相応の意味がある、自身で解く必要があるということだ。
「詳細は以上です。実行は明朝4時、侵攻は日中となるでしょう」
マナの短すぎる作戦会議が終わる。
以上?
詳細と呼べるものではなかったが… グレンに目をやると、十分に理解している様子が伺える、まず表情からして明るい、アホかこいつ… しかし、これと行動を共にする必要があるのだろう、接敵時は各個撃破となるか、グレンの心配は無用と思われるが、今一つ勝手が分からない。ルアの様子を見ると、マナが退室してから補足説明をするらしいことが分かる。まぁ、マナは自室が一番合っているのではなかろうか… 指揮官という立場は些か兇悪過ぎる。
そして、マナはのそのそとした動きで退室する。
何だあの動き…
先日の眠気とはまた違う、腰痛か何かだろうか… 能力の代償か、理由は定かではないが、まぁ、お大事に… それくらいの言葉しか思い付かない、下手に声を掛ける方が面倒な展開が待っているだろう、しかし、今はそれよりも時が惜しい。
ルアがボードに地図を掛ける、グレンと私を一瞥、それから指を立てる、人差し指と中指の2本。2分くれというサインだろうか、20分か、2時間か… そもそもこちらの単位すら知らないことに気付く、但し、『殥』とやらの自動制御が利いているだろうから杞憂であった。
「少し補足しておこう。ポイントはここから1200キロメートル程離れている、明朝4時に発つとして、3時間もあれば着くだろう、それなりに装備もあるが問題ないレベルだ」
1200キロを3時間弱ね…
移動手段は何だろうか、車や電車や飛行機はあるのか、今のところ何も見掛けてはいないが。
「ちなみにシスは単独で既に発った。どの道、ここにはルートが存在しないのだから必然的に最短距離を進むことになる、つまり、ここだ、丸っきり山の中だな」ルアは地図を指でなぞり一人笑う。
笑いのツボが分からん…
今のが面白かったんだろうか、そもそも今の私は自身に『リニア』を当てることができない、いや、練習する時間さえあれば可能だが、問題は夜明けまでに間に合うかどうか。時速400キロメートル以上は未知の領域だが、これまではやっていたのだろうから。グレンはどうなんだろうか、まさか私が運ぶんじゃないだろうな、飛ばすのは問題ないと思うが、着地が心配だ…時速400キロメートルで地面に叩きつける訳にはいかない、間違いなく死ぬ。そのコントロールさえ学習しておけば良いのだが、どうしたものか… ここは素直に打ち明けるのが得策だろう。
「移動手段は私が用意した、今回は馬だ。この拠点も狭間に位置するからな、より良い条件が整うのを見極めてから出発しろ。尚、馬は爆発する、有効に使え」
馬?
ここにはペガサスでも暮らしてるのか、とてつもない速度の馬か… そして、爆発するというのは何だ、結局ミサイルなのか? 狭間というのも隠語か定かではない、ルアは一語により多くの情報を詰め込もうとする節がある、その最たる例が掛詞であればまだ良いが、文脈で拾うとなれば厄介でしかない。ルアに慣れるのも簡単ではない、マナとはまた別のベクトルだが… てか、今のところまともな奴が一人も居ないんじゃないのか? 大丈夫だろうか、私は… 根拠のない自信は常にあるが、これも結局のところ『狼』の権能の一つに過ぎない、『リニア』の先に在るものをただ残らず正解と読むだけだから。そう言わされてきただけか、確かめる価値はあるのだろう。
「いやいや、エア、君が飛ばすんだ。馬はただのプラスチック爆弾だと思えばいい、前代未聞だろう? この私が設計したんだ、バイオテクノロジーの結晶、無粋ここに極まれり、但し、奏でる旋律だけは正しさを証明しよう」ルアは得意顔で力説し出したが、製作の過程には興味がない、グレンも同様だろう。但し、結果も爆弾に乗って駆け付けるという極めて危険なものだった。
如何にも…
発想が特攻と変わらないんだが… 狙ってやっている訳ではないのか、その点がまた恐ろしい。てか、製作した奴はまた別にいるのか、何やってんだこいつら… まぁ、大砲に比べればまだマシだと思おう、いや、思うしかない。馬は2頭用意されているのだろうか、そもそも形状すら不明だ。バイオテクノロジーという発言が謎だが、それなりに馬なのだろうか、旋律というのはプログラムという意味合いに聞こえる、果たして正解はあるのだろうか。グレンも何も言わずに聞いている、思案している様子も見えるが、今のところ発言はない。
「馬は200頭用意した、シスは爆心地で一人奮闘する未来が見える、少しでも助けとなれば良いが…」
嘘だろ…
爆弾をこんなに引き連れて現地入りする羽目になるのか、被弾しても起爆しない仕様なのか不明だが、良い結果にはならないだろう。そもそも、シスも巻き添えを喰う可能性はある、ルアには何が見えているのか、見透かされているような気さえする、あの眼差しはブラフだろうか。しかし、200頭も飛ばす自信がない、過去に例がない、同様に力場を組むとして、多段チャージには対応できそうにない。
「ん? 下手に考えているようだが可能だ、単純に亜音速以上で飛ばせば良い。初速さえ確保できれば後はそれぞれ飛行するよう設計されている」
「亜音速? 俺は何とかなるが、エアは耐えられない、よな?」グレンが思わずといった形で口を出す。
てか、こいつは耐えられるのか…
召喚士凄すぎるだろう、どれだけ頑丈なんだ… 肉体的な強さには際限があるように思うが、ここでは当て嵌まらないのだろうか、単に力や負荷を打ち消す力が働くのか、その原理は分からない。但し、ここで生き残るには必須条件の一つ。
「この私が設計したと言ったろう、ミスは存在しない。亜音速に至る力積さえ得られれば、後はこちらでコントロールするという意味だ、快適とはいかないが、それなりの空の旅となるだろう」
それなりの空の旅とは一体…
爆弾に包囲された旅路のことか、しかし、ある程度の情報は揃った。ポレポレの救出に関してはグレンに任せるとしよう、何せ私には外見すら分からない、ルアは見れば分かると言っていたが… 戦地でそれはない。さて、課題は明白だな。
ルアの補足説明を終え、エントランスを抜け庭に出た。夕日が宿舎に差さる、また、中空にある何かに反射し、いくつかの色が突き抜ける。庭の向こうに街が見える、距離とは無関係に不自然な歪みがある、狭間とはこれのことだろうか。先日は確認できなかったが、そこにも何かが在るという、理由が一つ増えただけに過ぎない。エアは意識を作戦に向ける、これは戦争だ、これまで軍隊を相手にしたことはあっても侵攻はない、求めるものがそこにはなかったから… いや、手段は選んでいたからだ。しかし、今はもうその段階にない、エアの意思はこの場所に根付いている、個人的にはさっさと離脱したいところだが、私の一存で決めるのもこの場にはそぐわない。また、生存確率の問題でもある、無論、シスの存在は気掛かりだが、仲間の存在は貴重でもある。尤も、私の…ではないが。さて、先ずはレールを束ねて打ち出す練習を始めよう。オーダーは通らないのではなく、恐らく、『殥』によって分解されてしまう。では、分解とは何か、すべては私の中で起こること、精神に留まらない、拡張した何かが作用している。例えば、虚構…『殥』は痛覚となって世界を渡るとしよう、今視えているものが正しいと認めることは誤りだ、そういう意味での解はこの世界にも存在しない。『第三者』はエアという仮定、誰がオーダーに応えていた、という問題もある。ここにはない誰か… 気を鎮めたところで何を感じる? 思い返すもののあれは違う、傍らに在るものではなかった、遥か上空… そう、天空から見下ろすような微かな威圧感のような…大気ほどの重みを感じ取れた。今は何も感じない… この世界の住人か、考えるのは止めよう。可不可については自然と学習する、レールの消去、敷設、移設、切断、加工、転化… レストランのように料理が運ばれてくるということはない、故に、移設をして再現する他はない、カット&ペーストはできない、ドラッグ&ドロップを何回繰り返せば良い… 緻密なマウス操作というレベルではない、嵩む演算に食い潰されるメモリ、恐らく、空間に干渉することは別枠なのだろう。これは現実的ではない、時間も限られている。
「束ねるつもりか? 現実的ではないな。試すべきは…例えば、連結ではなく、複製とか。まぁ、現段階では伝えるべきではないが精製の問題もある、いずれ思い出すことになる」
中庭のベンチにルアの姿が見える、ティーカップ片手に空を仰いでいる。
いつの間にか寛いでいる…
気付かなかった、その程度のことに気付なかったのか… 戦地であれば死んでいるだろうか。そして、私がレールと呼んでいるものはルアにも視えているらしい、確かに、誰にでも見えるものだとは言ったが、今まで実際に会ったことはなかった。複製が可であれば、座標がズレることはない、か…
「余計なお世話だと思うが、今は火急だ。何より私の設計の方が大事だからな、後は一人でやってくれ。お前が何をどう解釈しようと些事ではあるが、軌道修正は得意なのだろう? であれば、進むべきだ、迷うことはない、何よりこの私がいるのだから。ああ、それと…ポレポレは多分お前が探すことになるだろうな、グレンは何というか勘が悪い… それだけ頭に入れておいてくれ」
ルアはそう言い残して宿舎へ戻る、エントランスとは別に入口があるらしい。
時間がないのはお互い様か…
ノーヒントのポレポレは一先ず忘れよう。そして、複製とオーダーの質はそれほど変わらないのではないか? 連結に関しても回を重ねる毎にその精度を増している、これが『殥』の学習能力によるものかは分からないが、コツを掴めたという感覚が残る訳ではない。複製に至っては『殥』の分解さえ働かなければ問題ない、か… 意識せずに眺めたものはすべて打ち消すという特性、その過程を分析する必要はあるが、今は集合の問題として取り扱えばいい。意識下であれば記憶と配置の単純作業だが、基本は自乗となる。細かい調整が必要であれば一手間掛かるが青天井であれば問題ない… 一定数値を上回ると大きな反作用が働くが、常に掛かる点が現世とは異なる、この点は『原始の世界』の特色と見て良い。世界か、空間か、人か、或いは、別の何かに依るものなのだろう、抵抗という表現が近い。どの様な種類の能力であっても相殺されるのか、私にもできるのか、この点は重要だ。ひとまずだが、求められた速度は得られた、後は意思決定と諸々の練習に時間を充てるとしよう。
日が完全に落ち、宿舎の2階に灯りが付く。
例えば、グレンは何をしているのだろうか。ここでは何もかもが聞くまでもないことにされてしまう、私にとってはすべてが重要だったが。その惨状たるや、悲劇の一幕は終わらない。何を得ることで、勝ち取ることで、好転することもあるだろうか。求めるものは安寧ではなかったが、気付けばあの頃を思い出している。郷愁に浸るなんてものが何かの救いになり得るのだろうか、戻れないと知ればまた別の答えが待っている、すべての事象は切っ掛けに過ぎない、大義も些事となればこその革命に私は何を見出だすのだろうか。水滴が地面を叩く、弾いた草が僅かに揺れる、それだけのことに何かの片鱗が見える、熱量のキャッチボール以下の喧騒に対峙し、何を無視すべきか、選ばなければ、選べなければ、この先の道も閉ざされたままだろう。
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