02
入室したのは青い瞳の少年だった。
はっきりと光を帯びている瞳、反射しているのか、発光しているのか、そこに掛かる意味など分かりはしない。厭世的な雰囲気を通り越し、無常のその先、資性も価値もない、何一つとして感じ取ることはできなかった、或いは、私の中にその価値を見出すだけの資質が欠けている、若しくは、欠けたのかも知れない…少年を貫く筈のレールは闇に呑まれたように絶たれている、断面が見えないことにも理由はあるが、答えは単純故に分からない、その様な認識が近い。朧気ながら、勘は走っているような自信だけはあった。
「シス、珍しいね、君が部屋に入って来るなんて」
男は簡単に驚きつつも少年の用件を尋ねる。
青い瞳の少年はシスというらしい。
やはり、仲間ではあった。しかし、シスからの返答はない、何か事情があるのだろうか、会話が出来ない、会話にならない、考えられるのはそれくらいか…
シスは短剣を取り出すと、そのまま男に手渡した。
「ああ、そういうことか… ありがとう」
男は何かが解決したような、納得した表情に変わる。
じっくりと見てはいなかったが、シスはどこから短剣… いや、鍵を取り出した? シスの服にポケットらしきものは付いていない、ただの厚みのある白い布を被っているだけで、服と形容できるのかすら怪しい… 一応、形はそれらしくなっているものの、大半の箇所が大雑把な造りとなっている。とにかく、鍵は空中から現れたように見えた。しかし、男の方も何を気にすることもなく、流れでそれを受け取った。不自然な点は見当たらない、単に私が見間違えたか、若しくは、シスの能力として当然のように認識されている…
思い返せば、あの時もそうだった。空間から物を取り出せるのであれば、私の足元に鍵を落とすことも可能だろうか、距離の差はあるが、同様の現象に数えられるのではないだろうか。但し、理由が分からない。シスという少年が鍵の調達を担当していた可能性もある、手柄を渡すため? 鍵が二本必要であれば、一本目を預けてから、二本目を探った? シスは完全な無表情のため、そこには何の感情も読み取れない。
そして、シスは一言も話さず、そのまま退室した。
「これで鍵は揃ったな…次のオーダーに支障はない、現時点では。てか、シスが動いてるのも珍しいな…」
シスって普段は動かないのか…
絡繰人形か何か? いや、あの時も普通に歩いていたが… 仲間との関係がそれだけ稀薄ということだろうか、前提条件を満たしていないため要約すら困難な条件が続く、こればかりはずっと続く…
「お前が受けたのは鍵の呪いかも知れないな。俺も呪いの種類には詳しくはないが、そういう類のものが在ることは知っている…」
「呪い、か…」
呪い、ね…
こちらの世界の呪いは随分と瞭然たる現象を引き起こすものだ。てか、それってシスに投げられた鍵が原因なのだろうか…だとしたら、私に呪いを押し付けた…? あり得るのか…頭痛で気を失う程度の呪いであれば、取り返しのつかないレベルではない… しかし、私はどれだけ嫌われているんだ、という話になる。好き嫌いの問題でもない、レジスタンスにとっては日常茶飯、この目の前の男以外は殺伐とした組織であることも考えられる。しかし、先程のシスはこちらを一瞥もしていない、目論見が叶えば、何らかのアクションがあって然るべき状況ではあったと考えられるが… つまり、無事を確認できればそれで足りた、という見解が導かれる、視界の端にでも捉えれば安否確認は容易である。若しくは、枷だろうか… あの時点で私の正体を看過した可能性もある、私はシスから逃れることができない、それだけを警告した。とりあえず、シスとの接触は最大限警戒すべきだろう、ただのちょっかいで死を覚悟するという事実は、到底拭い切れるものではない…
昨日までは、兵器として恐れられていた存在だったかも知れないが、今日では地べたを駆けずり回る羽目になっている、紋章兵器は事象の地平線を超えた。ここが現実であるならば、直視すべきだろう、それ以外の方法を、私は知らない。
そして、男は何に納得したのだろうか…
鍵が二つ揃ったのであれば、私とシスの統合任務としての完了と認識したのか、若しくは、単に呪いを受けて倒れたことに合点がいったのか、どちらかだろう。
「まぁ、今のところ順調ということだ。呪いも軽視はできないが、俺が見る限りでは問題ない、何の痕跡も拾えないからな。まぁ、気分が落ち着くまでゆっくりと休むといい」
男もそう言い残して退室する、部屋に一人残される。
窓から差し込む陽は昼下がり、部屋には時計らしきものも置いていないが、緩やかに流れる空気がそう告げている、尤も、容赦の無い日常に一息つく暇などはないが…
思えば、もう長いこと目覚めのひと時を味わったことなどなかった、そう思える日々もいかがなものかと積年に思いを馳せる。
私は誰か?
水面に落とした疑問は音も無く流れゆく、たださらさらと応えるのみ
現世の誓いは折れることなく、風にたゆたいくすくすとただ揺れる
来駕の果てに目にするものは、怨嗟の跋扈か博愛の霖雨か
私は『狼』と共鳴し、凡ゆるものを捨てた、私を貫いた『リニア』は、ただすべてを喰らえと叫ぶ、或いは、単に糧とするというような意味合いだったかも知れない。しかし、確信がないため、すべてを失うその前に捨てざるを得なかった、家族も友人も隣人もすべて… 当時の私は未熟で、それ以外の術を知らなかったから。今はどうか、私は何かに取り憑かれ、とある意思に拘泥し、また、抗ってもいた… そう思ってはいたが、どうやらこじつけに過ぎない、やはり違う。これは私という存在が織り成す抽象画だろうか、故に理解の及ばぬ領域まで昇華するのみ、ただそれだけのためにこの命を紡ぐ、ぼんやりと当時の記憶をなぞっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます