第5章 - ② メリッサ・ビアスと無貌の陰謀
「ほっ、ホントなの? 大和先輩!」
葛葉が通話に割りこむような大声を上げた。興奮のあまりほんのりと顔が上気している。
『絶対にとまでは言いきれないけど、ほぼ間違いないと思う。市ヶ谷くんたちは噂話やSNSなど、学園内に残った全生徒と全職員の発信する情報をすべて洗い出したんだけど、結果として有効な目撃情報は得られなかった』
「それだとわからねえじゃん?」
『いや、目撃情報がないからこそわかることもあるんだよ。うちの学園はいろいろ秘密を抱えてるけど、普段、生徒の立ち入りを禁止している場所はほとんどない。そういう場所は中央棟五階以上に集中しているんだ』
礼央たちが今いる中央棟五階に太一はいない。ならば、答えは簡単な消去法で導き出せる。
「屋上か!」
『ご明察。先ほどそちらにご神体の回収班と会長救出班を出動させたから待っててくれ。じゃあ、その間に金庫の封印を解いてしまおう。金庫の扉の前にスマホをかざしてみて』
指示通りにすると、すぐにスマホからヤマトが祝詞を唱える声が聞こえた。一拍の間の後、金庫の解錠音が響いた。
『開いたようだね。じゃあ、屋上で会おう』
スマホをメリッサに返し、礼央は扉を開いた。中には白磁の骨壷が入っていた。華美な装飾を施しているわけでなく、サイズも一般的な七寸仕様。見た目は学園の最重要アイテムという印象ではない。
「これがご神体? 意外と普通だな」
「ひょっとして
礼央は、言われた通り、超能力者になったつもりで骨壷に焦点をあわせる。瞬間、眉間に針で突き刺されたような痛みがほとばしった。呻き声を上げ、とっさに視線をそらす。
「わかったでしょ。壷によって厳重に封印されてるけど、完全に隠せないほどに強大な霊気が漏れてる。本物の証よ。ところで、葛葉ちゃん。わたしはその遺骨がどこの誰なのか、ソーマやヒーさんから一切聞かされてないんだけど、知ってる?」
「ううん、わたしも詳しいことは教えてもらってないの。お兄ちゃんもご神体に関して、詳しくは知らないみたいだったの」
「ふーん、ソーマが壱絆家にも伝えていないってことは、やっぱり相馬原家、あるいは、源流である相馬家に関する人物あたりが妥当でしょうね。まあ、ここはもっとも欲しがってる人に直接尋ねてみるのが早いか。ねえ、フェイスレス」
メリッサは、誰もいないはずの場所に、最初からその人物がそこにいたかのように、ごく自然な口調で呼びかけた。
「おいっ! メリッサ! 今、なんて」
「無貌がここにいるの!」
驚愕の表情を浮かべ、礼央と葛葉もメリッサが見つめる場所へと視線を向けた。礼央はハンドガンを、葛葉は呪符をそれぞれ構える。
「
白装束の鬼が忽然と姿を現すなり、部屋中が圧倒的な妖気に支配される。
「これほどの霊力を持ちながら、
メリッサの口から、感嘆の念が漏れた。
隠形術とは
「ほう。そういう貴様も我が隠形を見破る
不敵な笑みをむけるメリッサに、無貌も挑発を返す。おどけた物言いの中に、陰鬱さをにじませ、三人に膝を屈するように要求する。
「てめぇ! ちょーしこいてんじゃ」「遺骨と葛葉ちゃんはあなたに譲るわ」
礼央の怒声は、メリッサの意外な一言によって遮られた。
「なっ! お前! 何を言って……」
「……っ!」
メリッサの行動は迅速だった。礼央が気づいたときには、すでにメリッサは葛葉の背後に回りこみ、葛葉の両手と口を封じていた。
「葛葉ちゃん。悪いけどしばらく眠っててもらうわよ」
葛葉の耳元に唇を寄せて、メリッサが何ごとかをそっと囁くと、たちまちのうちに葛葉の
この行為には無貌も、「貴様、どういうつもりだ」と、いぶかしむ問いを投げた。
「こっちにもそれなりに事情があってね。わたしは星辰学園の職員だけど、まあ
「だから、なんだよ! それがおれたち仲間を裏切る理由になんのかよ!」
「睨まないでよ、レオ。美形のお顔にあんたの目つきの悪さが移っちゃ、葛葉ちゃんが悲しんじゃうよ。今から説明してあげるから焦っちゃダメ。フェイスレスさん。この娘、持っててくれる? 意外と重くてね」
笑いながら、抱えた葛葉を無貌めがけて放り投げるメリッサと、それをぞんざいな手つきで受けとめる無貌。乱暴な行為を前に、礼央は歯軋りする。
「てめぇ!」
「諜報活動って一口にいっても、いろいろあるのは知ってるわよね。ヒューミントやシギントが代表だけど」
メリッサが口にした単語なら、礼央も意味は知っている。ヒューミントはヒューマンインテリジェンス――人的情報、つまり人を媒介にして得る情報。シギントはシグナルインテリジェンス――信号情報、通信機器の傍受やレーダーによって得る情報。どちらも、部室で海外ドラマを視聴しているときに、ほかならぬメリッサが聞いてもいないのに解説してくれた。やけに詳しいなと感心したが、本職だったとは想像もしなかった。
「で、わたしの専門は、マギント――マジックインテリジェンス。日本語だと呪術情報って訳すのかな。科学分野のマジントと紛らわしいけど、ごっちゃにしないように注意すること。ここテストに出るぞ。なあんてね」
「じゃあ、なにか! スパイのお前がおれたちを、仲間を、裏切ってまで得たい情報がこの遺骨にはあるってのかよ。葛葉を! 太一を! 犠牲にするほどの価値が!」
「あるのよ」
笑顔を消したメリッサの短い一言には、礼央の
礼央との距離を詰めながら、メリッサは物覚えの悪い生徒にできるだけ噛み砕いて説明しようと努力する教師のように語りかける。
「いい、レオ。太一や葛葉ちゃんの持つ
メリッサが右手で遺骨を抱え上げるも、葛葉が無貌に捕らわれていることもあり、礼央は傍観するしかない。
「だからといって、わたしたち米軍がわざと事故を発生させるわけにもいかないでしょ。今の状況を整理するわね。他国でわたしたちとは縁もゆかりもないテロリストが、ふたりの妖狐因子保持者とひとりの聖人級の遺骨を用いて、なにやら大規模テロを画策中。とても都合の良い状況なわけよ。わたしはこっそりテロリストに協力することで、自国では得られない大規模なオカルト災害のデータを持ち帰ることができる。レオにもわかるでしょ。悪魔に魂を売り渡したくなるレベルの価値があるってことくらい」
「わかるわけねーだろうが! そんな、ふざけた理屈!」
苦しそうな表情を浮かべた礼央の頭部に、メリッサが左手をからみつけた。それは、微塵も力をこめていなさそうで、その実、一切の抵抗を許さない蛇のような動きだった。訓練された者のみができるプロの技術だ。
「今まで、楽しかったよ、レオぽん。隠し事ばっかりで、ホント、ごめんね」
メリッサが囁く。そこに、今までのふざけた調子とは異なる特別な感情が込められたように思えたのは、礼央の錯覚だっただろうか。
そして、正真正銘、容赦なし。股間目掛けた膝蹴りの急襲。
「昼は手加減してあげてたのよ。本気だったら丸一日は動けないんだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます