第5章
第5章 - ① 学園長執務室にて
「お前までそっちの世界の住人とはな。しかも飛び級どころか、研究職員って。一日で何回驚いたか、もうわかんねーよ」
「あはは。レオぽん、ごめん、ごめん。わたしだって、太一と葛葉ちゃんが双子だったなんて、初耳だったんだから。あいつも飛び級だったとはねえ。ヒーさんも人が悪いよね」
「ヒノさんの人の悪さは昔からだな。まさか、星辰学園への入学を勧めたのも、記憶を封じたおれの様子を観察しやすいからとはな」
礼央は大きな溜め息をつく。小学生のとき、左腕を診てもらったのが、西中島との出会いだと思っていた。まさか原因となった事件に最初から関わっていたとは。高熱を原因とする筋肉の異常と思い続けていたが、それがすべて改ざんされ、刷りこまれた記憶だったとは、記憶を完全に取り戻した今でも信じられない。とはいえ、医者としても、カウンセラーとしても親身になってくれたことには感謝している。その中には、あちらの管理の都合とはいえ、この学園を紹介してくれたことも含まれている。
「さて、星辰学園のご神体とやらを拝ませてもらうとしますか」
メリッサがポケットから鍵を取りだした。一見、なんの変哲もないごく普通の鍵だが、この学園の心臓部を開く重要なアイテムである。礼央と葛葉は思わず息を呑んだ。
時刻は午後十一時半。いかにも重厚な扉の前に彼らは立っている。中央棟五階学園長執務室前。ここに無貌の目的のひとつがあるというのか。
「その鍵、ヤマトから借りたんだってな。学園長のひ孫って時点であいつも関係者だろうとは思ったけど。お前ら、どんだけ秘密を抱えてんだよ」
「ごめんなさいなの」
「そこは葛葉が頭下げるとこじゃないだろ。気にすんなって。とっとと用事すませて太一を迎えに行こうぜ」
「ありがとうなの。それに、ミッキーにも巻きこんでしまったこと、あらためて謝らないとなの」
美月は保健室で、西中島による応急治療を終え、念のための検査中だ。くろこたちも戦闘で受けたダメージを癒している。特にまめだはかなり疲労困憊しており、しばらくは立ち上がることすらできない様子。小鬼たちも度重なる変化で妖力が底を突き、また模造刀の損傷が大きかったことにより鬼恩丸への再変化もできそうにない。
葛葉も本来なら身体を休めるべきなのだが、本人たっての希望もあり、一緒に執務室を探索することになった。
「そうね。美月ちゃんのほうも葛葉ちゃんに話したいことあるだろうし。もたもたしてらんないわよ。じゃあ、開けるね」
中に入ると、そこは扉の重厚さに負けない立派な調度品で溢れていた。華美すぎず、機能性を追求したデスクに、落ち着いた色合いの絨毯など、部屋の主のセンスの良さが感じ取れるレイアウトだ。
そして、執務机の横の壁には一枚の肖像画がかかっていた。きれいに丸めた
「この学園のトップってことは、かなり腕が立つ陰陽師ってことだよな。そんな人が一大事に何やってんだ?」
「それなんだけど。イワミンは出張中っていうか。要するに、山ごもり中なのよね」
学園長をあだなで呼ぶメリッサに、礼央は苦笑を浮かべつつ、なおも問いを重ねる。
「はあ? 山ごもり? よりによって学園祭前日にか?」
「だからこそなの。星辰祭の裏で
「だから、連絡がなかなかつかなくて大変でね。使者は送ってあるから、変事は伝わってるでしょうけど、星辰山ってあれでけっこう険しいし、修行場も奥深い場所にあるからすぐには戻ってこれないわね。あてになんてできないわよ」
ふたりの説明に事情は理解できたものの、陰陽師育成学校の頂点に立つほどの存在なら、なんとかできそうだという考えが、礼央は頭から拭えない。
「瞬間移動の術とかねーのかよ? くろことかまめだって、出たり消えたりすんじゃん?」
「それは、式神やあやかしだからなの。人の身では術の負荷に耐えられないの」
「そーそー、いくら見た目が妖怪じみてても、イワミンもまだまだ人間やめるつもりはないっぽいし。今でもすっごい年齢なのにあと半世紀は大丈夫そう。今年でえっと、『はくじゅ』になるんだっけ? それって何歳?」
「おう、そりゃ九十九歳だ。にしても、さすがのお前でも知らない日本語あったんだな」
メリッサのあまりの言いように、礼央はつい吹きだしてしまう。妖気が漂ってきそうな筆致の肖像画をまじまじと眺める。確かに妖怪と説明されれば信じてしまいそうな容貌だ。
「結局、おれたちだけで解決するしかないってわけか。ま、最初っからそのつもりだし、別にかまわねーけどよ。ヤマトが教えてくれた仕掛けって、この絵のことだよな」
「そうそう。その肖像画で間違いないはず。まずは、額縁に隠されたボタンを押すんだっけ。……あった!」
礼央も目をこらして額縁を観察する。一見、様々な幾何学模様が不規則に並んでいるようにしか思えないデザインなのだが、必ずひとつの大円の周りを八つの小円で囲んだ図柄――九曜紋が四隅に配置されていた。
メリッサが九曜紋の大円部分に全て触れると、学園長の肖像画が中央で左右に割れ、吸い込まれるように奥へと消え去った。肖像画が消えたことによって生じた空洞からは何らかの仕掛けが駆動する音が聞こえてくる。
しばらく待っていると、奥から新たな絵が押しだされてきた。
礼央も知っている、
メリッサは素早く三枚の絵をスライドさせ、適切な配置になるように並び替える。すると再び変化が生じた。完成した『相馬の古内裏』が奥へと呑みこまれ、先ほどと同じように待機していると、今度は鉄製の箱が現れた。
「いかにもって感じの金庫だな。で、こっからがヤマトの出番なんだよな」
「そーいうこと。結局、相馬原一族の
そうぼやきながら、メリッサはスマートフォンを取り出して、電話をかける。なお、祝詞認証は通常の声紋認証と似て非なるシステムで、呪力の波長で人を識別するらしい。
礼央としては、大和が最初から同行してくれればそれですんだように思うのだが、学園長や生徒会長といったトップが不在の今、彼は率先して学園内に残った陰陽師たちの指揮をとる立場にあるようだ。蜘蛛の被害にあった生徒の治療にあたる班や無貌の捕縛担当班など、目的にわけて戦力を再編成する作業で忙しく、持ち場を離れられずにきる。
『お待たせ、メリッサ。仕掛けは解けたようだね。金庫を開く前に重要な報告があるんだけど、その前に、レオ、ちょっとだけ話せるかな』
「わざわざどうした?」
『まず謝っておかないとね。色々と隠しごとをしててごめん。レオに美月ちゃん、多くの一般生徒と先生を巻きこんだのは、事件発生からの対応が後手に回ってしまったぼくの不手際のせいだ。本当に申し訳ない』
「気にしてねーよ、おれは。ヤマトも一日大変だったんだろ。それより、報告って、なんだ?」
『市ヶ谷班から連絡があった。会長の居場所が判明したよ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます