第1章 - ⑥ 襲撃! オニオンジャー!


 ◆


 その場所は普段と変わらず静謐せいひつな空気に包まれているように見えた。午後三時半の穏やかな秋の陽射しに包まれ、猫や鳥たちが一時ひとときのまどろみを楽しんでいる。多少の霊感を有するものがこの場を訪れたとしても、そうそう違和感を覚えるようなことはないだろう。

 ただし、人ならざる五感を有した影山と明海は事情が違った。


「上手くごまかしてはいるようですが……」

 影山が人差し指で眼鏡を押しあげる。


「ああ、舐められたものだな。おれたちの目をごまかせる気でいるとはなあ」

 明海がレスラーのように首と手の関節を鳴らす。その口調は太一に対する時とは一転して、かなり荒っぽい。


 星辰神社。その境内にふたりは立っている。

 学園の北端に位置するこの神社は、明治時代の中ごろに建立こんりゅうされたと郷土史に記述がある。神社の周りを囲むように学園が建設されたのは昭和になってかららしい。歴史は浅いが、社屋は幾度か火災に見舞われ、その度に建て直されている。現在の社屋は三代目になるそうだ。


 普段、訪れる者は少ないが、ここで催される学園行事および地域の祭礼も少なからずあり、れっきとした学園の中核を担う施設である。

 その神域が、何ものかによって侵されているらしい。


 結界を破るほど強大な術者の気配は感じないが、それなりの力を持つあやかしが、社屋内に隠れ潜む気配なら確かに感じ取ることができた。

 その数は、――四、いや五か。


 ふたりは手にしたカバンを地面に置き、お互いに顔を見あわせ、うなずきあうと、次に人差し指を空中にさっと走らせ大きな星を描いた。


 一筆書きで素早く描かれた五芒星――これを、陰陽道の用語で『セーマン』と呼ぶ。対して、太一が豆狸に用いた縦四本横五本の縞模様は『ドーマン』。どちらも魔を破り、身を護る密教から発生した術である。


 ふたりが宙に描いたセーマンの軌跡が光を放った。さらに五芒星の中央から、白木の棒が二本生じる。修験者やお遍路が持つ八角形の簡素な杖――金剛杖こんごうづえだ。


「太一様のお手をわずらわせることなく、片づけるとしましょうか、アケ」

「おう! カゲ」 


 影山と明海は杖を握りしめるや、くるりと一回転させ、石畳を強く打ちすえる。 


 轟音と衝撃に木々がざわめき、鳥たちが大音声をあげて一斉に飛びたつ。昼寝中の猫が飛び起きてその場から逃げるように走り去っていく。

 そして――社屋に潜んだこの世ならざるものたちもあわててまろびでてきた。


「てめーら! なにもんだ、オラー!」

「やんのか、ゴラー!」

 あらわれでたのは五匹の小鬼。タマネギに手と足、胴体をアンバランスに付け足したその姿は、子どもの落書きを無理やり立体にしたかのような不恰好さ。

 赤・青・黄・緑・桃と色とりどりの体色をした彼らは、得物もそれぞれ異なっている。

 拳にメリケンサックをはめたもの、釘の刺さったバットを素振りするもの、クロスボウを携えたもの、バタフライナイフをカチャカチャいじるもの、チェーンを振り回すもの。それぞれ個性を主張する工夫に余念がない。

 さらには得物や身体の一部に『鬼怨蛇亜オニオンジャー』とチーム名らしきものをフリガナ付きで書き込んでいる。


 小鬼たちはいきり立つも、身長は対峙した彼らの腰までしかないため、威圧感は微塵もない。


「これは、何ともバカにされたものですね」

「へっ、ヒーローごっこかヤンキーごっこかわかんねーが、チビっ子の遊びにつきあってやるほど、お兄さんたちは優しくないんでな。本気でぶちのめす!」

「うっ、うっせー! 上から目線か! コノヤロー!」


 杖を構えて戦闘態勢をとるふたりに、赤鬼が罵声を吐きつつ飛びかかる。


「ガキ扱いしとったら痛い目見さらすぞ! ゴラァ!」

「ちょっと、デケーからって、いい気になんなよ! ウラァ!」


 赤鬼に続けと、他の鬼たちも口汚くわめきちらしながら、飛びかかってくる。

 見た目に反して、その跳躍力はすさまじく、達した高度は、社屋の屋根を飛び越えんかというばかり。そこから振りおろされる武器の威力はいかほどか。


 だが、影山と明海に怯んだ様子は一切ない。それどころか、小鬼達を嘲笑うように、さらなる高みに達する跳躍さえ見せた。


 そのまま、金剛杖による打撃を小鬼達に繰りだす。ある小鬼は脳天に杖を振り下ろされ、またある小鬼は喉笛を突かれる。重力を無視するかのように長く空中にとどまり、小鬼たちに得物を使わせる機会を一度も与えることなく、打ち据えるふたりはまるで翼があるかのようだ。


 あひ! あひゃ! あへゃ! あはぁーん! あぉーふぅ!


 ふたりから強烈な打撃をくらった小鬼たちは、それぞれの得物を使う間もなく、奇声をあげて、空中から社屋の屋根へと叩き落されていった。


「痛ってぇな、コノヤロー!」

 しばし、もんどり打って転がったあと、五匹はおもむろに立ちあがりまた喚きだす。


 社屋に降り立ったふたりは、再び小鬼たちと向かいあう。

「まだつっかかってくるつもりですか。あなたがたは。これ以上、痛い思いをしたくなければ、とっとと召還者の名を吐きなさい」

「その跳躍力! さては、カラスだな!」

 青鬼が打たれた脇腹をさすりながら、がなりたてる。


「天狗だからっていい気になりやがって、チクショー! その高く伸びきった鼻ッ柱、ポッキリとへし折ってやっからな」

 続いて緑鬼もわめく。

「アンタたち、こーなったらマジでいくよ! オニスッゲー技で決めてやろーじゃない!」

「オーッシ! オニスッゲーあの技だな! やってやるぜー! てめーら集まれや!」

 桃鬼の提案に赤鬼が賛成し、残りの三匹に召集をかける。


「「「「「ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ!」」」」」


 鬼たちは円陣を組むやいなや、掛け声をあげ、コマのように勢いつけて回りだした。


「いったいなにが始まるんですかね?」

「ロクなことじゃねーな。潰すか」

「つきあう義理はありませんが、まあ、変身中のお約束ぐらいは守ってあげましょうよ」


 回転速度が増すにつれ、円陣の中央から風が生じる。見る間に旋風となって広がり、五匹を包みこんでいく。勢いを増した旋風は、ついには竜巻となって天へとむかい、今にも泣き出さんばかりにたちこめた雲海に届こうというところで、突如はじけた。


 一帯を暴風が吹き荒れ、大量の粉塵が舞いあがった。影山と明海の視界がふさがれる。


 暴風がやんだ。粉塵が晴れると、小鬼たちの姿はない。が、小鬼たちが円陣を組んでいた場所には、やはり鬼と呼べる存在が立っていた。

影山と明海の三倍はあろうかという巨躯を誇る鬼だ。

 赤銅色の肌と燃え盛るような赤髪はかなりの威圧感に溢れている。右手に携えた、天も裂かんばかりの巨大な太刀もまた紅蓮の炎を纏っており、いかめしい。まるで不動明王像に血肉を与えたかのようだ。


「「「「「キッ! キッ! キッ! 小せぇ! 小せぇな! 天狗ども」」」」」


 もっとも、あたりに響き渡る哄笑は、先ほどと変わらぬ小鬼たちのものであり、威厳溢れる見た目とは、あまり釣り合いがとれていない。


「「「「「こいつはぶった斬るまでもねぇ! とっとと踏み潰してやらあ」」」」」

「やれやれ、身の程知らずにもほどがありますね。よもやそのような仮初の法術がわたしたちに通用するつもりとは」


 影山と明海の表情に変化はない。先刻と同様、鬼へとむける眼差しはぶんをわきまえない愚か者へのあきれと、幾ばくかの哀れみがこめられている。

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