第14話ワイン警察

「ジェットセットハット様、ミコモイオ博士から記憶喪失との連絡を承っております。改めてお部屋のご説明をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか」

「ああ、よろしく」


俺は案内された部屋を見て驚く。そこは今まで住んでいた部屋とは比べものにならないほど豪華なものだった。まず、広い。とにかく広い。


そして綺麗だ。


まるで高級マンションの一室だ。シルバー基調とした壁や天井にはチランジアやコウモリランなどのエアプランツが掛けられ、間接照明が淡い光を放っている。


家具もとんでもないものばかりだ。ベッドだけで以前の部屋くらいの大きさはありそうだし、ソファーやテーブルに至ってはおそらく最高級品のものだ。

そして、広々として清潔なアイランド型キッチン、ここにシェフを呼んで料理させるという使い方がデフォらしい。


「ジェットセットハット様、混乱させるような言い方になってしまい申し訳ありませんが、過去にあなたにお申しつけ頂いた通り、ワインセラーのワインはすべてご希望の銘柄に入れ替えておきました。もちろんグラスなども全てです」


「あ、ああ……大丈夫。ありがとう。すまないな」


「とんでもございません。それでは失礼します」

「すまない。ちょっと聞きたいことがあるんだがいいかな?」

「はい、なんなりとお尋ねください」


「以前の私はどんな人間だったんだ?」


「はい、無口な方でした。少数のヒーローとしか交流せず、いつも一人で過ごしておられる印象です。たまに博士や社員の方々と食事をされているところを見かけたことがありましたが、それ以外はトレーニングルームで黙々と筋力トレーニングをしている姿しか見たことがございませんでした」

「なるほど……」


まあ、ジェットセットハットが寡黙なのは予想通りだ。それにしても……あいつってそんなにつまらない奴だったのか。


「それでは、ごゆっくりお休み下さい」


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


「どうなってんだこりゃ……やべえなヒーロー……」


俺は巨大なベッドに倒れ込み天井を見上げる。俺がジェットセットハットではないことがバレたら一貫の終わりだが、不思議と不安な気持ちにはならない。


先程からいい匂いがしているし、不安を打ち消すアロマでも焚かれているのだろうか。まあいい、どうせこの生活を楽しむはずだった当人はもう死んでいるんだ。だったら俺が彼の代わりに楽しんでやれば供養にもなるだろう。


俺はよく分からない理屈で自分を納得させると上体を起こす。


「ワインの様子でも見てみようかな……」


ワインセラーの扉を開けると、ひんやりとした空気が流れてくる。床と壁はレンガ調になっており、まるでどこかの古城の地下にある貯蔵庫のようだ。


「警察だ!ここに何を隠している!」


棚に並ぶボトルを眺める。どれもこれも聞いたことのないような名前のラベルが貼られているが、俺に分かるのは赤ワインと白ワインだけだ。


「どれどれ、あー……よくわからんが……凄いな、どはは!こんな高い酒を全部飲みまくっていたなんて、流石は一流のヒーローだ」


俺は感心しながら適当にボトルをひっつかむとキッチンへと向かう。つい昨日まではナメクジを食っていたというのにえらい違いだ。まあいい、今はワインだ。

俺はコルクを抜くと、グラスに注ぎ始める。透明感のある赤い液体が注がれていく様はまるで芸術品のようだ。俺はいざ口に含もうとして違和感に気づく。


「そうだ。ヘルメット被ったままだったわ」


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


「そういや……精密検査とか無かったな……」


「…………」


「……まあどうでもいいか……はは……ヒーロー最高……私の名は……ジェットセットハット」


ワインの魔力か緊張も解け、俺はすっかり上機嫌になっていた。

今なら何でもできそうな気がする。ふらつく足で立ち上がるとシャドーボクシングを始める。


「ふっ……ふッ!!はッ!!」


軽いジャブからの右ストレート、そして左フック。そしてまたジャブ。次第にスピードを上げながら拳を突き出す。


「ははは……いやーいい汗かいたな……そろそろ風呂にでも入るか」


そう呟くと俺はバスルームへ向かう。大理石のような素材でできた広々とした脱衣所には大きな洗面台が設置されており、その壁にタッチパネルが設置されている。


「お、サウナもあんのかよお。どうなってんだヒーローってのはよぉ……」


俺は服を脱ぎ捨てようとしてようやく気が付く。バトルスーツを着たままだ。

また手作業で脱いでもいいが、新しいスーツが支給された場合、どう着脱すればいいかもわからない。その時、フロアに声が響いた。


「ジェットセットハット様、私です。先程のアンドロイドです。ミコモイオ博士から用件を預かって参りました」

「お、おお……なんだ?」


俺はフラついた足取りでリビングに戻るとドアを開けてやる。


「ジェットセットハット様、ミコモイオ博士からあなたの故障したヘルメットとバトルスーツを回収するように仰せつかっています」

「へ……ああそう、じゃあ、ちょっと待ってろ」


俺はリビングの床の上に転がしたままだったジェットセットハットのヘルメットを拾い上げると、アンドロイドに軽く放り投げる。


「ほら、持ってけ」

「ありがとうございます」


その時、アンドロイドにじろじろと顔を見られているような気がした。


……しまった。酔っぱらって気が緩みすぎたか?

ちゃんとジェットセットハットらしく振る舞わねば。

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