第13話ヒーローとしての生活

「博士……ヘルメットが起動しているぞ?」


「そうだ。エネルギーが補充され、機能停止していたヘルメットが復活している。ただそのヘルメットはボコベコでもうダメだ。後日新しいものを支給するからそれまで我慢してくれ」

「了解した。私はサイボーグ戦士ジェットセットハット……」


「大丈夫かい?無理しない方がいい。君にはまだまだ働いてもらわなければならないんだからね」

「問題ない。環境の変化に戸惑っているだけだ」


俺は立ち上がると拳を握る。スーツの重みがこれまでより若干軽減されていた。身体能力が向上しているのだろうか。

俺は調子を確かめるように腕をぐるぐると回す。

おお、スムーズに回るぞ!暑苦しさも大分抑えこまれている!


「おいおい、ジェットセットハット、ずいぶん元気だな。その意気込みは素晴らしいぞ。だが、しばらくは激しい運動を控えた方がいい」

「確かに……。今は運動能力が大きく衰えている、自分でも分かるくらいだ。戦闘などとてもではないが不可能だろう」


「まぁ、そういうことだな。ナノマシンが馴染むまでの間、君の肉体は今、非常に不安定な状態にある。そんな状態でバトルスーツを使ったところで、ろくに動けないだろう。とりあえず今日はゆっくり休んでくれ」

「わかった。感謝する」


「ジェットセットハット、あちこち連れ回してすまないが、これで最後だ。君の部屋に案内する」


博士に促されるまま部屋を出て俺は再びエレベーターに乗り込む。一体どれくらいの高さがあるのだろう。見慣れた街並みが遠くに見える。

これが本物のヒーローの生活なのか……そう思うと俺は少しワクワクしてきた。しかし、一流のヒーローたちはこの生活を手に入れるために何をどれだけ犠牲にしてきたのだろうかと思わないでもない。


「博士、私の部屋はもしかしてこのビルにあったのか?」

「ああ、君はこのビルの中にの居住区エリアに住んでいた。もちろん、君以外にもヒーローが何人も住んでいるよ。だから隣人トラブルは勘弁してくれよ。ヒーロー同士がやりあったら、ビルが滅茶苦茶になってしまうからな。だはは!」


「わかった。ギターとバーベキューは控えよう」

「でやははは!バーベキューがやりたいならちょうどいい場所があるぞ!今度教えよう。さぁ着いたぞ」


ドアが開いたその先はあるものはメンテナンスルームで見たものとはまた異なる近未来的な空間だった。白を基調としており、一見開放的だがどこか不気味さが漂っていた。


「このビルに住めるのはヒーローの中でも選ばれたエリートたちだけだ。君のようにな」


俺は足を踏み入れると周囲を見渡す。広大なエントランスホールの中心には巨大な噴水があり、その上には太陽を模した巨大な光源が宙に浮かび、ゆっくりと回転しながらフロア全体を照らし出していた。

床は大理石のような材質でできていて、俺が歩くたびにコツコツと硬質の音が響き渡る。見る限り、隅々まで清掃が行き届いており、塵一つ落ちていない。


そして、エレベータの扉の傍らにはホテルマンのようなスーツを着込んだロボットが立っていた。耐衝撃実験で使われるような無骨でシンプルなロボットだ。

博士によると彼らは高度な人工知能と自律した思考を持ち、このビルのあらゆる場所に配置され、単純作業に従事しているらしい。ロボットは俺たちの姿を認めると、軽く会釈する。


「ミコモイオ博士、お疲れ様です。ジェットセットハット様がお戻りになられたとのことで、ご挨拶に伺いました」

「おお、でたなポンコツ。ジェットセットハットだ、覚えてるだろう。彼を部屋に案内してやってくれ」


「かしこまりました。それではジェットセットハット様こちらへどうぞ」


博士に別れを告げ、俺はロボットの後について歩き始める。ロボットは俺の歩幅に合わせて歩いているようで、全く揺れることなく滑らかに移動していた。俺はなんとなくロボットに質問してみる。


「君には名前がついてたりするのか?」


「個体を識別するような名称は持っていません。主にプロジェクト名としての『ジェントリィアロケイト』あるいはただ単に『アンドロイド』や『ロボット』と呼ばれています。もちろん人によっては私に名前をつけてくださる方もいますが、私は特に気にしておりません」


「ああ、ポンコツとか」

「はい。そう呼ばれても私は一向に構いません」


「それはそれで問題がある気がするが……。君たちはここでどういう仕事をこなしているんだ?やはり警備か何かか?」


「はい、ヒーローの皆様には不要なことでしょうが。このビルでは私のようなアンドロイドが必ず配備され、警備や清掃、運搬さらには従業員の皆さまの健康管理や身の回りのお世話を行っています。アンドロイドは人間よりも耐久力がありますからね。ただし、私どもの権限を上回る問題が発生した時は人間の職員が対応にあたります」


「身の回りのお世話か、なら個体名はあった方がいいんじゃないか?」

「いえ。私たちアンドロイドはネットワーク接続により全て共通した記憶を持っています。別の個体であっても同一個体と思って話しかけていただいてかまいません。個体識別は不要です」


「え、そうなのか……それはすごいな」


居住区エリアはいくつかの階層にわかれており、俺の部屋は最下層にあった。

この階層がヒーローの実力やらヒエラルキーやらを現わしているかどうかはわからないが、とりあえず今の俺がここの中で一番無能だということは間違いないだろう。


なにしろ俺はただの偽物なんだからな。

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