第12話ケツ注ナノマシン

「博士、メンテナンスとは?」

「ん?ああ、もちろん君の体のことだ」


ミコモイオ博士は俺を一瞥することもなく、何を当たり前のことを言わんばかりの態度で答える。


「すまない、私の体のことだ……メンテナンスとは具体的に何をするのか知りたい」


「ああ、もちろん説明しよう。だがそこまで複雑な話ではない。君の血中ナノマシンを補充するだけだ。バトルスーツの破損具合から推測するに君が戦闘で受けたダメージは相当なものだろう。正直、命があるだけでも奇跡的と言えるレベルだ。君が今こうして立っていられるのもな。その奇跡を実現したのがバトルスーツとそのエネルギーの源である君の体内を巡るナノマシン、つまり血液中に存在する血中ナノマシンなのだ」


「な、なるほど……それでそのナノマシンを今から補充する必要があるということか?」


「その通りだ」

「どうやって?ジュースとかに混ぜて飲むのか?」


「はっはっは、まさか!しかし、ナイスアイデアだなジェットセットハット!我々としてもそんな風に簡単に補給できたらいいと思うのだがね。残念ながら経口摂取だけでバトルスーツのエネルギー源として利用可能な量のナノマシンを確保しようとするなら……そうだな、君の場合、ゲルマソルト500ミリリットルを3時間ぶっ続けで一気飲みするような苦痛を伴う作業になる。君だってそんなことしたくないだろう。だから我々は……」


ミコモイオ博士の話は続く。

どうやら注射器みたいなものを使い俺の体内に直接ナノマシンを入れるらしい。それを定期的に行う必要があるとのことだ。

しかし、俺はサイボーグではなくただの人間なのだ。そんなことをしたら死ぬのではないか?俺はそう思いつつも、とりあえず質問してみることにした。



「ちなみにだ博士。普通の人間に同様の措置を行った場合、何がおこるんだ?」


「ははは、何も起きないよ。普通に生活できる。まぁ多少の違和感があるがな。極稀に筋繊維症を発症したりするとされているが、それは患者が過去に筋肉組織に特殊な人工繊維を注入するなどの違法な処置を受けたことがある場合だけだよ」


「それを聞いて安心した。私の体は完全にリーガルだ。そのうち司法当局から私の腹の上を法廷として使いたいという申し出があるかもしれない」

「ひゃあはは!そうだ、君に害を及ぼすことはない。安心してくれ」


とりあえず安心する。

首を外したり、腹をかっぴろげてポンプでナノマシンを流し込むわけではなさそうだ。やがて俺たちは一つの円筒状建物へと辿り着く。

ミコモイオ博士に促され、恐る恐る建物の中へ足を踏み入れるとタンクが接続されたカプセルがずらりと並んでいる。

まるで培養槽のような印象を受ける場所だった。


「さあジェットセットハット、空いているカプセルに寝っ転がってくれ」

「あ、ああ、ヘルメットは脱がなくてもいいのか?」

「ああ、上はいい。脱いでほしいのは下だ」

「下!?」


思わず声が裏返ってしまう。


「ははは、まあ脱がせるのは機械だがな。ベッドに横たわるだけでいい、そうしたら後はそこの培養タンクが君の肛門にナノマシンを注入してくれる」


「……なんということだ。血中ナノマシンではなくケツ注ナノマシンだったのか」

「な、何を言ってるんだジェットセットハット。今は真面目な話の最中だ。笑わせないでくれ。これは君にとって必要なことであり大切な措置なんだぞ」


博士は笑いながら俺に注意するが、俺にとっては全然面白くなかった。

俺は渋々と博士の指示に従い、カプセルに仰向けになる。すると、カプセルのサイドから自動的にベルトが伸びてきて俺の体を固定していく。


こんな世界、偽怪人をやっていたら一生縁がなかっただろう。カプセルが閉じ、目の前が暗くなると俺はため息をつく。


「よし、ジェットセットハット、準備完了だ。後の処置は自動でやってくれるから君はリラックスしているだけでいい」

「わかった」


それから少しの間、静寂の時間が流れる。これから自分の身に起こることを考えながら俺はぼんやりと天井を見つめていた。

ここまでは上手く騙せてこれたが、ここからどうなるかわからない。そもそもこのミコモイオ博士……。


「うぐぅお!」


唐突に腹の中に異物が侵入し、思考が中断させられる。

ナノマシンの注入が始まったのだ。痛いというか、めっちゃ気持ち悪い。なんだこいつらは!腸の中を動き回りやがって!俺は必死で耐えるしかなかった。


「おごがひょら!あひゃらへら、ほらほ!おぼほは!」


今までで地球人が一度も発したことのないような音声を発しながら俺は悶絶していた。俺の体の中で何かが暴れまわっている。

内臓がめちゃくちゃにされている気分だ。全身が火照り始め、汗が噴き出してくる。そしていつの間にか俺は気を失っていた。


「ジェットセットハット。処置は終わったよ」

「うー……ん」

「安心してくれたまえ。君の体への悪影響は確認されてない」


「むにゃむにゃ……もうお腹いっぱいだよ……」

「う、うわぁ……しっかりしろ!」


スピーカーから響く大声に、俺は慌てて目を覚ます。腹部の膨満感は収まっているものの何だか体が重たく、気分が悪い。


「うっ?!私はサイボーグ戦士ジェットセットハットだ。私はサイボーグ戦士ジェットセットハットだ」


俺は自分に言い聞かせるように呟くと、上体を起こす。そして、頬を叩き気合を入れ直そうとして視界の変化に気づく。ヘルメットのHUDが起動し、目の前に位置情報や熱源探査装置などの各種センサーが表示されていたのだ。

しかし、HUDは時折チラつき、情報はデタラメで正確には見えない。やはりブルーとの戦いで故障してしまっているようだ。

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