第11話黄泉の国から

「ミコモイオ博士……この施設は?ずいぶん巨大だが、ここは一体何をする施設なんだ?」


エレベーターから降りた俺たちはチューブ状のエスカレーターに乗り、さらに天高く昇っていく。そしてたどり着いたのは広大な空間だった。天井はドーム球場のように高く、ケーブル類が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。


「ああ、ここはメンテナンスフロアだ。君をはじめ、多くのヒーローたちがここに休息、そして身体の強化と調整を行うために訪れている。ここなら安心して君の検査ができる」


俺は周囲を見渡す。巨大な円柱型のフロアが無数に並びている、どういう設計方式か知らないがSF映画でしか見たことのない光景に度肝を抜かれてしまう。

この規模の施設の維持管理費だけでも相当な額になるに違いない。流石は大企業だ。


「この設備が全部、ヒーローのために用意されたものなのか」

「そうだ。何しろ君たちヒーローは経済動物……いや、我々の財産……い、いや、人々の希望なんだからな。この程度の施設はあって然るべきだ!利用にあたってはなんの遠慮も要らない。どんな相談にも乗ってやるぞ!」

「ああ、助かる。では葉巻を一本頂けるか?」

「どひゃーっこりゃ一本取られた!ここは全室禁煙だよ!」


不安を隠すように軽口を叩くがこれからどうなるかと思うと気が重い。

俺はサイボーグではなく生身のおっさんなのだ。もしその事がバレたらどう言い訳しようか、俺は脳細胞をフル回転させながら今後の展開を予想するのであった。


「……実はな、あの拳闘士のオクトパシー・フィストもここで義眼と脊椎の換装を行ったんだ。彼の人工脊椎はすごいぞ、神経スマートリンク機能付きだ。強化された視覚と連携することで、より精密で繊細な動きが可能になり、敵の急所を的確に捉えることができるようになった。しかし、この改造の素晴らしい点は攻撃力ではなく回避力だ。無意識下でもAIが攻撃の軌道を予測し、脊髄反射的に最適な行動を……」


「ええっ?オクトパ……」


そこまで言って慌てて口を閉じる。危なかった。

俺は記憶喪失の設定だ。あのプロのヒーローでありプロの格闘家でもある通称”フィストマンサー”のオクトパシー・フィストのことを知っているわけがない。


「……って言われても、私は記憶喪失だからな……悪いがよくわからない」


「おお、そうだそうだ。すまない。君は記憶を失っているんだった。それ以前に個人情報だから内緒にしとかないとな。だからこれは独り言だ!うはは!」

「ああ……」


俺は適当に相槌を打つと再び歩き始める。


しかし、あのオクトパシー・フィストが改造?この間も普通に総合の試合に出ていたような……。あいつも体を改造してたのか。

つーかそれで試合に出ても反則とかにならないのか?


「お、おい!あれを見ろよ!」


周囲から驚いたような声が上がり、思わず足を止める。

数人の研究員たちがこちらの方を見て騒いでいるようだった。何を騒いでいるんだ?キョロキョロと辺りを見渡すが、皆一様に驚いた表情を浮かべている。


もしかして偽物だとバレたのか、と思ったら違った。


「ジェットセットハットじゃないか!」

「ああ、間違いない、ジェットセットハットだ……」

「ジェットセットハット……あんなボロボロになって……」

「生きてたんだ……」

「ジェットセットハットだ!朝の健康、ゲルマソルトのジェットセットハットだ!」


口々に叫ぶ研究員たち。どうやら俺が戻ってきたことが信じられないようで、驚きの声を上げているようだった。

思わずミコモイオ博士と顔を見合わせると、彼は頷いてにやりと笑う。研究員はお揃いの白衣を身にまとってはいるものの年齢も肌の色もバラバラだ。


「ジェットセットハットぉ~!」

「ジェットセット、ハット!ジェットセット、ハット!」


七三分けのメガネ、三つ編みのメガネ、ハゲ散らかしたメガネ、半ズボンのメガネ、ハゲ散らしててかつ半ズボンのメガネ……。一見すると統一感のない集団だが、暖かい笑顔だけは共通していた。


「みんな君の帰りを心待ちにしていたんだ、君は最高の実験体……い、いや、最高のヒーローだったからな。さ、改めて自己紹介してやってくれ」


ミコモイオ博士に促された俺は、皆の前に立つと大きく息を吸い込む。

もうヤケクソだった。


「私はジェットセットハット……地獄から舞い戻ってきたサイボーグ戦士。今再び、正義のために戦うことを約束しよう!」


「「「うおおおおおおおおおおっ!!??」」」


俺が名乗ると、割れんばかりの歓声が上がる。

俺が人気者なのは嬉しいが、背中は冷や汗でびっしょりだった。偽物だとバレたらどうなるか、想像もしたくない。とにかく今は成り行きに任せるしかないだろう。


「俺だ~!ジェットセットハット!俺を覚えているか~!」

「また一緒に戦えるなんて夢みたいだ!」

「ジェットセット!ジェットセット!ジェットセット!」

「あぁあ~戻ってきたぁあ!黄泉の国から、ジェットセットハットが帰ってきたぁあ!」


……今までの人生の中で、こんな歓声を浴び、迎え入れられたことなど一度もない。ここでは皆が俺を必要としてくれている。そうだ。これが俺の求めていたものだったのかもしれない。いつしか俺の胸は熱く高鳴っていた。


「ありがとう……」


思わず感謝の言葉が口から洩れる。俺はすっかりジェットセットハットになりきっていたのだ。博士は彼らの様子に満足すると手を叩く。


「さあ皆、仕事に戻ってくれ。見ての通り彼は傷ついている。今はメンテナンスが先だ」


いや、ぜんぜん健康体なんだけど。


ミコモイオ博士の言葉に研究員たちは素直に従い、それぞれの仕事に戻っていく。興奮が冷めると俺はどんどん緊張と不安が増していく。


……メンテナンス?メンテナンスってなんだ?どうすりゃいい?

俺はサイボーグじゃないぞ!

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