第10話そのエレベーターは天へと続く
「私はジェットセットハットだ」
そうだ、落ち着け。もう開き直れ。
今さら引き返せるわけがない。
「おぉ……も、戻って来てくれたのか……」
俺を見て一度深呼吸をすると、男は俺の両肩のプレートをがしっと掴んで、そのまま前後に揺さぶった。男が歓喜の表情を浮かべているのを見て、俺は胸を撫で下ろす。どうやら正体はバレなかったらしい。
「ああ、何てことだ、一体、何があったんだ……稼働中の原子炉の中ですら活動出来るんだぞ。そのジェントリィスイーパーIX(アイエックス)がここまで破壊されたのか?」
男はぼろ切れのようになったバトルスーツに刻まれた傷や汚れ、焦げ跡をまじまじと観察しながら感極まったように語りかける。
「ああ……そうだ、この傷はある怪人の手で……」
「かっ、か、怪人だって!!?怪人にやられたのか!?ま、魔獣や怪物ではなく!?」
俺の言葉を遮り男は大声を上げる。
警備員も驚き、無線でどこかに報告を入れていた。
「ま、まさかそんな……我々のジェントリィスイーパーが……い、いや済まない、君の無事を喜んでいないわけではないんだ。えっと……」
「私はジェットセットハットだ」
「そうだ……。君はジェットセットハットだ。すまない、ショックでどうかしていたようだ……責任者として謝罪する。だが、一体何者なんだ?君が戦った怪人というのは……」
俺は促されるまま、魔人ブルーの名前を出す。そして慎重に言葉を選びながら、奴の特徴について解説してみせた。
「魔人ブルー……?すまない……心当たりがないな。だがジェントリィスイーパーの状態を見る限り、途轍もない力を秘めた怪人だったことは間違いないだろうな」
男はそう言うと俺の肩をぺちぺちと叩く。幸いなことに彼は俺のことをジェットセットハット本人だと信じて疑わないようだ。
「……しかし、ジェットハットセットよ。この数か月、連絡もなしに一体何をしていたんだ?ずっと行方をくらませていたようだが……」
「すまない。私は記憶を失っている。あなたのこともわからなくなってしまった」
俺はジェットセットハットの口調を思い出しながら答える。
男は俺の答えに、信じられないといった表情を浮かべ、しばらく考え込んだ後で口を開いた。
「……そ、それは本当なのか?冗談ではなく……本当に、記憶にないと?」
俺は機械的な動作を意識し、サイボーグっぽく首を縦に振る。
「そう……魔人ブルーとの恐ろしい戦いがあったことだけは覚えている。そしてその後、記憶は途切れ、やっと思い出せたのは……」
「ジェットセットハットという名前だけだったという訳か……」
俺はおもむろに腕を曲げると片膝を上げて、ジェットセットハットがCMで見せた決めポーズを取ってみせる。
「そう、この私がサイボーグ戦士、ジェットセットハットだ」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
警備員は口を真一文字に結び、床を見つめながら気まずそうに首の後ろを掻く、男は無言のまま俺を見つめている。やらない方が良かったかもしれない、俺は少し後悔した。
その視線に耐えかねた俺はおずおずと話し出す。
「私は鋼(くろがね)の申し子、ジェットセットハット」
「あっ、ああ、そうだったな……いやぁ、君が嘘をつく理由はないし、信じよう。しかし、激しい戦闘の後遺症による記憶障害か……それだと以前のように戦うことはできないな」
男は残念そうに呟く。
だが俺は男の言葉に思わずびくりと反応してしまった。
「そうだ!私は以前のようには戦えない!私は少しでも多くのサポートを必要としているサイボーグ戦士ジェットセットハットなのだ!」
「ど、どど、どうしたんだいきなり。当たり前じゃないか。もちろんサポートするぞ。するに決まっている、君のこれまでの貢献を鑑みれば、当然の権利でしかない」
「ああ、助かる。えーと……」
「ああ、すまない。私はジェントリィ・アプローチのサポートチームを総括しているバイアス・ミコモイオ博士だ。必ずや君の力と記憶を取り戻してみせよう」
「ありがとうミコモイオ博士。感謝する……しかし」
「ん?どうしたジェットセットハット、何か心配事でもあるのか?」
「サイボーグ戦士ジェットセットハットは失われた物をカウントしない。失われた記憶を取り戻すことよりも、新たな力を得ることと環境の変化への対応に注力すべきだと私は考える。よって私の記憶は取り戻さなくてもいい」
「……えっ、いやいやいや、そういうわけにはいかないだろう。失った物の中には君の大切な物も含まれているかもしれないんだぞ」
「構わない……。そうだ。博士、そこを見てくれ」
俺は正面玄関の前方にあるプレートを指差す。そこにはジェントリィ・アプローチ社の創業者の言葉と経営理念が刻まれていた。
「変化は力。状況を受け入れ、環境に適応する。それがジェントリィ・アプローチが目指しているもののはずだ」
「……ううむ……なるほど……君の言う通りだ。失われた物を追うよりも今ある物を大切にするべきかもしれん。よし、では我々は新しいジェットセットハットを迎える準備をするとしよう!」
「ありがとう、ミコモイオ博士」
ミコモイオ博士とやらは一人で勝手に納得し、警備員たちに向かってなにやら指示を飛ばすと、俺の肩を力強く叩き、熱っぽくエレベーターへと案内する。
「さ、行こう!ジェットセットハットが戻って来たんだ、皆どんな反応するかワクワクするなぁ!」
「サイボーグ戦士ジェットセットハット、セカンドシーズンのはじまりだ」
「でぁっはっは!副題は『復讐の季節』でどうだ!こりゃ傑作だ!間違いなく視聴者を独占できるぞ!」
俺は博士と小粋なジョークを交わしながら、内心、ヒヤヒヤしながらエレベーターに乗り込む。今のところはなんとか体裁は保てているようだ。
しかし、このミコモイオとかいうおっさんは案外ちょろいかもしれない。この調子でいけば俺の正体がバレることはなさそうだ。
だが、それはあくまで表面的なものでしかないだろう。
この後のことはあまり考えたくないが、とりあえず彼について行くしかない。
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