第7話ちゃんと火を通しましょう

「い、いや……お、俺みたいな雑魚には、ジェットセットハットの代役は……荷が重いというか……」


ブルーは俺の返答に大げさなくらい大きなため息をつく。

そして再び両手を合わせると今度はその手を振り、パラパラと灰をまき散らした。灰は俺の体に落ちると、青い火を吹き出しながら燃え上がる。


「え!?うぉおっ、ちょ!あぁあっ、まじでっ!!?」


俺は慌てて全身に回った火を消そうとしたが、その前にブルーに腹を思い切り蹴り上げられる。

いや、ブルーにとっては軽く脇腹を押したくらいのつもりだったのかもしれない。それでもその衝撃は強烈で、背骨が揺れ、肺の中の空気がすべて押し出された。


「がはぁッ!!はぁ、はぁ……」

「燃えてない。自分の体をよく見てみろ」

「……?」


恐る恐る首だけを起こして胸元を見ると、胸部が装甲のような物で覆われているがわかった。


「こ、これは……?」

「ジェットセットハットが着用していたバトルスーツだよ。ウイルスから放射線までシャットアウトする最先端機動装甲技術の結晶だそうだ。神経スマートリンク機能に対応し、身体能力の強化、モーショントラッカーによるエイムサポート、フレンドリーファイアの防止、緊急時の自動操縦から生命維持機能などを実現させているらしいぞ」

「……」

「ま、この魔人ブルーの力の前にはなーんの役に立ってなかったみたいだがな」


腕を上げると俺の手に装甲のついたグローブがはめられていた。まるでSF映画のサイボーグだ。だが、ヘルメット同様破損が酷く、指先の何本かは生身が露出し、破れた手首部分からはジェルのようなものが漏れ出していた。


「これが……ジェットセットハットの……」

「ああ、だが服を着替えただけで強くなれるなんて甘い話はないぞ。だから鍛えろ。これから、死ぬ気で。ヒーローの名に恥じないくらい強くな」

「あ、え……?」

「今から1年以内にお前が『本物』になれたら見逃してやる、と言っておこうか」


「えっ」

「えっ、じゃないんだよ。失敗すればお前を怪人にする。いや、俺も万能じゃない。うっかり怪療(かいりょう)ミスをして、お前のことを理性を持たない怪物にしてしまうかもしれない。たとえば下水を飲んだり、ネズミとゴキブリをサンドしてばりばりと食うようになったりとか。そうなった場合はすまないと言っておこう」

「わ……わか……わかった……」


俺は涙で滲んだマスクを見つめながら、震えた声で返事をする。


なんだってこんなことになってるんだ。これは悪い夢なのか?

それともこれが俺の今までの行いに対する罰なのだろうか……?


「……おい、なんだこれは?」


ブルーの声に顔を上げると、奴はめちゃくちゃになったリビングの隅に置かれたナメクジの飼育セットに目を留めていた。


「あ、あぁ……それは、その、食用ナメクジの……」

「食用……食べるのか?これを?」

「えっと……バタ―炒めとかで……」

「ふぅん」


ブルーはバナナくらいある巨大なナメクジをしげしげと見つめると、おもむろにそれをつまみ上げ、まるで粘土でもこねるようにその肉体をこね始めた。

筋肉が潰れ、内臓の弾ける生々しい音が響き、粘液が糸を引きながら指の隙間から滴り落ちる。


奴が何をやりたいのかさっぱりわからず、そのあまりのおぞましさに吐きそうになる。しかし、俺よりもむしろブルー本人の方が辛そうだった。奴は肩をすくめ、首を振ると、そのまま肉塊を放り投げてしまった。


「冗談だろ」


そう言ってブルーは床に転がったナメクジの塊を踏み潰した。奴のブーツの下から黄味掛かるピンク色の体液が流れ出し、ラグに染み込む。


「…………」

「じゃあな、ジェットセットハット。生きてたんなら事務所に顔くらい出しておけよ」


そう言うと奴は俺の答えも待たずに、まるで陽炎のように消え去った。

残された俺は現実離れした光景にしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがてよろめきながら立ち上がる。そしてヘルメットを手に壁に寄りかかった。


「ジェットセットハット……」


俺はその名を呟くと、ヘルメットを呆然と見つめる。俺はジェットセットハットになり代わる資格も強さもないが、そうしなければ死ぬよりも辛い運命が待っていることはわかった。


「畜生……」


俺は震え声でそう呟いたあと、意を決してヘルメットをかぶってみた。視界にHUDが浮かび上がるが、特に情報らしいものは表示されていない。どうやら故障しているようだ。


「ダメか……」


故障やエネルギー切れなら望みはある。だが、生体認証が必要で装着者がジェットセットハット本人であることが起動の条件なら、それで一貫の終わりだ。俺にはどうしようもない。


「(いや、やめておこう。そんなことを考えても仕方がない。とにかくやってみるしかない)」


俺は気を取り直して立ち上がり、グローブに覆われた拳を見た。ギチギチと関節は固く、握ったり開いたりするだけで苦労する。おまけに暑苦しい。

身体能力が強化されているようには思えない。どうやら完全に機能停止しているようだ。だが、少なくとも見た目だけはジェットセットハットっぽくなったはずだ。


しかし、一体何をどうすればここまで破壊できるのだろう。

素人目に見ても対衝撃装甲としてかなりの性能を秘めていることがわかるが、それをここまで徹底的に壊せるとなると、相当なパワーが必要になるはずだ。


ブルーの言う通り徹甲弾でも貫通できない硬度を誇る装甲なら、その辺の犯罪者を想定した装備ではありえない。おそらく軍用の兵器技術を転用したものに違いない。


「…………」


俺はボロボロになったバトルスーツを脱ぐと、ベッド脇のラックに放り込む。おそらく手作業で着たり脱いだりするような装備ではないのだろうが、引き裂かれたようにして開いた穴に体を捩じり込むようにして何とか取り外すことができた。


ブルーが去った後の部屋の惨状は俺の予想よりはるかに酷いものだったが、俺は片づけよりもまずパソコンに向かいジェットセットハットについて調べていた。


ここまで来たからには弱いからだとか、向いてないからなんて理由で逃げるわけにはいかないのだ。

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