第8話ウィーガシャピピピポ

「とりあえず基本的なところから入るか……」


俺は管理事務所のIDからヒーローのデータベースにアクセスすると、ジェットセットハットに関する調べ物を始めることに決めた。


「……?なんだこりゃ?情報公開レベルが最低だ……」


だが、それらのデータはどれも使い物にならなかった。通常、ヒーロー事務所では、各ヒーローの情報や活動記録などをデータベースに登録し、誰でもアクセスできる状態にしている。

しかし、ジェットセットハットに関しては本名はおろか身長さえも非公表だった。だがアーカイブされていた報道写真を見る限り、俺と似た巨漢であることは間違いない。


そして常にヘルメットをかぶっており、素顔が確認できるような写真や映像の記録は一切なし。民間軍事会社に所属していた元傭兵という以外には何も分からない謎のヒーローなのだ。


まあ、事務所の方針で公表するかどうかは個人に委ねられている場合もあるので仕方がないが、他のヒーロー、たとえばワセリンガイの場合、子供の頃に行ったキャンプの釣りで父親の玉袋を釣り上げてしまい、父親が不妊症になったとか、左乳首にホクロが三つあるとか誰も知りたくもない情報まで公開されているというのに。


「ああぁ……なんだよ、結局わかったのは俺と似たようなデブってことだけか……」


あとはジェットセットハットについて判明したことといえば所属事務所が『ジェントリィ・アプローチ』という大手セキュリティ企業というくらいだ。しかし、彼がメディアに露出したがるタイプのキャラクターでなかったことは幸運かもしれない。基本無口でいれば大きくイメージと乖離することはないだろうからだ。


俺はため息をつくと、今度はヒーロー関係のゴシップをまとめたサイトにアクセスした。もちろん、このサイトにあるゴシップの数々はほぼ憶測に過ぎにない。信憑性のある情報源が提示されているわけでもない。それでも、ある程度の事情通が集う場所なのは間違いない。

たとえば、ケンドー仮面がアルコール中毒を患っており、何度か家庭内暴力が警察沙汰にまで発展していたことは、ごく一部の人間しか知らなかった話だが、このサイトでは早くから指摘されていた。


「おっ……あったあった……」


だが、ジェットセットハットに関する噂の内容は俺の想像を遥かに超えていた。曰く、とある南方の国の特殊部隊出身のサイボーグ戦士。

作戦遂行中に大怪我を負い、身体の大部分を機械に置き換える羽目に。主に重火器を用いた大火力による殲滅戦を得意とする。


さらに、大口径の銃弾も跳ね返すチタンの骨格や、アドレナリンを排出する特殊な肋骨など人工臓器を複数移植しており、生身?でも驚異的な戦闘能力を発揮する……だとかなんとか……。しかし、その代償として定期的にナノマシンによるメンテナンスが必要で、それができない状況に陥ると全身が機能不全に陥り、死に至ると言われている。


「ナノマシン……」


思わず絶句する。ジェットセットハットはサイボーグだった。

もちろんこれらの情報が真実かどうかはわからない。その可能性も低いだろう。だが仮に、この無茶苦茶な設定を受け入れざるを得ないとしたら、俺はこれからサイボーグ戦士になり代わる必要があるというわけだ。


俺は再び深い絶望感に苛まれるも下水道でネズミを食らっている自分を想像し、気を取り直す。こんなところで落ち込んでもいられない。サイボーグの物まねくらいなんだと言うんだ。俺は俺なりにできることをやるしかない。


さらに検索しているとジェットセットハットが出演していたCMが見つかった。健康飲料水『ゲルマソルト』のコマーシャルらしい。画面の中ではジェットセットハットがドット絵調のキャラクターたちに混じり、ヘルメットをかぶったままの頭部に液体をバシャバシャとかけながら軽快なダンスを踊っていた。


「ほおおぉ……」


確かにこいつはサイボーグだ!しかも、俺みたいな巨漢のデブだ!そしてその動きは生身の人間とは一味違う、動きが機械的なのだ。俺は心の中でウィーガシャピピピポと効果音を出しながら奴の動きを模倣する。


「アー……私はジェットセットハット。通勤通学これ一本、朝はゲルマソルトで決まりだね……」


俺は画面の中のジェットセットハットを見つめながら声真似をしてみた。自分でやっておいてなんだが、なんとも言えない気持ち悪さがあった。

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