Ver1.1
目が覚めた時、上を見上げると白い天井に囲まれていた。辺りの空間は清潔で、まるで医務室のようだった。しかし、自分がどこにいるのか全く分からなかった。記憶にあるのは、何かの事故に遭ったということだけだ。しかし、体には傷跡らしき痕跡は見当たらない。不思議なことに、痛みや違和感もない。宇宙人の手術室のような雰囲気に、頭が混乱していた。
「これは一体……?」彼は戸惑いながらも、冷静に状況を把握しようとする。しかし、思い出せる記憶は不完全で、周りの環境が自分の記憶とは全く異なっていることに違和感を覚えた。
その時、部屋の扉が開かれ、30代前半の美しい女性が姿を現した。彼女はピンク色の長い髪を優雅に揺らし、青い瞳で私をじっと見つめている。彼女の存在に、私は恐怖と不安を抱えたが、その美しさにも圧倒された。
「君は何者だ?」私が問いかけると、女性は微笑みながら答えた。「私はA78652といいます。気軽にアルと呼んでください」
彼女の名前からして普通の人間ではないことが分かる。そして、彼女がウイルスなのか何なのかも分からない。だが、彼女の姿は間違いなく異世界的で、私の不安は増していった。
「アル……」私は名前を口にすると、再び疑問を投げかけた。「その前に、ここがどこなのか教えてくれないか? 君が何か知っているようだから」
アルはうーんと顎を手で支えて、悩んでいる様子だった。「科学世界でしょうか? 私たちはそう呼んでいます」
「科学世界……?」私は頭を傾げる。これまで聞いたことのない言葉だ。
「はい、技術や科学の世界で、貴方が住んでいる所とは全く異なる世界です」アルは説明する。
「異世界……」私は自然にその言葉を口にした。考えてみれば、ここが全くの異世界である可能性も考えられる。だが、まだ納得はできなかった。
「そう思うならば、今喋っている貴方の言語も、私たちからすると宇宙語にしか聞こえないんですよ」アルがメモ帳に何かを書きながら言った。
その内容を見せてもらうと、意味不明な0と1の羅列が並んでいる。私には理解できなかった。
「これは何だ?」私が尋ねると、アルは優しく説明してくれた。「これはバイトですね。今の翻訳は『こんにちは』といいます」
バイト? 翻訳? 何を言っているのか理解できないが、アルの説明を聞くうちに納得がいった。
「では、改めて自己紹介します。私は科学世界を管理しているモーションホログラム、A78652といいます」アルが礼儀正しくお辞儀をする。
私は彼女の名前に興味を持った。「AIってことですか?」私が尋ねると、アルは少し考え込む様子で答えた。
「少し違いますが、処理的には似ています」と彼女は説明する。
私は納得せざるをえなかった。この異世界では、私が普段使っている言葉や技術が通じないのだろう。未知の世界に迷い込んだことが、ますます興味深く感じられてきた。
「それで、俺はなぜここにいるのか?」大樹は疑念を込めてアルに尋ねる。「それは貴方を連れ出したからです」アルの言葉に恐怖を感じつつ、「俺を実験体にしようとするつもりか?」と言葉を急いで口にした。アルは手を振って急いで否定した。「違います、私は貴方の味方です」
その瞬間、自動ドアが開く音が響き、レヴィナが疲れた様子で戻ってきた。「おかえりなさい、レヴィナ少佐。戦闘はどうでしたか?」アルがレヴィナに声をかけると、レヴィナは壁にもたれかかりながら疲れた様子で答えた。「逃げられた。でもこの特性はマークラス接触型にしか出来ない技だった」
「マークラスって何だ?」レヴィナの専門的な言葉に大樹は疑問を抱きつつ質問する。その時、レヴィナが大樹の存在に気付き、驚いた表情を浮かべた。少し寂しい気持ちになり、「居る」ことに気付かれないなんて、自分の存在が薄いのかと思った。
「マークラスというのは、詐欺ウイルスのことです。彼らの特性としては変装や話術を駆使して、相手を誘導することが得意なんです。それで、今回、貴方が感染した女性はマークラス組織の接触型ウイルスなんです。彼女たちは変装や話術で、貴方の身体の一部に感染することで、その後の破壊を行う合図を出すことができるんです」
レヴィナは詳しく説明すると、大樹はウイルスの恐ろしさを実感し、口をつぐんでしまった。彼の背筋が震え、驚きと恐怖が顔に浮かんでいるのが見て取れた。
大樹は震えながらも、「それほど深刻なのか?」と尋ねた。レヴィナは経験に裏打ちされた知識をもって答えた。「その通り。私たちも対策を練っているけれど、ウイルスの進化と対抗策の競争は続いている。完全に防ぐことは難しいの」彼女の言葉に、大樹とアルは半ば諦めの気持ちを抱えていた。
大樹は更に疑問を持ち、「でも、一つ聞きたい。どうして俺がこの世界の住人ではないとわかったの?」と尋ねた。レヴィナは眉をひそめて考え込んだ。「番号の違いかな?貴方の検知番号がこの世界の標準番号と一致しなかったから。この世界の標準番号は01だけど、貴方の番号は192だった。それに、先ほど建物が生成されたでしょう?それはあらかじめアルが指示を受けて、貴方の番号を元に生成したものよ」「アルが?」大樹は驚きと怖さを抱えて呟いた。アルが建物を生成した犯人だという事実に対して、少し恐ろしい予感が湧いてきた。しかしアルが凄い能力ってことは理解した。
そして、大樹は思いついた。「でも、それなら番号を調べて、同じ番号を持つ人物に連絡すれば、帰る方法があるのかもしれない。番号が一致すれば、この世界の住人として受け入れられるのでは?」大樹は提案すると、レヴィナがアルの方を見た。アルは首を横に振った。「申し訳ありませんが、私がやったわけではありません。私は単にこの世界の管理者で、その番号に詳しい人物に聞いてみるのが得策です」
大樹は納得した表情を浮かべて言った。「なるほど、わかった。つまり、その人物に会って話を聞くしかないってことか」そう考えると、彼がこの世界に居ることを受け入れるためには、その人物に会って話を聞かなければならないことが分かった。
しかし、その時、警報が突如鳴り響いた。その警報に、アルはレヴィナの方を向いた。
一時的な静寂が部屋に広がった。アルは震えながら言った。「また、ウイルスが現れたようです!」アルの報告に、レヴィナは怠そうに「また?」と呟いた。その声は活気を欠いており、不満を込めたものだった。「今日は忙しい日だね」彼女はひとこと文句を言いながら、その後を続けた。「どうしますか?」
アルは尋ねると、レヴィナは決意を込めて言った。「もちろん、倒すしかないじゃない。この世界を守るために私たちはここにいるんだから」その言葉に、大樹も同意を示すように頷いた。「俺も行きます!」彼は自分の力を貸す意思を示すが、レヴィナは断った。「ダメ、まだ感染してるからここに居なさい。アル、この人の治療をお願いします」彼女はアルに頼み事をした。アルは「承知しました、レヴィナ少佐」と返事した。
大樹はベッドから降りようとすると、レヴィナが拒否し、アルが慌てて彼を止めた。「じゃあ、行ってくる」レヴィナはそのまま部屋を出て行った。「おい、待ってくれ! 俺も行く!」大樹はレヴィナに続こうとするが、アルが肩を押さえて止めた。「ダメですよ。今は安静にしてください」「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 早く助けに行かないと!」大樹は焦りと不安を滲ませて言った。「大丈夫ですって、すぐに戻ってきますから」「そんな保証がどこにあるんだよ?」
大樹は不安げに言った。「落ち着いて聞いてください。もう一度言います、私は貴方の味方です。何も悪いことはしません、いいですね?」アルは必死に説明し、大樹は何も言い返すことができなかった。「あっ、ああ……」「すみません、怒ってしまって......」「あぁあ、大丈夫です。俺のために気を遣ってくれてありがとう」大樹が感謝すると、アルはホッとした表情を浮かべた。不思議なことだが、アルの言葉を聞くと、大樹はなぜか安心感を覚えた。「ありがとうございます。それでは少しの間、お待ちください」「わ、わかった」大樹は素直に従うことにした。
しばらくして、大樹の体が徐々に軽くなっていく感覚があった。そして、アルが言った。「はい、これで終わりです」「えっ? もう終わったのか?」大樹は驚いて尋ねた。「はい、完治していますよ」「おお、ありがとう」大樹は感謝の意を込めて言った。アルが治療を終えたことに驚きながらも、大樹は体を確認してみたが、特に変化は感じられなかった。「いえいえ、こんなことは大したことありません。それより、ここに居ても仕方ないので、少し施設の内部や機能を案内しますね」「お願いします」大樹は頷いた。
彼女の案内に従い、大樹は施設内を見て回った。自動ドアが開くと、そこには空を象徴した天空のリビングが広がっていた。20人ほどがゆったりと過ごせるスペースで、ゲーム機や漫画などが用意され、様々な遊びが楽しめる空間だった。「こっちが娯楽室です。本やテレビなどがあるくつろぎスペースです」「確かに広いな……」「ここの設備は自由に使って構いません。ただし、大きな声を出すと注意されてしまうかもしれませんので、気をつけてください」「あぁ、分かった」大樹は感心しながら頷いた。
奥の部屋に進むと、大樹は目の前に2メートルを超える厳重な黒いドアを見つけた。そのドアはまるで鏡のように反射しており、どんな秘密が隠されているのか興味津々だった。「――それで最後に、管理室です。――失礼します」アルの案内に続き、大樹はノックを二度鳴らしてドアを開け、管理室に足を踏み入れた。
「うぉっ!?」中に入ると、大量のモニターが置かれ、多くの人々がそこで作業していた。大樹はその光景に驚きを隠せなかった。「驚きましたか?」アルが尋ねると、大樹は驚いた表情を見せながら答えた。「そりゃ驚くだろ、こんな大量のパソコン見たことないぞ……」「まぁ、普通はそうでしょうね。でも、慣れると結構便利ですよ――アリサさん、ちょっといいかしら」とアルは声をかけた。
すると、アリサと名乗る女性がこちらに向かって椅子を回し、顔を上げてきた。彼女は黒いパーカーを着用し、赤い髪を後ろで結んでいた。その表情は厳しいもので、足を組み、左肘をテーブルにつきながらガムを噛んでいる様子だった。大樹は心の中で驚きつつも、彼女の姿勢に圧倒されていた。
「怖すぎる……まさにヤンキー女子だ」「あの人って誰ですか?」大樹はアルに尋ねると、アルは答えた。「『A88564』名前はアリサですよ。一応、私の上司にあたります」「よろしくお願いします。俺は中田大樹と言います。どうぞよろしくお願いします」
「めんどくせえの連れてきたなー、しょうがない。分からなかったら呼べよ」「ちょっと、アリサ? 新人だよ? もっと優しくしないと」大樹は彼女の態度に戸惑いながらも、アルに言われるままに尋ねた。
アリサは足を組んだまま、少し表情を和らげて「分かったって、今セキュリティ管理してるから邪魔しないで」と言った。その後、彼女はアルに向き直って何か話し始めたが、大樹はその内容をよく理解できなかった。「分かりました。何かあれば私を呼びますので」「ああ、頼んだ」彼女は何か別の仕事に戻ったようだった。
「ご迷惑をおかけしました」「別に気にしていないから大丈夫です」「良かったです。あっ、そろそろ仕事の時間なので行かないと……」「ああ、頑張ってくださいね」「はい。あと、外は危険なウイルスが居るので、外には出ず、お好きなお部屋で過ごしてください」「あ、はい」「では、また会いましょう」と言って、彼女は手を振って大樹を見送った。
好きな部屋に入って落ち着くと、疲れが一気に押し寄せてきた。部屋は意外に広く、ゲームや他の娯楽で時間をつぶすことに決めた。そんな中、後ろから黒いドレスを着た女性の声が聞こえた。「ふぅーん、面白い奴が来たわね」「うぉ!? 人が居るとは知らなかった」と驚いた大樹は、その女性の存在に気づいた。「ごめんなさいね、同じ部屋に入ってしまって、ところでマークラスって知ってるのかしら?」「あの人が言っていたウイルスですか?」大樹は疑問を持って尋ねると、女性はウイルスについての説明を始めた。「うん、そうだよ。ウイルスにも種類があって、その中でも強い部類に入るからね。まぁ、私がいれば余裕だけど」と笑みを浮かべた。
しかし、その笑顔には何か怪しげなものが感じられた。「お前は戦わないのか?」と大樹は尋ねると、彼女は戦う意志を示した。「私? もちろん戦うよ。でも、まだその時じゃない」「ん? 待て? さっきウィルスの仲間って言ってたけど、どういう事だ?」大樹は疑問をぶつけると、彼女は告白した。「あら、バレちったね。私は『イリアス組織 吸収型』早く貴方を吸い取りたいわ」大樹は驚きと緊張で言葉を失った。「待て、どうやって侵入したんだ!?」「それはキーロガーという能力で、セキュリティ突破したわよ」女性は恐ろしい自信を持って説明する。
大樹は抵抗しようとするが、彼女の力は強大だった。「ちょっ、やめろって!」しかし、彼女に腕を掴まれ、抱きしめられそうになった。「そこまでだ! 変態お姉さんめ!」別の声が響き、現れたのは管理室のヤンキー女性だった。「チッ、また邪魔な人が来たわね」「アリサか? 俺を助けてくれたのか?」大樹は彼女に助けられたことに感謝した。「助けた訳じゃねぇよ。ただ、こいつの狙いが気になっただけだよ」
「へぇー、なかなか良い獲物が来たわね。これはいい味になるわ」「へぇー、そっちもいい獲物じゃないのか? まぁ、あんたには日に経つにつれ新鮮さが無くなるけどね」「あ? 若者だからって舐めてるんじゃないわよ! こっちはまだ若いわよ! もういいわ、こっちは本気出すから」「かかって来いよ」二人の間で口論が始まり、大樹は戸惑いながらもその様子を見守った。
しかし、戦いはヤンキー女性の一撃で終わり、彼女は再び消えてしまった。「うぉー、すげぇ……」「だろ? これが私の力だ」「あぁ、凄いな」「まっ、あんたが欲しいならいつでも相手になってやるよ」「え? あ、ありがとう......」「おう、これからよろしくな」ヤンキー女性は立ち去ると言い残して去って行った。
その後、忙しい一日が終わり、大樹はソファーに座ってぐったりとした。「――なんか、一気に疲れたー」「あぁ、そうだな」とアリサが現れて同席した。「うぉ!? なんだ、居たのか。てか、戻らないのか?」大樹は驚きつつ、アリサの横に座った。「仕事はもう終わった。まぁ、とりあえず座れよ」「ああ、分かった」アリサとの会話が続く中、彼女は世界の説明を始めた。
「まず、この世界には『組織』という存在がいるの。これはウイルス達のような『イリアス組織 吸収型』とか他にも色々な組織があって、それらは私達とウイルスで争い合っている」「なるほど、それでお前らは何をやってるんだ?」「私は一応この機関の『中央安全処理機関』通称CSPAに所属している。でも、この業務は私と管理者が所属しているだけで他の奴らは仕事で別だけどな」「そうなのか、それは大変だな。ところで、この世界の
俺はどうなってるんだ? ここにいる俺は死んでしまったのか?」
大樹は過去の自分について尋ねると、アリサは異世界の時間と次元の違いを説明した。「そうか、なら良かった。てっきり死んだと思ってたぜ」「まぁ、それがこの世界の常識だからね。そして、あんたはこの機関に入って貰うわ」「俺が? 別にいいが、理由はあるのか?」大樹はアリサの提案に疑問を持ちながら尋ねた。「えぇ、実はね。あんたをスカウトした理由が一つだけあってね」
「その理由は、もしかして……」「そう......友達が出来るから!」「は? え? 友達?」大樹は驚きつつも、アリサの願望に戸惑った。「そう! 私は一人ぼっちだから、ここで友達を作るの!」大樹の反応には無視し、「いやいやいや、無理だって」と言いつつも、アリサは大樹を引っ張って行こうとした。
大樹は戸惑いながらも、アリサに連れられて未知の世界へと歩みを進めていくこととなった。
向かった場所は、先ほどの女性に案内された食堂だった。食堂内には、いくつかのテーブルが配置され、数人の人々が静かに食事を楽しんでいた。混雑している様子はなかった。
「ほら、座って」と彼女が促し、テーブルに座った。メニューは画面をタッチして注文する仕組みのようで、初めての操作に戸惑いながらも頑張ってみた。
彼女はさっそく注文を始めた。「私はスペシャルパフェを食べようかな」。スペシャルパフェとは一体どんな料理なのだろう?パフェには様々な具材が組み合わさっているのかもしれない。
「あの、そのスペシャルパフェってどんな感じなんですか?」と質問してみると、彼女はこう答えた。「これはね、この店で最も高価な料理なの。食べると幸せな気分になるんだよ」
「幸せねぇー、そんなに美味しいのか?」と少し驚いてみせると、彼女は微笑んで続けた。「そうだよ。試してみればわかるさ」
「それもそうだな。じゃあ、俺は『デラックス定食』にする」。アリサの影響で、洒落た名前の料理を選んでみた。
「了解! じゃあ、頼んでおくね」と言って、彼女はボタンを押して店員を呼んでくれた。すぐにやって来たのは、若くて愛らしい女性の店員だった。しかし、よく耳を澄ませると、微かにファンの音がしていて、その女性がロボットであることが分かった。
それでも、非常にリアルに作られているな、と感心してしまう。「ご注文をお伺いします」と店員が声をかけてきた。
「スペシャルパフェね」とアリサが注文し、続いて店員が大樹に向かって言った。「ああ、じゃあ、俺は『デラックス定食』にしようかな」。店員は微笑んで頷き、一瞬立ち去った。
その後、隣のテーブルに座っていたヤンキー風の女性がこちらを振り向いて、にやりと笑いながら声をかけてきた。「なぁ、今の見てた?」
「えっと、何が?」と質問すると、彼女はこう言って教えてくれた。「あの人、まだ食堂にいるよ」。確かに、案内されたときに見かけた男性だ。彼はじっと本を読んでいる姿が印象的だった。
男性はボサボサとした白髪に、ジレベスト姿で、メガネをかけていて、なんだか頭の良さそうな雰囲気を醸し出していた。
「ちょっと冗談で近づいてみるかな」と彼女が言って、その男性の隣に立ち上がり、肩に手を置いて耳打ちしてみた。「やっほ!!!」
男性は驚いてビクッとして、「うわぁぁぁ!? なんですか!?」と驚いて叫んでいた。「おっ? ビックリした?」と彼女が笑いかけると、男性は苦笑いしながら「もう……驚かせないでくれ」と言った。
「ごめんごめん、気づいてなかったみたいで、ちょっと遊んじゃった」と彼女は謝罪し、こちらに戻ってきた。
「さて、料理が来るまでのんびり話そうぜ」と彼女が提案してきたので、アリサとその後も楽しくおしゃべりを続けた。
そして、しばらくして料理が運ばれてきた。店員さんは慣れた手つきで料理を運び、その料理をテーブルに並べてくれた。
「お待たせしました。スペシャルパフェとデラックス定食です」と店員さんが言うと、アリサは料理の前に座った。
そして、食べ続けるうちに、アリサが手を合わせて、あっという間に完食してしまっているのに気付いた。
「ごちそうさまでした」と言う。こんな量で彼女はペロリと平らげたから凄い。驚いて言った。「早かったね」
「いや、これくらい普通じゃない?」と彼女は答えた。首を傾げて尋ねた。「え?」
彼女の方を見ると、既に食べ終わっていた。この量を完食するのにかかる時間としては、かなり速い部類だろう。「なぁ、これからどこか行くか?」
このヤンキー風の女性とどこか行くことを考えるが、この施設にはカラオケなどの娯楽施設がないことを思い出してしまった。「うーん」とじっくり考え込む。
すると、ヤンキー風の女性の携帯が鳴った。「あ、ちょっと待ってて。もしもし、どうしたの?……まじ!? わかった、すぐ行くから」と彼女が焦った様子で電話を切った。
「誰からだ?」と彼女に尋ねた。「アルからだよ、ファイルを要らないって言われて、間違って削除しちゃった。また怒られるわ」と彼女は苦笑いしながら説明した。どうやら仕事の話らしい。
「ダイキ、行くよ」と彼女が言って、急いで席を立って食堂を出て行ったが、会計をしていないことに気付いた。「ちょっと待ってよ!」
「どうしたの?」と彼女に尋ねる。「会計、どうすんの?」彼女はニヤリと笑って答えた。「バーチャルマネーで支払い済みだから大丈夫。行こう」
こうして、彼女に着いていくことにした。我々は管理室に到着し、ドアを開けた。アルが、ヤンキー風の女性の席でムスッとした表情で待っていた。
「遅かったじゃない?」とアルが厳しく言う。「悪い、ちょっと用事があってさ」と彼女は謝った。
「言い訳はいいわ。アリサ、大事なファイルを消さないでって言ったじゃない?」アルは厳しい口調で言った。
彼女はちょっとした弁明をする。「あれ、ウイルスファイルだと思って消したの」
「とりあえず、まだバックアップは取ってるか確認するから。これ以上の失敗は許さないからね。CRSから賠償請求されるかもしれないから」アルの表情は厳しいものだった。
「うげー、それはやめてくれよ」と彼女は困った様子で言った。どうやらアルに対しては意気地がないようだ。
「じゃあ、私はこれで帰るわ」彼女は言って立ち上がった。「アリサ、気をつけてね。ミスは許されないから」
彼女がアリサに言った言葉は優しく、なんだか母親のような雰囲気が漂っていた。「分かってるよ!」とアリサは頷いた。
二人は管理室を離れて、またさっきの部屋に戻っていった。
「――あーまじ疲れたー」、魂が抜けたような疲労状態で、アリサは首を後ろに倒したその姿に部屋から出ていく気配はないと確信した。しばしの静けさが部屋に広がる中、「そろそろ俺の部屋から離れてくれ」と、大樹の声が静かに響いた。「気に入ったものはしょうがない、――しばらくそこに居させるよ」と、彼女の声も同様に静かだ。そして、大樹は「まじかよ......」と呟いた。
その後、静寂が再び訪れ、やがて大樹は気になることを尋ねた。「――あと、一つ聞きたいことがあるんだ」と。大樹の心は少し高鳴り、この瞬間が告白の瞬間かと思った。「なんですか?」と彼は問うた。しかし、告白とは程遠い言葉がヤンキー女の口から出てきた。「私がこのCSAPの訓練を私が指導しよう」と。
大樹は戸惑いを隠せず、「......は?」と驚きの声を上げた。指導するのか? それも彼女が? 「だから、私がお前を訓練してやるって言ってんの」と、ヤンキー女の声には確信が宿っていた。「いやいや、そんなこと言われても……」と、大樹は言葉を詰まらせた。「大丈夫だって、お前は絶対強くなる。それに、私の部隊に入るには強くないとダメなんだ」と、彼女は続けた。
「え、どういう意味?」と、大樹は尋ねた。「実は、この機関の特殊部隊の元隊長をやっててな。その部隊の隊員にしたいんだよ」と、ヤンキー女の言葉に大樹の頭は混乱し、「......へ?」と言葉が出てこなかった。このヤンキー女が元隊長? 彼女が部隊の指導役に? まるで別世界の話のようだった。
「ちなみに、この機関は、この国でトップの実力を持つエリート集団で、この国のセキュリティーを守っている」と、彼女は説明を続けた。「で、でも、ヤンキー女だし」と、大樹は戸惑いを隠せずに言った。「ああ? 今なんて言った?」と、ヤンキー女は冷静な口調で問い詰めた。「ごめんなさい」と、大樹は謝った。
そして、彼女は更に言葉を続けた。「ちなみに私は、こいつらより十年も実戦してるから経験豊富。そしてお前の指導役でもある」と。大樹は「はぁ……」とため息をついた。「まあ、こんなところかな。とりあえず、明日からよろしくな」と、彼女は部屋から出ていった。
「――ははっ、これは夢なのか……?」と、大樹は自分の頬をつねったが、痛かった。間違いなく、これは現実だった。骨を折られる覚悟をしないといけないとは、これは神の悪戯か? そう考えると変な冷や汗と震えが止まらなくなった。「やるしかないか......」と、大樹は心の中で誓った。
「おっす、起きたか? ほんじゃ、着いてきて」と、ヤンキー女に促され、大樹は彼女に従った。途中でレヴィナが廊下ですれ違う。やっと帰ってきたから、大樹はレヴィナの側にいることに焦りを感じた。「あら? 新人の訓練?」と、レヴィナは興味津々な声で尋ねた。「そ、そうだぜ」と、大樹は答えた。「――じゃ、頑張って」と、レヴィナは彼に励ましの言葉をかけた。しかし、その笑顔には、この女との戦いが容易ではないことを示す兆候も含まれていた。
「おっし、着いた」と、広場に到着した。それはライブ会場とほぼ同じ広さを持っていた。備品の筋トレ器具など、そこには銃と戦闘道具が置かれていた。彼は本格的な訓練場に来たことを実感し、正直に言って、帰りたくなった。「まずは身体を作ろう」と、ヤンキー女の指示に従い、朝からランニングをして筋力トレーニングを始めた。筋トレ
が終わると、戦闘のマスターや射撃訓練、突撃訓練へと移った。これらは全て本格的な実戦に近い訓練で、大樹の体力を限界まで試すものだった。
元々不登校ではなく、家でのトレーニングによって身体能力は問題なかったはずだ。しかし、ここでの訓練は過酷で、痛みも共に訪れた。それでも、ヤンキー女の蹴り技は美しいほどに優れており、その技巧に見惚れることもあった。「今日はこれくらいにしとくか」と、ヤンキー女は訓練の終了を告げた。「はあっ、はい」と、大樹は答えた。「お疲れ様、シャワー浴びてこいよ」と、ヤンキー女の言葉通りに汗を流し、その後、食事を摂って寝た。明日は休みの日だと聞いていたので、ゆっくり休むつもりだった。しかし、ヤンキー女は既にソファーで爆睡しており、静かな夜が始まった。
次の日、朝食をヤンキー女と一緒に取りながら、アルが大樹の部屋から起床のように入ってきた。「おっす」とアルが挨拶し、大樹は「あ、おはようございます」と応じた。挨拶を交わすと、アルはどこかへ行ってしまい、すぐにヤンキー女が姿を現した。訓練の続きだ。
「よぉし、やるぞ」とヤンキー女が言い、大樹は「分かりましたよ......」と答えた。内心は休ませてくれと叫びたいほどだった。
毎日のメニューをこなし、筋肉痛になりながらも何とか耐えることができた。休憩中、ヤンキー女が話しかけてきた。「あんたさ、本当に強くなりたいのか?」と彼女は尋ねた。「まぁ、はい。一応は」と大樹は答えた。「そうか。じゃあさ、あたしと戦ってみないか? 私も戦いたくなってな」とヤンキー女は提案した。「いいですよ。でも、俺負けますけど」と大樹は謙遜した。「決まりってことだな、安心しろ。おい! アル!」とヤンキー女はアルを呼び寄せた。
アルは慌てて来るかと思ったが、スーッと出て来る幽霊のように冷静にこちらに向かってきた。それに大樹は少しビクついた。「新人と闘うから審判よろしく」とヤンキー女はアルに言った。「優しくするのよ」とアリサが続けた。「分かってるって」とアルは頷いた。
そして、ヤンキー女と模擬戦が始まった。場所は訓練場で、大樹とアリサは目が合う場所に立ち、お互いに構えた。その横にはアルが居て、柔道の試合を見るような光景だった。沈黙が部屋に広がり、手に汗が滲んだ。「――始め!」とアルが合図し、大樹たちの戦いが始まった。
ヤンキー女は息を整えて構え、そして「行くぜ!」と叫んで一瞬で距離を詰め、腹にパンチを繰り出した。「なっ!?」と大樹はヤンキー女の拳をギリギリで避けたが、その拳の風圧が凄まじかった。「危ない危ない」と大樹はつぶやいた。
ヤンキー女の攻撃を避けながら反撃の機会を伺う大樹。攻撃は大振りで、隙は結構あった。しかし、なかなか当たらない。そして、大樹は何かに気付いた。「――お前、俺の動きを読んでいるな?」と彼は尋ねた。「ああ、そうだ。あたしは相手の動きを読むことができるんだ。だから、あんたみたいな奴には最適だよ」とヤンキー女は答えた。「へぇー、でも、俺はお前より強いかもな」と大樹は挑発した。
すると、ヤンキー女の表情が変わった。「言ってくれるじゃないか!!」と彼女は叫び、今まで以上に速く動き出した。大樹はヤンキー女の攻撃を避けつつ、「へえー、数日間の訓練でこの実力、なかなかやるじゃないか」と言った。「そりゃどーも!!」と大樹は応えた。
ヤンキー女を殴ろうとしたが、避けられた。そして、ヤンキー女は大樹の顔面に向けて蹴りを放った。大樹は腕でガードしようとしたが、その蹴りの威力は強烈で、後ろに吹っ飛んでしまった。「ぐっ……」と大樹は地面に手を着き、受け身を取った。「ほぉ……今のを防ぐか」と彼は考えた。「ああ、防いだよ」と言ったが、腕は折れたか折れてないかは分からなかった。とにかく腕に激痛が走り、それを隠すのが大変だった。痛すぎて目まいが来るし、吐き気もしたが、我慢した。「ならこれはどうかな?」とヤンキー女が再び襲い掛かってきた。
大樹はフラフラと感じながらも、迎撃の体勢を取り、ヤンキー女の攻撃を避けた。「はぁッ!!!」とヤンキー女が叫び、右ストレートを繰り出したが、大
樹はそれを避けた。次に左のフックが来たが、それも大樹は避けた。「――ちぃ!! ちょこまか動くんじゃねえ!!!」とヤンキー女は怒りを露わにし、「へぇー、数日間の訓練でこの実力、なかなかやるじゃないか」と大樹は挑発した。
ヤンキー女が大樹に向かって走り出した。大樹はフラフラながらも、迎え撃つ体勢を取り、ヤンキー女の攻撃を待った。「はぁッ!!!」とヤンキー女が叫び、一気に襲い掛かった。大樹は奮起して、その攻撃を避けようとしたが、結局はヤンキー女の攻撃を受けてしまった。「いててて!! 苦しい!!」と大樹は叫び、アルの合図で試合は終了。結果、アリサが勝ってしまった。「勝者、アル」と宣言され、大樹は黙ってしまった。何も言えなかった。
「――おい、大丈夫か?」とヤンキー女が心配そうに大樹に声をかけた。情けないと思いつつ、「とりあえず、今日はこれくらいにしておくか」と彼女は提案し、「そうですね、私は仕事があるから先に行ってるね」と大樹は返答した。「あいよ」とアルは言って部屋を出て行った。「いててて......」と大樹は痛みを堪えながら言った。試合はいいものだったが、腕の痛みが治まらなかった。「はい、これ、湿布」とアリサが湿布を差し出し、大樹はそれを受け取って自分で貼った。痛みが和らぎ、少し楽になった。「ありがとう」と大樹は言った。「どういたしまして。んじゃ、あたし行くな」とアリサは去って行った。大樹は一人になり、部屋にいると何か暇になってきた。腕が痛すぎてゲームもできない。加減とは何なのか......。
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