万年筆先輩の秘密

3年、特待クラス。

そこには万年筆やガラスペンが所属している。

決して制服は着崩さず、あくまで格調高く礼節を持って過ごしているクラスである。モンブラン先輩、彼女も例外ではなかった。

「ごきげんよう」

そう上品に挨拶をしながら、今週の金曜も全ての授業を終え、帰宅していった。

そして、翌日のこと。


SARASA組のピンクグループが街で遊んでいた時、フリフリのロリィタ服に身を包んだ少女とすれ違った。

「……あれ? あの人どこかで?」

「見たことある、ねえ。」

「え、もしかしてモンブラン先輩じゃない?」

ロリィタ服の少女はぎくり、とした態度を隠しきれずに、その場から走り去ろうとした。しかし。

ロリィタ服に合わせたシューズは、ヒールがそれなりに高くとても走れたものではない。

諦めて、ピンクグループの3人に向き直った。

「ご、ごきげんよう……」

普段通りの挨拶をしようとするも、その声は震えていた。まさか、普段真面目でともすれば堅苦しいとも思われている自分がこのような服装で街中を闊歩していると知られたら。

休日の服装など、校則で決められてるいるわけではない。何を着ていようが自由なのだが、普段のイメージを崩すことに、この上ない恐怖をモンブランは感じていた。

「あ、あの、このことは内密に……」

言いかけた言葉を遮るかのように、ピンクグループはきゃいきゃいと嬉しそうにモンブランを取り囲んだ。

「モンブラン先輩、かわいい! え、それベイビーズの新作ですよね? オリプリの!」

ミルクピンクはロリィタ服にも詳しいらしく、ロリィタ服の有名ブランドのものだと一目でわかったようだ。

「え! 先輩プリントものも似合う! ピンク似合うのも意外! いつも制服の紺色ばかりだったから!」

ライトピンクはとてもはしゃいだようにモンブランの周りをぐるぐる回って全身を眺めている。

「でも、カチューシャじゃなくてヘッドドレスってところがモンブラン先輩らしい! 品があって素敵ー!」

ミルクピンクとライトピンクがはしゃいでいるのを、ピンクは呆然と眺めていた。

「あ、の、先輩? その、お洋服かなりお高い……ですよね?」

やっとのことで言葉を絞り出して問いかけると、モンブランは普段のゆるやかな歩き方とは一変、ロリィタの靴で歩ける範囲のかなりの早歩きで3人を近くの喫茶店のドアから押し込むように中に入れ、自らも深く呼吸をしながら店に入った。

「あら、お嬢様、今日はお友達を連れていらしたの?」

上品なワンピースに身を包んだマダムが、4人を迎えた

「ええ、まあ、ちょっと……。マダム、ダージリンのセカンドフラッシュを4つ、いただける?」

「お嬢様は本当にダージリンがお好きね。そちらのお嬢様方もそれでよろしいかしら?」

ピンクグループの3人は呆気に取られ、そしてピンクが口を開く。

「あの、一番安いので……」

遮るようにモンブランが

「ここのお会計は全てわたくしが持ちますわ。……勝手にわたくしの好みを押し付けてしまったかしら、なんでも、お好きなものを頼んでくださる?」

執事風の店員に席に案内されながら、モンブランは自分の早計を恥じた。

「えー、と言われても…私紅茶わかんないよー。んじゃあ、アールグレイのアイス!」

一番に口を開いたのはライトピンク。

「えっとー、じゃあ私はアッサムセカンドフラッシュのミルク!」

ミルクピンクは多少紅茶にも覚えがあるようだ。

ピンクはまだ頭がぐるぐるしているらしく、とりあえず一番安いもの、一番安いもの、と探していた。

「ピンクさんは紅茶よりコーヒー派かしら? ソフトドリンクもありますわよ?」

やっと落ち着きを取り戻したモンブランがピンクに問いかけると、ふう、と息をついて

「じゃ、じゃあ、トマトジュースを……」

こうして4人はオーダーを終えた。

「あの、先輩こんなオシャレな喫茶店行きつけなんですか?」

真っ先に口を開いたのはライトピンク。

モンブランの服装も含め、ほとんど縁のない世界に興味津々だ。

「マダムは母と旧知の仲で……と、その前に!」

きっぱりと、3人に告げた。

「今日あったことは、全て学園では内密にしていただける? わたくしのイメージが崩れてしまうと、色々と不都合があるの」

きょとん、とした顔の3人。

「わたくしがこんな派手な格好をしているなんて、知られたらもう……わたくし学園に通えなくなってしまうわ……」

涙を流さんばかりに訴えるモンブランに、ライトピンクはあっさりと

「先週、ゴリゴリのギャルメイクしてギャル服ショップにいたセーラー先輩見ましたけど?」

と答えた。

呆気に取られた顔で、へ? と思わず口走ったモンブランにライトピンクは続けた。

「えーと、その前はパイロット先輩がパンク着てたし、ガラスペン先輩は…」

「ちょ、ちょっとお待ちになって!?」

モンブランは何が起きたのかさっぱり理解できなかった

「み、皆様そんな派手な服を!?」

「ええ、みんな堂々としてましたよ? オシャレでしょ、とか、かっこいいでしょ、とか」

ぽかーん、としか表現できない顔をしているモンブランに

「っていうか、万年筆先輩たちやガラスペン先輩は衣装もちなイメージあったから、モンブラン先輩がロリィタということには驚きましたけど、私服がそれぞれ違っていてもなんの不思議もないっていうか、ねえ?」

ピンクとミルクピンクに問いかけると、2人とも

「うん……特待クラスの先輩たちはフォーマルな場では黒か紺、って感じだけど服、色々替えられるもんね」

「そうそう、何着てても別に、イメージ崩れるってことはないかな……」

完全に腑抜けた顔をしているモンブラン含め4人の前に飲み物が運ばれてきた。

「ダージリンのセカンドフラッシュ、アールグレイのアイスティー、アッサムセカンドフラッシュのミルクティーにトマトジュースでございます。ごゆっくり」

モンブランはひきつり気味に笑顔を浮かべ

「じゃあ、わたくしがこんなに焦る必要、など……」

「ありません」

3人で声を揃えて言われ、はぁ……と気が抜けたモンブランは急に開き直ったように

「マダム、皆様のお飲み物に合う焼き菓子を見繕っていただける? 今日はお茶会にいたしましょう」

「ええ、お嬢様方、ゆっくりと楽しんでいってちょうだいね」

てきぱきと焼き菓子を揃え、執事風の店員に運ばせながら満面の笑みを浮かべていた

「皆様、休日はそんなに自由に……ああ、安心したわ」

心から安堵した表情で呟いたモンブランと、いかにも美味しそうな焼き菓子を前にした3人はお茶会を楽しみ、そして、お会計になり。

「それでは、お会計ね。5000円ちょうどになるわ」

「マダム? 5300円ではないの?」

「お嬢様方の友情に、半端な数は必要ないわ」

上品なだけではなく粋なマダムは、少しいたずらっぽく微笑み、言った

「その代わり次回からはきっちり頂くわよ」

「当然ですわよ」

マダムに笑顔を返し、

「では、また来ますわ」

と、店を後にした。


「それじゃあ皆様、ここで」

しゃん、と背筋を伸ばして閑静な住宅街へ向かうモンブランを見送り、3人は

「ほんと、可愛かったなー」

「焼き菓子美味しかったなぁ」

「4人で5000円…定価なら5300円…」

などと口々に呟きながら自分たちの家がある駅に向かう電車へ乗り込んでいった。


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