第34話 ヤンデレの告白

修学旅行が終わって、数日の休みを挟んだ後の登校日。

私は、どんな面持ちで行くべきなのか迷っていた。

何も変わっていないはずだけど、多分確実に何かが違う。


「おはよう、藤宮」


それでも声をかけてくれる優希くんの優しさにこれ以上甘えていていいのか分からない。

でも、今私が一緒にいられるのは彼だけで、だからその優しさにすがってしまう。

バカみたいで、すごく人間らしい醜さ。


「おはよう」


私は消え入りそうな声で、返した。

優希くんは一瞬悲しそうな顔をした後、すぐに優しい笑顔を取り戻す。

その表情に胸を撫で下ろしている私はどうしようもなくずるい人だ。


「なあ、藤宮」


名前を呼ばれて顔を上げた。

その声音がいつもと違う気がして、ちゃんと顔を見るべきだと思った。

すごく意志の強そうな瞳に吸い込まれるように目を合わせた。


「何?」


首を傾げて、続きを促す。

どうしたの、何を言おうとしてるの。

もしかして、ありえないけど私から離れていったりしないよね...?


「僕、逃げないから」


そう宣言した優希くんはとってもかっこよかった。

いつだって優希くんは何からも逃げてないじゃない。

優希くんは、私にも香織ちゃんにも精一杯に向き合ってきたじゃない。


「うん」


私は頷くことしか出来ない。

逃げてばかりなのは私だ。

逃げないと宣言しなきゃいけないのは私だ。


「だから、藤宮にもぶつかってきて欲しい。それは怖いことかもしれないけど」


どうして欲しい言葉をくれるの。

でも、そう私は怖い。

私は私のありのままをぶつけて、拒絶されるのが怖い。


「...」


たとえ、最初は受け入れてくれたとしてもあとからどう変わるかなんて分からない。

いつかは私から離れていってしまうかもしれない。

だったら最初から自分なんて隠して、深いところで繋がらないようにすれば傷つく未来なんてなくなる。


「まずは、僕が逃げないってこと証明するから。それからでもいいから。藤宮の本当の気持ちを教えてよ」


その言葉に素直に身を委ねられればいいのに。

いつから私はこんなにも歪んでしまったのだろう。

欲しいものは手の中に囲んで、誰にも見られないようにそっと自分だけのものにしておきたい。


「でも...」


そうすれば、その人が自分から離れていく時以外はずっとそばにいられる。

誰かに取られる心配は無くなる。

誰も取る人なんていないのに、いつも無意味な心配が心を支配して離さない。


「大丈夫だよ、藤宮。僕が、お前を安心させてみせるから」


その言葉に心が何となく解けていくのがわかった。

ここまで言ってくれているのに信用しない理由がどこにあるの。

それこそ、彼を失うことになりかねない。


「優希くん…私…」


このまま立ち止まって、彼を失うくらいなら自分の気持ちを伝えて傷ついた方がマシだ。

香織ちゃんへの気持ちが残っているとしても、優希くんはいまたしかに私を想ってくれているはずだから。

私もそれに応えるべきなのかもしれない。


「私も、優希くんが好き」


やっと言えた想いは、ちゃんと彼に届いただろうか。

ドキドキしながら、彼の顔を見あげると驚いたように見開かれた瞳と目が合う。

どうしてそんなに驚いてるの…?


「前は確実に藤宮は僕のことが好きなんだって確証があった。でも、最近その自信がなくなってきて藤宮が本当に僕のことを想ってくれているのか不安だった」


私は、優希くんを不安にさせていたのか…。

自分がどれだけどっちつかずな態度をとっていたのか思い知る。

私ばっかり不安な気がしていたけど、優希くんも不安だったんだ。


「ごめんね、ずっと大好きだった。でも、優希くんの本当の気持ちがわからなくて…自分の不安な気持ちを優先して気持ちを伝えられなかった」


私はどうしようもなく怖がりで意気地無しだ。

大好きな人をそれで傷つけてしまうくらいには。

でも、そんな自分でいるのはもう終わり。


「うん、いいんだ。今こうして伝えてくれたから」


どこまでも優しい優希くんの言葉に溶けていきそうだった。

そんなに私を受け入れてくれる人なんて今までいなかったから。

優希くんはなんでも受け止めてくれる気がする。


「もう大丈夫だって言われてるのにずっと香織ちゃんの事を気にしてる自分がいた。でも、もうやめる。ねえ、優希くん」


大事な言葉は、自分から伝えよう。

これまで優希くんはたくさんの言葉をくれた。

だったら、最後の勇気は私が出すべきで私が伝えるべきものだ。


「ん?」


私の言葉を待つように首を傾げた優希くんの瞳を真っ直ぐに見つめる。

大きく息を吸って、1度吐く。

もう一度吸って、口を開いた。


「もし良ければ、私と付き合ってください」


嫌われ者で、ひとりぼっちで、臆病で、意気地無しな私で良ければ。

そんな私を好きだと思ってくれるのなら。

そんな私を選んでくれるのなら。


「僕が言おうと思ってたんだけど」


優希くんの言葉にくすっと笑う。

今が人生の中で1番幸せだ。

好きな人が自分を好きでいてくれて、自分も相手に好きだと伝えられる。


「大好きだよ、優希くん」



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