幕間 ヤンデレの体育祭

「優勝するぞー!」


クラス中が騒がしく、楽しそうな朝。

私も一応ハチマキなど巻いてみるけど浮いている気がしてならない。

どうせ貢献もできないんだし、休めば良かった。


「おいおい、楽しそうにしなきゃいけない朝なんじゃないの?」


優希くんが近づいてきて、私に言う。

楽しくなんかない、クラスにも馴染めなければ活躍も大してできないこんな行事。

唯一の救いは、優希くんがいてくれる事だ。


「楽しくない。優希くんが私とずーっと離れないように手首を紐で結んでいいっていうなら楽しくなる」


私の提案に優希くんは苦笑いをこぼす。

私も冗談半分で言ったので、その反応に笑顔を返す。

でも、本当にずっと優希くんが一緒にいてくれるならきっと楽しい一日になるだろう。


「結ぶのはちょっと無理だけど、できるだけ一緒にいような。それに、障害物競走は一緒に出るんだし」


謎の男女ペアでしか出場できないというルールのある障害物競走に優希くんとペアで出ることになっていた。

種目は全部億劫だけれど、それだけは何となく楽しみだ。

その時間は優希くんは私だけのものだもの。


「一生離れてはいけませんっていうお題出ないかなぁ…」


ポツリとつぶやくと、また苦笑いを返された。

私の愛情表現は重いだろう。

でも、それほどまでのあなたの事を失いたくないっていう感情の現れなんだよ。


「出ないでない。はいはい、からかうの終わり〜」


からかってなんかないのに。

全部、本当に本心なのに。

いつも冗談めかしてように終わらせるのは、心の底から重いと思われて嫌われるのが嫌だから。


「そうだね、からかいすぎちゃった。やるからには1位目指そうね」


こうして冗談にしてしまえば、引かれることは無い。

自分の気持ちなんて殺してしまえばずっと一緒にいられる。

優希くんとずっと一緒にいたいというその願いを叶えるためには、多少の犠牲は必要なんだ。


「おう!そうだな」


ねえ、いつまでだって隠し通すから。

いつまでだって冗談にして笑えるようにするから。

だから、このままずっと一緒にいてもらうことはできるの?


「でも、行っちゃうんだね」


去っていく背中を見送りながら独り言ちた。

優希くんには行く先があったとしても、私を目的地にして来てくれるのは優希くんだけなんだよ。

あなたが去った後の私の寂しさなんて知らないんでしょう。


「それでいいけど…」


知って欲しい。

でも、知られたら困る。

ふたつの思いがぐるぐる回って、もうどうしようもなく溢れだしそうになっている。


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽


「続いては障害物競走です。出場する生徒の皆さんは、準備をしてください」


放送がなって、私は席を立った。

今のところ、うちのクラスはまあまあいい順位を取っていてこのまま下手に落とさなければ3位以内には間違いなく入れそうな感じだ。

私が出るのは障害物競走で、クラスの得点には関係がないので気楽に臨むことができる。


「おっす、藤宮。やる気はいい感じか?」


元気な優希くんに苦笑いを返す。

優勝を目指そうと意気込んだはいいものの、そこまでやる気がある訳では無かった。

逆に言えば、適当に目立たないように終わらせてさっさと席に戻りたい。


「う、うん…。頑張ろうね」


でも、やる気がないことがバレないように頷く。

優希くんはそんな私の顔を訝しげに覗き込んだ。

な、なんだろう、なにかおかしなことをしただろうか。


「こりゃやる気ないな。全く、手抜いたら許さないからな」


出会った頃の優希くんの方が何事にもやる気がない雰囲気だったのに、今や別人のようで思わず笑ってしまった。

優希くんは変わった。

自分のダメだと思う部分と向き合って、良いふうに変わった。


「優希くんは変わったよね」


このタイミングで言うべきことでもないのに思わず口をついて出ていた。

でも、確かに変わったから。

それが優希くんが逃げなかったという事実の何よりもの証拠だ。


「そうか?それなら藤宮も変わったよな」


うん、私も変わった。

いや、変わってしまった。

今までは、誰にも甘えずに誰にも弱みを見せずに誰にも本心を見せずにやってきたのに優希くんや香織ちゃんや長谷くんと出会って私の全ては崩された。


「そうかもね、変わったかも…」


3人は今まで私が守ってきた心の壁をいとも簡単に壊して、するりと私の内側に入り込んできた。

でも、それが全く不快じゃなくて。

むしろ一緒にいることが心地よくて。


「うん、だからこれからも一緒に変わっていける」


失いたくないと思うものを作らないようにしてきた私のライフスタイルに反して3人は私の失いたくない人になってしまった。

そういう存在に対して、自分がどういう風な愛を向けてしまうのかわかっているくせに。

自分の愛の重さが人を困らせることを知っているくせに。


「優希くんと一緒なら、大丈夫かな」


それでも、そう思えてしまうくらいに彼が与えてくれる安心感は絶大なものだった。

思わず身を委ねたくなるような、何も考えたく無くなるような。

本当に大丈夫なのではないかと、油断させるような優しさが彼にはあった。


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