第33話 ヤンデレのきっかけ

「もう!優希っ!!」


やつを追いかける君の横顔を見てきた。

それだけで幸せだった。

たとえ、自分のものにはならないとしても。


「長谷〜、浮いた話ないの〜?」


香織が無邪気な顔で聞いてくる。

中学の夏休み、優希と香織と3人で図書館で勉強中のことだ。

あまりに酷な人からされた、酷な質問に一瞬思考が吹き飛ぶ。


「...俺にそれ聞いちゃう〜?」


いつも通り返せたことにほっとしながら、香織の反応を窺う。

優希は素知らぬ顔で宿題を続けていて、俺たちの話題には全く興味が無いのだとわかる。

香織はつまらなさそうに唇を尖らせた。


「あー、そっか。長谷は浮きっぱなしか」


香織がちらっと、優希の横顔を見る。

俺には絶対向けられないであろう眼差しに胸がいつも通り締め付けられるのを感じながら表情を保つ。

そして、香織の指が優希の頬をつついた。


「ん?」


優希は本当に今までの会話を飲み込んでいないという表情で首を傾げた。

いきなり香織に頬をつつかれたことに驚いているようだ。

香織はからかうような、それでいてとてつもなく愛しいものを見るような目で優希を見る。


「優希は浮いた話なんてないよね」


確認にも似た問い掛けだった。

いつも一緒にいるのだから知っているはずなのに聞かずにはいられない。

俺への問いは、優希にその質問を投げるための準備運動みたいなものだ。


「浮いた話?この間、プールでは浮いたけど?」


的はずれな優希の答えに、香織は吹き出す。

笑っているようで、心底安堵しているのが伝わってくる。

伝わらなくていいのにまるで自分の感情のように流れ込んでくる。


「こんなんじゃ、あるわけないか」


その言葉の後に続くのは「良かった」だろ。

わかってる、俺の答えに興味なんかないこと。

でも、そんなに分かりやすくされたら傷つかないようにしていたって傷ついてしまうじゃないか。


「そうだな〜、ないない」


俺は自分の気持ちを誤魔化すためにも、おちゃらけた顔と声を出した。

香織にバレないように、これ以上自覚してしまわないように。

香織への想いを封じ込められるくらいの大きさで留めておかなければいけないのだから。


「長谷は早くいい相手見つけなさいよね〜」


優希を散々鈍感だと言う香織。

でもさ、お前人のこと言えないからな?

自分が、向けられてる感情には全然気づいてないじゃんかよ。


「はいはい、可愛い女の子いっぱいたぶらかしまーす」


こうしてふざけている間は近くで彼女を見ていられる。

それだけで幸せじゃないか。

たとえ自分が相手になることは一生なくても、ただこうしてふざけあって話すことが出来れば...そう言い聞かせてまた今日も君の横顔を見つめ続ける。


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽


高校に入学して初めて隣の席になったのが、優希くんだった。

男の子の絡みが今までほとんどなかったのと、人見知りが混ざり合ってうまく対応できるか不安だった。

周りには私のお父さんのことがなぜか知れ渡っていて、みんなどこか距離があったし。


「はーい、隣の人と意見交換してみて~」


一番言ってほしくなかった一言を先生が言ったのを聞いて私は教科書に目を落とした。

ぎこちなさそうに話しかけられるのも、興味津々に話しかけられるのも正直苦手だ。

優希くんとはそれまで一言も話したことがなかったし、とにかく憂鬱だった。


「あの」


このまま話しかけられずに時間が過ぎればいいのに…。

そんな望みは、呆気なく彼の声によって打ち砕かれた。

よし、笑顔で対応しないと、これから隣の席で過ごすんだし…。


「意見交換、パスで。だるいから」


そう言って、彼は机に突っ伏して静かに寝息を立て始めた。

え...?

状況が上手く飲み込めなくて、私はぽかんとしてしまった。


「は、はい...」


まさかの念願叶った...?

私の方を一瞥することもなく、ただパスを言い渡して寝てしまった優希くん。

そんな人には出会ったことがなくて、私に全く興味が無いことがおかしくてたまらなくて。


「変な人...」


面白い人だなぁと思った。

その後、何回か意見交換の場は持たれたけれど優希くんはどれも真面目に取り組まなかった。

変な人、としか思っていなかったのにいつしか優希くんのその反応を見たくてたまらなくなっていた。


「...あ、あの...」


話しかける練習などをしてみるけれど、一向にそれはできそうにない。

私に興味のない人、それは私が1番望んでいた人かもしれなかった。

いつしか、優希くんとなら話したい、優希くんとなら仲良くなりたい、そう思うようになった。


結局、優希くんは隣の席だったにも関わらず私の名前すら覚えていなかった。

でも、それが心地良かった。

どんどん彼を知りたいと思って、彼のことを考える時間が増えた。


これが好きという感情なのだと気づくのにそんなに時間はかからなかった。

そこからこんなに仲良くなって、一緒の過ごすようになるとは思っていなかったけれど。

この関係は、いつまで続けていられる幻なんだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る