第32話 ヤンデレの不安

「よーし!今日は遊ぶぞ〜!」


長谷くんが大きな声を出して、みんなを引っ張っていく。

修学旅行3日目。

今日は、テーマパークに行って遊ぶらしい。


「全く…仕事の準備しなきゃって言ったのに」


香織ちゃんが呆れたように言う。

腰に手を当てて、怒っているように見せながらもどこか楽しそうだ。

どうにかして、香織ちゃんと優希くんを二人きりにできないかな…。


「いいじゃんいいじゃん、さ!かおりんは俺のものでーす!優希と藤宮ちゃんも2人でなんとなく回っといてね〜。それじゃっ!」


長谷くんが嵐のような勢いで、香織ちゃんをさらっていってしまう。

香織ちゃんも抵抗する気はなさそうで、2人の背中がどんどん遠ざかっていってしまう。

しまった、長谷くんを味方につけておくんだった。


「じゃあ、行くか。藤宮」


優希くんが私の名前を呼んで、歩き出す。

私はのうのうと優希くんと歩いていていいのだろうか。

今の私がすべきことは、こんなことじゃないはずなのに…。


「優希くんは、私と回ってていいの?」


雰囲気を壊すような質問をした自分に後悔した。

今は、楽しんでおくべきだ。

優希くんだって修学旅行くらいなにも考えずに楽しみたいだろうに。


「ん?僕が藤宮と回りたいから長谷にお願いしたんだ」


優希くんの言葉の胸が高鳴る。

調子に乗るなと、自分に言いたくなる。

でも、どうしようもなく鼓動は早まって気持ちを伝えようとしてくる。


「そんな事しなくても…一緒に回るのに…」


届くか届かないか分からないくらい小さな声で言った。

出来れば届かないでくれるとありがたい。

でも、口に出して発散しなければ胸が張り裂けてしまいそうだった。


「ほら、行こうぜ」


手が、触れ合いそうなほど近くにあった。

もう少し動かせば、簡単に触れることができる。

前の私なら触れて手を繋いでいたかもしれないけど、今の私は何も出来ない。


「うん…」


控えめに頷いて、優希くんの後ろを歩いていくことしか。

自分に自信が無い、あなたを想う気持ちにも自信が無い。

それは嘘、あなたに好きになってもらえる自信が無い。


「元気ないな〜」


笑う優希くんの顔を直視出来ない。

好きだという言葉が信じられないの。

どうして、香織ちゃんを傷つけてまで私を選んでくれるのか。


「あ、あるよ」


香織ちゃんといた方が幸せなんじゃないかってそう思ってしまうの。

あなたにキスしたあの日が遠い昔に思える。

多分、私はあの日から随分変わってしまった。


「大丈夫、僕たちならきっと大丈夫だから」


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽


「よ~し!今日は遊ぶぞ~!」


長谷が元気な声で僕たちを先導する。

僕は彼にとある頼みごとをしていて、彼はそれを了承してくれた。

まったく、情けない奴だよなと言いながら。


「全く…仕事の準備しなきゃって言ったのに」


なぜかそこには香織の姿もあって、長谷は嬉しそうだった。

香織もあきれたような口ははさみつつまんざらでもない様子で、僕はなんだか嬉しくなった。

二人が幸せになってくれたら、僕も幸せだから。


「いいじゃんいいじゃん、さ!かおりんは俺のものでーす!優希と藤宮ちゃんも2人でなんとなく回っといてね〜。それじゃっ!」


長谷が香織を連れて、遠くへ消えていく。

どうやら僕の頼みを受け入れてくれたようだ。

どうしても、藤宮と2人きりになりたいという僕の頼みを。


「じゃあ、行くか。藤宮」


声が震えないか、少し不安になりながらもいつも通りに声をかける。

ここで断られたら…。

その不安が無いわけじゃない。


「優希くんは、私と回ってていいの?」


藤宮が不安そうな顔で問うてくる。

どうしてそんな不安を抱くのか。

僕の気持ちはもう固まっていて、藤宮と過ごしたいから過ごしているのに。


「ん?僕が藤宮と回りたいから長谷にお願いしたんだ」


できるだけ重く聞こえないように心がけて言った。

でも、僕の気持ちは藤宮に伝わるといいなと思いながら。

本当はそんな都合のいいことなんてなくて、気持ちは口に出さなきゃ届かないのだと知っているのだけれど。


「そんな事しなくても…一緒に回るのに…」


風に紛れて聞こえるか聞こえないかの声で藤宮が言った。

でも、僕の耳にはしっかりと聞こえてしまっている。

好きな人の声は、どんな音よりも鮮明に拾ってしまうのだと自分が1番わかっている。


「ほら、行こうぜ」


手をつかもうとして、引っ込めてしまった。

藤宮は僕を好きでいてくれていると自信を持っていた。

でも、最近はそれでいいのか不安になっている自分がいる。


「うん…」


藤宮の気持ちが見えない。

見えないからって、追いかけないのはずるいことだとわかっているけれどどうしようもなく怖い。

踏み出してはいけない1歩を踏み出せば、もう二度と戻ってくることはできないだろうから。


「元気ないな〜」


だから今は、軽口を叩くしかない。

このままでもう少しだけ、とどまっていたい。

そんな生ぬるいことを言える関係をもう少し続けていたい。

わがままかもしれないけれど、どうしても怖くて仕方がない。










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