第31話 ヤンデレの幸せ

「藤宮〜、ペア組もうぜ」


優希くんが近寄ってきて話しかけてくれる。

他の人に声をかけたらとてつもない嫉妬に狂うけれど、自分に声をかけてくれるととてつもない嬉しさに襲われる。

顔の緩みがバレないように、ゆっくり頷いた。


「いいけど…足引っ張らないでよね?」


冗談混じりにそんなことを言って、優希くんを見上げる。

すると、彼は楽しそうに口角をあげた。

そして明るい笑い声を軽やかに響かせる。


「はいはい、せいぜい頑張りますよ」


そう言って、私の隣の席に座った。

それだけで心臓は高鳴るのだから、単純なものだ。

でも、幸せだからそれでいい。


「ほら、肩に何かついてる」


私は優希くんの肩に手を伸ばした。

触れることに抵抗がなくなった。

前は、触れたら失ってしまう気がしてとても触れるなんてできなかったけれど今は普通にできるようになった。


「あれ?ありがとな」


その、自然な笑みだけで嬉しい。

少しだけの仕草で嬉しい。

あなたのすべてが私を嬉しくさせる。


「もう…ちゃんとして欲しいんだけど〜」


軽口を叩いて、笑う。

ああ、なんて幸せな時間。

こんな時間を求めてた、こんな時間が続くのを願ってる。


「悪い悪い。ほら、やるぞ〜」


優希くんが課題に向き合う。

その真剣な表情に見とれて、私は横顔を見つめた。

あんなに遠かったのに、今はこんなに近い。


「ん?進んでないじゃん、わかんないとこあった?」


当然のように声をかけてもらえるこの状況を失いたくない。

その思いが強くなれば強くなるほど、縛り付けたい思いも強くなる。

私だけを見て欲しい、私だけのものになって欲しい。


「んーん、そういう訳じゃない」


なんだか上手く言葉にならなくて、いつも通りの声が出せているか分からない。

だったら、私だけの世界に閉じ込めてしまえばいい。

他のものが見えないように、彼を囲んでしまえばいい。


「ん?体調悪い?」


歪んだ考えが、頭を渦巻く。

その考え方が何となくあの人に似ている気がして、嫌になる。

あの人のせいで人に執着するようになって、あの人に似た歪んだ愛で好きな人を困らせてしまうかもしれない。


「んーん、課題やろ?」


それだけは嫌だった。

優希くんを困らせたくない。

幸せになって欲しい、それは多分私の隣じゃないけれど。


「そっか?なんかあったら言えよ?」


その優しさに溺れてしまったら私はダメになる。

だから、自分を保っていなきゃいけない。

見失ってはいけない、冷静な自分の考えを。


「言っちゃいけないことだってあるんだよ…」


✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽


「最近、2人はどんな感じ?」


手すりにもたれながら、私は長谷に問うた。

すると、長谷はうーんとうなりながら腕を組む。

その反応はあんまり良くない…ってことかな…。


「なんか、前みたいな自然さは無くなったよな。特に藤宮がぎこちない」


それは、まだ私のことを気にしているのだろうか。

それとも、クラスであった何かが関係してるのかな。

友達として純粋に心配だった。


「優希は?」


そんなに彼女が苦しんでいるのなら、優希には助けになってあげて欲しい。

それも私の純粋な気持ちだ。

葛藤がなかったわけじゃない、でも私は苦しい時1人じゃなかったから。


「あいつは、藤宮に委ねてるっぽい感じかな」


外野がなにかすることじゃない。

でも、2人を見ているととてもじれったい。

だって、2人とも想いあってるのにどうして伝え合えないの。


「はぁ…しっかりして欲しいよ」


幸せになってくれないと、身を引いた意味が無い。

身を引いた結果得た幸せもあるけれど、でもあの時は酷く落ち込んだのだ。

それを乗り越えてでも応援したい幸せなのだから絶対に形にしてもらわないと困る。


「ただ…なんか2人とも顔に迷いが無くなったかな」


長谷も私に並んで手すりにもたれる。

迷いが無くなった…?

それは、2人が同じ方向を向いて前に進んでいるということだろうか。


「それっていい意味だよね…?」


私が聞くと、長谷は微妙な顔で首を傾げた。

まあ、長谷に聞くのも変な話だ。

だって、長谷は全く当事者じゃないんだから。


「いい意味だって信じたいけどな。優希はそうかもしれないけど、藤宮は…微妙な気がする」


長谷は、人を観察する能力が高い。

だから、この分析も当たっている可能性が高いんだろう。

それはとっても悲しいことだけれど。


「変な風に考えないで欲しいけど…幸せになって欲しいのに…」


藤宮さんはいい子だ。

それは私が保証してもいい。

だからこそ、優希を任せようと思ったしどうしたって幸せになって欲しいと願わずにはいられない。


「大丈夫だよ、俺は香織の気持ちを無駄にしたりしない」


長谷が私の頭にぽんと、手を置いた。

その手の温もりに少し胸が高鳴る。

でも、私は顔を背けて不機嫌そうな声を出した。


「長谷のくせに生意気」


ああ、可愛くない。

でも、長谷なら受け入れてくれるだろうと思ってしまう。

最近私は、完全に長谷に甘えている。


「それでいいですよ〜。でも、お前が優希を好きな気持ちも藤宮ちゃんを好きな気持ちも絶対に無駄なものにしないからな」


じゃあ、あんたを好きになり始めてるかもしれないこの気持ちは…?

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