第30話 ヤンデレの進む道
「藤宮ちゃーん?ぼーっとして、どした?」
考え事、というか回想をしていたらその場に立ち尽くしていたらしい。
自販機にも行けないし、部屋にも戻りにくい。
それにあんな記憶まで思い出してしまって、動けそうにない。
「あ、えっと、あの…」
長谷くん相手なのに、挙動不審な態度をとってしまった。
長谷くんはいつもふざけているのに、こういう時鋭いから何かを勘づかれてしまったかもしれない。
私はできるだけ顔を伏せて、立ち去ろうとした。
「おーい、待つんだそこの美少女」
それなのに長谷くんは私の肩を掴んで引き止めてきた。
どうして、行かせてくれないの。
行くあてなんてないけれど、誰にもバレたくないのに。
「美少女なんて思ってないでしょ…」
少し攻撃的な言い方になって後悔する。
長谷くんはなにも悪くないのに。
八つ当たりするような言い方をして、私は最低な人間だ。
「そうだね〜、俺の中の最高の美少女はいつまでも変わりなく香織ですから。でも、今はこっちの美少女と話したい気分〜♪」
ふざけているように見えるのに、長谷くんの言葉は全部真っ直ぐだ。
香織ちゃんのことしか見ていなくて、それ以外には本当に興味がなくて。
でも今は、本当に私のことを心配してくれている。
「だから、付き合ってよ」
長谷くんが、私の腕を引っ張る。
どこに行くのか、もうすぐ全員で晩ご飯の時間だ。
でも、戻ろうとは言わなかった。
「長谷くんは、みんなのところに行かなくていいの?」
私の問いには答えずに、長谷くんはずんずんと進んで行く。
せっかくの修学旅行の夜なのに。
香織ちゃんもいる夜なのに。
「苦しい時は、誰かと一緒にいたいじゃん?そういう時だってあるんだよ。そういう時に一人でいる人を作りたくないの、苦しいの知ってるから」
たどり着いたのは外の自販機だった。
近くにベンチがあって、休むことも出来そうだ。
私は長谷くんの言葉に溶かされるように脱力してベンチに座った。
「優しいんだね」
クラスで私が孤立していることも知っているだろうに。
優希くんは私のことをずっと気にかけてくれていたけれど、長谷くんは優希くんの友達なだけで私とは直接的な関わりはないはずなのに。
それでもこうして手を差し伸べてくれる。
「優しくないよーん。はい、お茶。サボり仲間探してただけだもーん」
長谷くんは私にお茶を渡しながら言った。
相手に気を使わせない軽さ。
時にはそういうものも必要なのかもしれない。
「長谷くんは、私のこと実際はどう思ってるの?」
前から、香織ちゃんが傷つくことを一番に嫌がって自分の気持ちさえ押し込んできたような人だ。
私と優希くんのことで、香織ちゃんが酷く傷ついたであろうことをどう思っているんだろう。
怒っていても当然だろうと思ってしまうのだけれど。
「なんだそれ。言ってるじゃん、美少女だよ。それ以外だと友達?うん、別にそれ以外にないけど。良い奴じゃん、そうじゃなきゃ一緒にいないし」
長谷くんの言葉にスカートを握りしめる。
良い奴なんかじゃない。
私は悠生くんを救えなかった、見殺しにした。
「良い奴なんかじゃないの。私にはここにいる資格なんか、みんなと笑い合う資格なんかないの」
私もひとりで苦しむべきだ。
クラスで孤立したのは、必然で必要なことだった。
それでもまだ周りに、優希くんや長谷くんや香織ちゃんがいてくれるのがどれだけ幸せであってはならないことか…。
「資格ってなんだよ。俺たちはお前と一緒にいたいから一緒にいるんだよ。それこそ…俺たちがお前と一緒にいたいと思うのを止める資格なんてお前にはないんだからな」
長谷くんが真剣な顔で言ってきた。
いつもふざけているけれど、たまに真剣な顔で刺さることを言ってくる。
それは心をえぐるような言葉なことが多くて、涙が出そうになる言葉なことが多くて…。
「そっか…。私、ここにいていいんだ…」
ずっと罪悪感の塊のようなものを抱えていた。
笑っていても、何をしていても自分がここにいていいのだろうかと思ってしまう。
私は悠生くんがこれからできたであろう、友達と笑いあう時間を奪ったのだから。
「だから、一緒にいるヤツらを大事にしとけばいいんだよ。お前と一緒にいたいって思ってるやつといればいいんだよ。誰も、お前の笑顔を奪うことなんてできないんだからさ。少なくとも、俺たち3人はお前が笑ってくれるのを願ってるんだから」
どうして、そんなにも思ってくれるのか。
それは聞きたかったけど聞かなかった。
多分、いや、絶対に友達だからだと言われるだろうから。
「ありがとう。うん…私に出来ること探すね」
友達ならば尚更、私は自分がすべきことを見失ってはいけない。
2人が本当は何を望んでいるのか見極めなくてはいけない。
私に出来ることなんてそのくらいなんだから。
「間違った方向にだけは進むなよ」
間違った方向を私は履き違えたまま、頷いた。
長谷くんが伝えようとしてくれていたことの真意に気づかないまま頷いた。
自分が、向いている方向が正しいと信じて。
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